何度やっても聖女が処刑されて世界が滅びるので、今度は女神の私が潜入してみます
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とある世界の中心にある、とても豊かな王国、バラザール。
その北西の国境付近の森には強力な魔物が住み着き、瘴気の満ちる危険地帯となっていた。
けれどもバラザール王国には数十年ごとに、聖女と呼ばれる瘴気を払い魔物を遠ざける聖なる存在が生まれるため、魔物を討伐することは叶わずとも国は富み、繁栄していった。
だがしかし、それも十七代目の聖女まで。
時の王太子が聖女との婚約を破棄し、無実の罪で処刑してしまったから。
もちろん聖女の加護を失ったバラザール王国は、ほどなくして滅ぶことになる。
それだけではない、聖女という天敵がいなくなったがために、魔物は他国にも広がっていき……そして、あっという間に世界が滅んでしまうのだった。
「はぁ~、何度やってもダメ! この十七代目の聖女の婚約者、カーティス王太子がバカすぎるのよ。どうしてちょっと可愛いだけが取り柄の小娘なんかに惚れ込んじゃうわけ?」
私は俗にいう女神さまだ。
世界を運営するのがお仕事なの。
新任ホヤホヤの新米女神で、最初に任されたのがこのバラザール王国の存在する世界だった。
けれど何度やっても十七代目の聖女の時代で世界が滅んじゃって……。
せっかく私が定期的に器量良し、性格良しの素晴らしい女の子を聖女として誕生させているのに、カーティス王太子だけが聖女以外に目移りしちゃうのよねぇ。
「君、今回はどうだったかね?」
「あっ、はい、それが……」
「やはり上手くいかなかったか」
「はい……私のやり方が良くないのでしょうか?」
初っぱなから失敗続きでへこたれ気味だった私に、超先輩のお爺さまな神さまは、ゆるゆると首を振る。
「いやいや、気にするでない。この世界のように魔法の存在を最小限にし運営の難易度を下げた世界では、予想外の要因で上手くいかないことがある。そういう場合は我々神が直接介入するしかないが……」
「直接? 今やっている世界への介入とは違うのですか?」
「介入には色々な方法があるからな。今回のケースでいくともっと直接的な手段を取っても良いかもしれん」
「あっ! もし可能であれば、私が直接、この世界に人間として潜り込むというのはいかがでしょうか? 確か神が人間に転生する方法がありましたよね?」
普段、女神として私が介入できるのは、生命の誕生や天候に始まる天変地異、そして運が絡むような小さな出来事といった、間接的なものばかり。
だから何度もバラザール王国が滅んで行く間、どれほどじれったかったか。
「ふうむ、しかし人として生まれるとなると、辛い思いをすることもあるが、良いか?」
「そんなことは構いません! これまで何人もの十七代目聖女を辛い目に遭わせてしまいましたから、それくらいは我慢いたします」
「ほう、よい心がけだ。それによく考えれば、辛いことばかりでもないかもしれん。君は随分と根を詰めて頑張っておったからな、人間界での休暇も兼ねてやってみるといい」
「はい、ありがとうございます! では十七代目の聖女の誕生付近に合わせて、人間に転生することにします」
そうして私はその世界をリセットし、今回もまた無事に十七代目の聖女の誕生までこぎつけた。
よし、今度の十七代目の聖女アイリスは、私が絶対に死なせやしないわ!
◇ ◇ ◇
「ミモザ、あなた、本当にいいの? せっかくたくさんのお友達ができて、学校の成績もトップクラスなのに」
そう私に尋ねるお姉ちゃんは、聖女だけが身にまとうことができる美しい聖衣を着て、背筋を伸ばして座っていた。
さっきまで何か考え込むように馬車の窓から外を眺めていたのは、私の事を考えていたからみたい。
「もうっ、お姉ちゃんたら、何度も言ったでしょ。私はお姉ちゃんのお手伝いがしたいの! 聖女さまは国中の女の子の憧れなんだよ? 友だちもみ~んな祝福してくれたもん」
聖女はバラザール王国を救うため、数十年に一度生まれてくるって言われてて、聖女の証は聖魔法を使えるかどうかだった。
聖魔法は魔物を遠ざけて瘴気を浄化し、さらには人々を癒やすって言われてる。
他に魔法というものが存在しないこの世界では、聖女の聖魔法がなければ魔物から人々を護ることはできなかった。
だから、聖女という存在は超絶対!
この国に生まれた女の子はみんな、成人する十五歳になる年に、聖魔法を使えるかどうかのテストを受けることになっている。
私の姉、アイリスは見事そのテストに合格して聖女になったというわけ。
「それは分かるけれど……あなたはまだ成人にもなっていないというのに」
「成人ったって、あと二年でしょ? すぐだよ」
私がそう返すと、お姉ちゃんは少し困ったように笑った。
私のお姉ちゃん、アイリスは、誰が見ても美しいと思うようなとびきりの美人だった。
緩やかにカーブしたプラチナブロンドと、長い睫に覆われた薄紫の瞳。
小さく尖った鼻もふっくらとした小ぶりの唇も、すべてがすべて、作り物のように繊細で完璧で、私の自慢のお姉ちゃんだ。
しかも綺麗なのは外見だけじゃないんだよね。性格も素晴らしいんだから。
出身こそ貴族階級ではないけど、代々栄えている豪商の家に生まれ、幼い子どもやお年寄り、病人といった弱い者には優しく、勉学の出来も抜群で、それでいておごることはけしてしない。
つまり、完璧な存在ね!
まあ、それもそのはず。
お姉ちゃん、もといアイリスは、私が女神として最高に美しく素晴らしい存在に作ったんだから。
そう、この世界を管理する女神である私は、聖女アイリスを助けるために彼女の妹に転生したってわけ。
「ミモザ、大丈夫? 少し馬車に酔ったかしら?」
急に私が黙り込んだからか、お姉ちゃんが私の顔を覗き込んできた。
「あっ、違うの……えっと、お城ってどんなところかなぁって気になって。それにお姉ちゃんと結婚することになる王太子のカーティスさまも、今までは遠くからしか見たことがないでしょ? きっと素敵な人なんだろうなぁ」
「ふふっ、そうね、お会いできるのが楽しみね」
お姉ちゃんは光り輝くような笑みを浮かべる。
そうしてまだ見ぬ王太子への期待を膨らませながら、十七代目の聖女であり私の姉であるアイリスと、その妹にして侍女である私、ミモザは王宮へと到着したのだった。
◇ ◇ ◇
「おお! そなたが十七代目の聖女、アイリスか! なんとまあ……噂に違わぬというか、噂以上に大変お美しい」
カーティス王太子は興奮で頬を紅潮させ、お姉ちゃんを褒め称える。
当のカーティス王太子も、金髪碧眼に整った顔立ちだから、美男美女でとってもお似合だ。
でも彼は一人っ子で甘やかされて育ったし、小さな頃から幼なじみや取り巻きに囲まれて過ごしてきたから、世間知らずという弱点もある。
「なあ、お前もそう思うだろう、エルヴィン?」
「ええ、王太子殿下と大変お似合いですよ」
ご機嫌なカーティス王太子が振り返って声をかけたのは、王太子の側近を務める公爵令息のエルヴィンだ。
こちらは漆黒の髪に深い緑の瞳という、カーティス王太子を太陽とするなら、エルヴィンは夜の帳といった感じ。
こちらもまた非常に整った顔立ちで、引き締まった身体つきをした美青年だ。
彼はカーティス王太子の二歳年上の従兄弟で、とても剣の腕が秀でているもんだから、小さな頃から王太子のお目付役兼護衛として共に過ごしてきた仲だったりする。
というかこのエルヴィンは、女神時代からの私のお気に入りなの。
見た目も中身もクール系で、ちょっとおバカなカーティス王太子と違って誠実だし真面目だし、とってもいい人なのよね。
けれども彼には悲しい運命が待っていて……。
今から一年と経たずして、魔物の活性化という現象が起こるんだけど、それで一時的に魔物の力が強まって、聖女であるお姉ちゃんだけでは抑えられなくなっちゃうの。
するとカーティス王太子の父親である国王が魔物討伐隊を派遣する事を決めて、その指揮官としてエルヴィンが指名されて。
そしてエルヴィンは魔物の討伐に行くものの、儚く散ってしまい――。
程なくしてお姉ちゃんの聖魔法の力の方が勝って魔物の勢いは削がれていくんだけど、その前にエルヴィンという枷を失ったカーティス王太子には、いわゆる悪役令嬢的な存在が近寄ってきて、お姉ちゃんに対する不穏な動きが始まっちゃうという流れよ。
そんなわけで、世界の存続に悪戦苦闘していた女神の私は、とにかくエルヴィンを生存させれば何とかなると思ったの。
この魔物の活性化っていうのは聖女の価値をしらしめるために数百年単位で発生しているものだから、避けようがない。
ほら、常に平和だと平和のありがたみが薄れるでしょ? だから必要みたい。
それで色々工夫して、エルヴィン以外の者を討伐隊の指揮官にするルートにたどり着いたんだけど、その時はその代わりの指揮官がさっさとやられちゃって、第二陣の指揮官がエルヴィンになって、結果は同じ。
そんなだから、私の目的はお姉ちゃんの救済なんだけど、そのためにもまずはこのエルヴィンを助けてあげないといけないのよね。
「ところで、その侍女は……気のせいかもしれぬが、そなたによく似ているような?」
ニコニコとお姉ちゃんを見つめていたカーティス王太子が、不意に私の存在に気づいた。
「あら……はい、この子はわたくしの妹でございます」
「なるほど! どうりで似ているわけだ」
私は恥ずかしくなって、深々と頭を垂れる。
似ているといっても、私はお姉ちゃんみたいに美人なわけじゃないのに……。
髪こそお姉ちゃんと同じくプラチナブロンドだけど、瞳はブラウン、少しそばかすが浮いているし、目が大きすぎて痩せて見えちゃう。
って、この外見もある程度は私が自分で決めたんだけど。
ただ最後の仕上げはあのお爺さまな神さまがやってくれたのよね。
そういえばその仕上げを引き継ぐときに「あとは上手くやっとくから、心配せんでいい」とか言いながらニヤリと笑っていたのは……どういう意味?
◇ ◇ ◇
「エルヴィンが無事に、魔物を禁忌の森深くまで後退させてくれればいいのだが……」
カーティス王太子が柄にもなく深刻な顔でつぶやく。
ここはカーティス王太子の居室のテラスだった。
天気も良く、テラスの柵の向こうには整然とした城の中庭が望む。
これはほぼ毎日の恒例となっている二人での紅茶タイムなんだけど、二人とも表情は暗かった。
「申し訳ございません、わたくしにもう少し力があれば、エルヴィンさまがこんな危険な任務をお受けになることもなかったのに」
「いやいや! アイリスは良くやってくれているよ。しかもまだ聖女になって一年も経っていないじゃないか」
「ですけど……」
「大丈夫、エルヴィンの剣の腕は本当にすごいんだ! だから心配するな」
「はい、ありがとうございます……」
「それに今回のことで婚儀が延期になってしまったが、魔物の件が落ち着き次第、すぐに日程調整を行うつもりだ」
カーティス王太子はお姉ちゃんを元気づけるためか、ちょっとわざとらしいくらいに明るい声でそう言った。
本当は二人はもうとっくに結婚している予定だったんだけど……魔物の活性化が始まって魔物の被害報告が上がるようになったから、延期になっちゃったのよね。
それさえなければ二人はこれまでどおり、毎日お庭を散策したり、お茶会や音楽鑑賞に出かけたりと、そりゃもうラブラブで幸せな毎日を送っていたのに。
って言っても、それは私の功績が大きいわね。
どういうわけかカーティス王太子には定期的に貴族のご令嬢からのアプローチがくるの……何がお姉ちゃんの処刑につながるか分からないから、私は王太子の侍従と協力してそれらを一生懸命シャットアウトしているわ。
そうしている間に、カーティス王太子とお姉ちゃんの愛は深まっていったのよ。
実は最初のころは、美しくて性格も良くて頭もいい完璧なお姉ちゃんに、カーティス王太子はちょっと気後れしていたみたいなんだけど……それは時間と共に解消したみたい。
もしかしてこれまでカーティス王太子が他の女性に目移りしてしまったのって……そのせいだったのかしら?
まあその心配はもういらなそうね。
エルヴィンの魔物討伐隊の指揮官就任は避けきれなかったけれど、どうかこのまま二人を幸せな結婚に導いてあげたい。
そのために、明日の朝の魔物討伐隊の出陣までに、なんとかしてエルヴィンと二人きりで会わないと。
でも魔物の勢いが増してから軍にも所属しているエルヴィンは大忙しで、カーティス王太子と一緒にいることすらほとんどなくなっちゃって……。
このまま出陣されちゃうと今回もエルヴィンが死んじゃうんだけど、どうやってエルヴィンを助ければいいの!?
◇ ◇ ◇
結局、魔物討伐隊の出陣前にエルヴィンに会うことはできなかった……。
夜中にこっそり会いに行こうかとも思ったけど、そもそもエルヴィンの居室はカーティス王太子やお姉ちゃんたちとは離れていて、場所すら分からなくって。
というわけで、私は最後の手段に出た。
『お姉ちゃん、心配かけてごめんなさい。少しの間、留守にします。必ず戻ってくるから、実家に帰ってることにしてね。大好きだよ! ミモザ』
夜が明ける前、そんな簡単な書き置きを残して、私は魔物討伐隊の兵糧を詰んだ馬車に忍び込んだのだった。
そうして引き返せないくらい進んでから、さっと姿を現した私を見て、メチャクチャ驚く魔物討伐隊一同。
けれども誰かが聖女の妹だと気づいて、すぐにエルヴィンにお目通りが叶った。
私は野営用の天幕に入った途端、倒れ込むように地面におでこをつけて土下座スタイルを作る。
それでエルヴィンはビックリしたようで、声に戸惑いの色がにじんだ。
「どうしたのだ、馬車に隠れてついてくるなど。これは遊びではない、非常に危険な……」
「承知しております! でもどうしても一つだけお願いがございまして、それを伝えずにはいられなかったのです」
「どうした? なにかあったのか?」
「私は姉が聖女ゆえか、その……時折、正夢のようなものを見るのです。夢見の力というのでしょうか」
「ほう、夢見、か……大昔の聖女でそのような力を持った方がいらしたな」
あれ、そうだったっけ?
あ、そういえば……とても勘の冴えている子が一人いたっけ。地殻変動が激しい時代に当たってその夢見の力が役に立つから、そのままにしておいたような?
「ここのところ毎夜、同じ夢を見まして、それがエルヴィンさまの魔物討伐についての夢だったため、どうしても気になってしまい……ただの夢かもしれませんが……」
「構わん、申せ」
「ありがとうございます。では……もしエルヴィンさまが魔物に左腕を切り落とされてしまった場合は、すぐさま止血して撤退してくださいませ」
自分で言っときながら、あまりにも縁起が悪い話だわ……。
でも単に魔物討伐をやめて欲しいなんて言っても、聞いてくれるはずはないし。
これがエルヴィンでなけりゃ、私は叱責どころか何らかの処分を受けていたと思う。
けれどさすがは賢明なエルヴィン、しばらく絶句してから口を開いた。
「それは……どういう意味だ?」
「勇猛果敢なエルヴィンさまであれば、たとえ片腕を失おうとも戦うことをおやめにならないでしょう。ですが魔物は人の武力で敵うような相手ではないのです。大変難しい判断だと思いますが、どうか生きて帰って来てくださいませ。そうでなければ、カーティス王太子さまは……」
「なに、カーティスさまがどうだというのだ?」
「カーティス王太子さまは、エルヴィンさまを失ったショックからご乱心してしまい、聖女である姉を……これ以上はあまりにも恐れ多すぎて申せません、とにかく生きて帰ることを第一にお考えください。魔物はいずれ姉の力が勝り勢いを失うはずです」
突拍子もないお願いだ。
けれども、さすがに一人で馬車に忍び込むなんて大胆な事をしたもんだから、エルヴィンもよほどの事情があると察したみたいで、長らく考えた末、小さく頷いた。
「一応、心にとめておこう。そなたを無事にアイリスさまの元へ送り届けねばならぬしな。しかし私は武人だ。自らの命を賭してでも戦わねばならぬ時がある」
「はい、まずはお耳に入れていただいただけで十分です。ただ、先ほどのお話、どうかお忘れなきよう」
そうして私たちは魔物の住む禁忌の森という、瘴気の満ちた不気味で恐ろしい森の手前までたどり着き、ついに魔物討伐が始まった。
討伐隊の人数は三百。
けっこうな人数だけど、もちろん結果は知ってるわ。
エルヴィン隊はほんの数人の後衛部隊を残して、全滅だってことを……。
でも今回は違う、私がいるんだから!
私は大人しく待っているようにと後方の馬車内に待機を命じられたけど、じっとしてなんかいられない。
大怪我をして動けない兵士がいれば、止血をしたり退避を手伝ったりと走り回った。
けれど本当に行きたいのは最前線だ。
だから負傷者が一気に増えたタイミングで、誰も私をとがめる余裕がないのを察して、エルヴィンの元へと急いだ。
腐臭に凝った血のにおいの満ちる戦場を駆け、ついに禁忌の森の主、魔物が見えてきた。
魔物は黒い煙を固めたような、巨大な蜘蛛の姿をしている。
そしてその足元には眷属である大型犬サイズの様々な蟲たちが、無数に這い回っていた。
その最前線、白いマントをはためかせ、剣戟を繰り出すエルヴィンがいた。
もう他の兵士はほとんど立っていない。
みな負傷したか、命を落としたか、地面に伏していた。
「エルヴィンさまっ……!」
退避を!
そう叫ぶ直前に、魔物の足の一本がエルヴィンを上から叩き潰す。
それをなんとか剣で受けきったエルヴィンだったが、今度は横から別の足でなぎ払われた。
ああっ! あああ……同じだ……女神の私が何度も見た光景と……。
それなのに、同時に、初めて見るような気がしてならない。
血のにおい、蟲たちの不気味な声、そして見上げるほど巨大な魔物の恐ろしさ。
こんなに恐ろしくも、すさまじいものだったなんて。
二度目の攻撃を腕で受けたエルヴィンは、左腕をすっぱりと失っているはず。
けれど、右手にはまだ剣を握っている。
そして今、よろめきながらも何とか立ち上がろうとしていた。
「エルヴィンさま、お願いです、退避をっ!」
このままじゃ、エルヴィンが死んじゃうわ!
全速力で駆けながら叫ぶも、まだ距離がありすぎる。
するとエルヴィンには聞こえなくとも魔物には聞こえたのか?
魔物は再び振り下ろさんともたげていた足を止め、私の方に顔を向けた。
蜘蛛だから目がたくさんあって、どこを見てるのか良く分からないけど……とにかく、それでエルヴィンが私に気づいてくれた!
「ミモザ!?」
私を見つけ、疲労の色濃いその端正な顔が、ハッと我に返った。
するとすぐさま身を翻し、追ってくる蟲たちの攻撃を避け、こちらに走ってくる。
ああ、よかった、よかった!
これでエルヴィンが死なずに済むわ……!
安堵のあまり泣き崩れる私を、剣を鞘にしまったエルヴィンは片腕で抱き上げる。
そうして胸元に抱き込まれると、血と汗のにおい、そして確かな温かさを感じて胸が熱くなった。
生きてる、エルヴィンが、生きてる……。
エルヴィンはそのまま駆けだし、もう衛生兵と負傷兵しか残らない後衛部隊の陣営に戻ると、ようやく下ろしてくれた。
同時にわずかながらも動ける者たちが、歓喜と共に集まってくる。
「エルヴィンさま、よくぞご無事で!」
「さあ、手当を急ぎましょう!」
「いや、もう一度行かねば。まだ部下が戦っている」
「なりません! 今度こそエルヴィンさまが死んでしまいます!」
私は泣きながら話に割り込んで、その腕にすがり、そして気づいた。
あれ、左腕が……ある!?
「エルヴィンさま、腕があるじゃないですか!」
「ああ、そなたに腕を失うと聞いていたからな、最後の攻撃を受ける瞬間、それを思い出してなんとか剣で防いだんだが……腕は飛ばされなかったものの、肩が潰れたかもしれん」
剣で攻撃を受けたものの、押しつぶされたって事?
確かに鎧の肩のプレートがひどくひしゃげている。それに鎧の隙間から絶え間なく血がしたたっていた。
これじゃせっかく助かっても、出血多量で死んじゃうわ!
「エルヴィンさま、せめて止血をさせてください!」
「そうです、おねがいですから!」
私と衛生兵に止められエルヴィンは渋い顔をしたものの、その場で膝をつき、右手で強引に肩の部分の鎧を引き剥がす。
そして現れた肩の悲惨な状況を見て、私は再び涙があふれた。
肉がさけ、白い骨が覗き……とても直視出来るものじゃない。
女神さまだったときの私は、人一人の命の重さを分かっていたつもりで、何も分かっちゃいなかったのね。
そんなんだから、何度やっても世界を滅ぼしてしまったんだわ、きっと。
「ああ、エルヴィンさま……」
衛生兵が腕の付け根をキツく縛りあげている間、私は少しでも痛みが紛れるようにと、その逞しい左腕を両手で取り、額を押し当てる。
もう少し私が早く到着していれば、こんな大怪我にはならなかったかもしれないのに……。
止まらない涙がエルヴィンの腕を伝って地面に落ちていった。
「ミ、ミモザ、これは……」
エルヴィンの戸惑う声に呼ばれ、涙でぬれそぼった顔を上げると、彼は自分の肩を驚きの表情で見つめていた。
その視線の先を追ってから、私も言葉を失う。
「さあ、止血はいったんこれで……あれ?」
衛生兵もようやく気がついた。
さっきまで悲惨な状態だったエルヴィンの肩が、どういうわけか……綺麗に元通りになっていた。
「まさか……ミモザ、そなたが?」
「え?」
「そなたの涙が私の肌に触れるたび、温かい何かに包まれるような心地よさを感じて、痛みが薄らいでいったのだ。そして気づけば肩の怪我が癒えていた……つまりそなたの涙がそうしたのではないか?」
「わ、私が!?」
驚きすぎてのけぞってから、あることに気づいた。
私がこのミモザの身体に転生する直前。
あのお爺さまな神さまがニヤリとしてたのは……まさか、これ?
私にそんな人外の能力を付与しちゃったってわけ!?
「人々を癒やす……聖女の伝説にあったな、確か」
「はい、ではこのミモザ殿も聖女であると?」
「いえいえいえ、違います! 私はそんなんじゃないんです!」
聖女の伝説の「人々を癒やす」ってのは、瘴気を払うことで瘴気にやられた人々の生命力を回復させるって意味であって……こんな怪我を治すとか、そんな大それたものじゃないんだけど!
「なんということだ。ならば、ますます彼女を無事に王都へ送り届けねば……どうした、外が騒がしいな」
「敵襲~!、蟲たちがこちらに向かっております、急ぎ退避をっ!」
そうして私たちは急いで避難を開始した。
けれども蟲の襲撃はすさまじくて……乗ってきた馬車はすべてやられ、生き残った負傷兵たちも次々と倒れていく。
その悲惨な状況に、泣き虫の私はまた涙を流して……。
そして私のその涙が持つ治癒の力で残った兵士たちを癒しながら、やっとのことで王都に着いたのは、王都を出発してから三週間が過ぎた頃だった。
◇ ◇ ◇
「さあ、早くカーティス王太子とアイリスさまにお会いせねばな」
「はい、お姉ちゃ……姉も大変心配していると思います」
私は馬に乗るエルヴィンの後ろに横向きに乗っていた。
エルヴィンの腰に腕を回さないといけないから、最初はドキドキして抵抗があったけど……。
慣れちゃえば逞しいエルヴィンの背中にくっついていられるし、なんだか幸せだわ。
一週間ほど前、やっとたどり着いた村で馬を借り受け、エルヴィンと私、そして生き残った兵士十一人はついに王都にたどり着くことができた。
大門をくぐり見張りの兵がエルヴィンに気づくと、そりゃもう幽霊でも見たんじゃないかってくらい真っ白な顔で腰を抜かし、そして大急ぎでお城に走って行ったわ。
それで私たちは城下町の中を、馬に乗ったままゆっくり進んでいこうとしたのだけれど、残った門番の一人が慌てた様子で私たちの前に飛びだしてきて、膝をつく。
「恐れ多くもご報告させていただきます! 実はエルヴィンさまは既に戦死されたという報せが入っていたため、ここ王都ではてっきり……」
「無理もない、魔物討伐隊はほぼ壊滅だったからな。それで、どうした?」
「その……魔物討伐隊の出発直後に、魔物の被害拡大はアイリスさまが本物の聖女ではないからだと申す学者が現れまして……審議の結果、アイリスさまは偽の聖女として本日処刑が執り行われる予定なのです」
「え~っ!?」
私は思わず声を上げていた。
たしかにこれは私が女神として何度か迎えた最悪なルートの一つだけど、展開が早すぎない!?
それは保守派の宰相がとある侯爵と手を組み、十七代目聖女のアイリス、つまりお姉ちゃんを偽者の聖女だと言い張ってカーティス王太子に断罪させてしまうっていうもの。
もちろんその侯爵家の令嬢が、カーティス王太子に接近して誘惑するっていうのもセットよ。
私は焦りとともに怒りが湧いてくる。
私は戦場まで行って、身体を張って頑張ったのよ!
それでエルヴィンがやっと生き残ったっていうのに、どうしてなの!?
そんな私の焦りを背中越しに感じ取ったのか、まだ門番は話していたものの、エルヴィンは素早く馬の腹を蹴った。
「それで、ただいま城に向かわれますと……」
「構わん、城に行くぞ、振り落とされるなよ!」
「は、はい!」
城下町の石畳の大通りを、エルヴィンの操る栗毛の馬が疾走していく。
私は振り落とされないようにエルヴィンしがみつくので精一杯だ。
高らかに鳴り響く蹄の音に混じって、エルヴィンの声が届いた。
「どうしてこんなことに!」
「お願いです、どうか処刑前に姉のところへ連れていってください!」
「ああ、任せろっ!」
そうしてたどり着いた王城前広場では、まさに今、お姉ちゃんの処刑が行われようとしていた。
国民にとっても、今回の処刑はあまりにも早い展開過ぎて納得がいかないのか、広場を取り巻く人垣からは戸惑いのどよめきが上がっている。
「道をあけろっ!」
鋭い一声でその人垣を強引に割り、エルヴィンは馬上のまま広場に突入する。
広場の中央には、真新しい木材で組み立てられた恐ろしく巨大なギロチン台が鎮座している。
その階段を今、手かせをつけられ一歩一歩重い足取りで上っていくのは、見間違えようもない私の大切なお姉ちゃんだった。
そしてギロチン台に向かい合うように設けられた舞台上には、処刑を見届けんと、国王、王妃、そしてカーティス王太子らの姿が並ぶ。
「その処刑、お待ちください!」
エルヴィンはギロチン台の前に割り込むようにして手綱を引き、馬は荒々しく棹立ちしてから止まった。
「なっ……エ、エルヴィン!?」
それまで虚空をぼんやりと見つめていたカーティス王太子の焦点が合い、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
王と王妃も驚きの表情で顔を見合わせた。
「国王陛下ならびにカーティス王太子、魔物討伐は失敗しましたが、私は生きて帰ることができました。それもすべてこちら、聖女アイリスの妹であるミモザ殿のおかげです」
「……どういうことだ、申してみよ」
そう口を開いたのは、いち早く衝撃から立ち直った国王だ。
「こちらのミモザ殿は聖女の妹であるためか、夢見の力を持っているそうなのです。それだけでなく、なんと深手を負った私の傷を瞬く間に治してくださいました」
「傷を、だと……?」
周囲に徐々に広がっていくざわめき。
ああ、私のこのスペシャルな能力は聖女とは何の関係もないのだけど……まあもうバレちゃったんだもの、仕方ないわ。
「ではそのミモザこそが、真の聖女だと申すわけか?」
国王のその重い一言に、私は自分の立場も忘れて声を上げていた。
「いいえ、違います! 私に出来るのは夢見と治癒のみです。魔物の力を削ぎ瘴気を払うことができるのは、姉であるアイリスだけです!」
「国王陛下に下賤の者が口を聞くなど、身の程をわきまえなさい!」
その怒りのにじんだ声は、カーティス王太子によく似た美貌の王妃だった。
思わず私はその王妃をにらみつけてしまった。
ああもうっ、腹が立つわ!
この王妃、言わずもがな十六代目の聖女なんだけど、彼女の心が汚れていったがために聖女の力が弱まっちゃって、それが魔物の活性化の原因の一つになってるの。
つまり今回の件で罪があるとすれば、お姉ちゃんじゃなくて、この人なのよ!
それに私は知っているんだからね、そりゃもうなんでもね。
なぜなら十七代目聖女のアイリスが処刑されてしまうのを何回も見届けてきたし、試行錯誤する中で周囲の人々の情報も詳細に検証済みなんだから!
私は驚いて固まっているエルヴィンに、小さくお礼を言って馬上から滑り下り、形だけでもとその場に膝をついて礼をとる。
そして顔を伏せたまま声を張り上げた。
「私はすべて存じ上げております! 今回の聖女アイリスの処刑は、王妃さまが宰相さま、そしてコランダール侯爵と手を組んで仕組んだこと。そして王妃さまがコランダール侯爵とたいへん仲がいいということを。もちろんコランダール侯爵のご令嬢がカーティス王太子と、最近になって急に仲良くなったことも含めてでございます」
私が「たいへん」のところにアクセントを置いたからか、王妃の「なっ」という声が聞こえてきた。
そう、実は事の真相はこうだった。
王妃はコランダール侯爵と、いわゆる不倫関係になっていた。
この王妃は十六代目の聖女なのだけど、聖女として生まれたばかりに現国王と結婚したものだから、自由恋愛に憧れていたみたいなの。
そして欲を出したコランダール侯爵は、自分の娘をカーティス王太子に嫁がせ、ゆくゆくは次期王妃にしたいと考えたってわけ。それで王妃と共に宰相と手を組んだと。
こんな陰謀はよくある事だし、既に成人しているカーティス王太子がしっかりしていれば防げることなんだけど……。
カーティス王太子はエルヴィンを失ったショックで侯爵令嬢にコロッといっちゃって、アイリス、もとい私のお姉ちゃんを断罪することに同意してしまうの。
私が女神としていくら試行錯誤しても、細部は変われど大筋はみ~んなこれだったわ。
「コラーンダール侯爵と……だと?」
「ちょっ、あなた、あんな小娘の言うこと、信じないでくださいな!」
「しかし確か例の学者は、コラーンダール侯爵のお抱えだった気がするが」
揉めだした国王と王妃の様子に、私は心の中だけでニヤリと笑う。
「どうか、その学者の申し立てている内容をもう一度精査いただけないでしょうか。魔物の力が強まり被害が広がるという事象は、バラザール王国の建国以降、今回を含め三回発生しています。そしてすべて新しい聖女が就任してまもなくのタイミングで起こってきました。ただし、聖女を処刑しようなどと考えたのは今回が初めてでございます」
その学者がどんなに知識が豊富だろうと、過去の出来事については私の方が詳しいんだから。
どうせその学者は過去の事例を濁したか隠したかで、ろくに報告していないんでしょ。
「それは真か。お前はなぜそんなことを知っておるのだ?」
国王の戸惑うような声に、私はサッと顔を上げ、もう遠慮なく国王へ鋭い視線を送る。
「私の夢見の力です。魔物討伐隊の指揮官にエルヴィンさまを指名されたのも、宰相さまのご助言によるものではなかったでしょうか?」
「む、確かにそういう助言があったのは確かだが、しかし夢見などという不確かな力を信じるわけには……」
「ではこれから私の申し上げることが、すべて真実かどうかでご判断くださいませ。国王陛下はまず、猫より犬がお好きです」
「……は?」
それは国王ではなく王妃の声だった。
「あなた、犬は嫌いだと……そしてわたくしの愛するロレンヌちゃんが世界一可愛いとおっしゃいましたよね!?」
ロレンヌちゃんとは王妃の愛猫だった。
淡いグレーの長毛種で確かに可愛らしいけれど、国王は実はあまり猫は好きじゃなくて、妻である王妃の手前、猫好きを装っているだけだったりする。
「ああ、いや、それはその……」
「そして時折、真夜中に寝室を抜け出しては、秘密の夜会とやらに出席されております」
「なっ……なぜっ……」
「あなた、秘密の夜会とは何ですの!?」
「さらには最近になって王宮に入った侍女のリリアーナという方と……」
「ええいっ、もうよい! どうしてお前はそんなことを知っておるのだ!」
「ですから、夢見の力によるものです」
どれも国王がバラされたくない秘密ばかりだった。
ちょっと意地悪をしてしまったけれど、お姉ちゃんを助けるためだもの、仕方ないわ。
「夢見だとっ……なぜそんな夢ばかり見るのだ! 余が犬が好きだとか、夜会だとか!」
「それは、今日のこのためでございましょう。こうして国王陛下に夢見の力を信じていただくために」
その一言で、陛下は急に黙り込んだ。
息すら止めているんじゃないかというくらいピタッと固まり、そして一分ほどしてようやく深く息をつく。
「わかった、夢見とやらを信じるしかあるまい」
「あなた、秘密の夜会とリリアーナについては後で詳しく教えてくださいな」
「お前こそ、コラーンダール侯爵との関係を洗いざらい話すのだぞ」
ここに一つの夫婦の危機が訪れたけれど、これまた致し方ない。
お互い、いい歳こいて不倫なんてするからよ。
「となれば、アイリスが偽の聖女なのかどうかについては、改めて精査する必要があろう。なあ、カーティスよ」
「ちっ、父上! ……は、はい、ぜひお願いいたします!」
なぜか懇願といった感じで声を上げるカーティス王太子。
それまで真っ白な顔で黙り込んで、ただひたすらにギロチン台に立つお姉ちゃんを見つめていたけれど、やっとどこか肩の荷が下りたように安堵した顔を見せた。
◇ ◇ ◇
私の夢見の力とやらを恐れた国王陛下は、改めて私のお姉ちゃんにかけられた疑惑を洗い直した。
もちろんエルヴィンと、そしてカーティス王太子も手伝い、結果的に疑惑が晴れたのは言うまでもない。
どうやら今回に限って言えば、私の努力もあって、カーティス王太子はお姉ちゃんへの愛が消えていたわけではなかったようなの。
例の学者による巧妙な偽者聖女疑惑を信じざるを得ず、愛と疑惑の間で身が引き裂かれんばかり、という状態だったみたい。
だから嫌疑の晴れた姉とカーティス王太子は再び仲良しの婚約者同士となり、長らく延期されていた婚儀もつい先日、無事に挙げることができた。
そして。
それだけじゃなく、私まで「夢見と治癒の聖女」として聖女認定されて、長いバラザール王国の歴史のなかで初めて同年代の聖女が二人そろっちゃったのだった。
……いや、私は聖女じゃないんだけどね。
でも聖魔法以外に魔法が存在しないこの世界じゃ、私の力は聖女ってことにしないと理屈が付かないみたいで……ははは……。
そしてそして――。
「やはりアイリス殿の妹だけあるな、ミモザも聖女の聖衣がよく似合う」
私が晴れて十五の成人を迎えたその日、それまで見習い聖女的な立ち位置だった私も、ついに一人前の聖女としてお姉ちゃんと同じ美しい聖衣が与えられた。
それを身に纏った姿を、あの麗しのエルヴィンが目を細めて見つめている。
「そんな、お姉ちゃんにはぜんぜん敵わないです! 私なんて痩せすぎだし、目も大きすぎるし……」
「いや、そこがまた少女らしくて可愛らしいのだ」
ツカツカと歩みよってきたエルヴィンが、指でついと私の顎を持ち上げる。
私を見下ろすエルヴィンの眼差しはこれ以上なく優しく、そして口元に浮かぶゆったりとした笑みには男の色気すら漂う。
いやぁ、かっこいいわぁ……まったくもって私とは釣り合わないけれど……。
「これでやっとお主と結ばれることができるな」
「……は、はい、エルヴィンさま」
そう、私は成人とともにエルヴィンの妻になることが決まっていた。
懐かしきあの魔物との戦いの後、共に戦いそして放浪する中で、私たちの距離は徐々に近づいていき……そしてお互いに特別な存在になっていったの。
まさか、女神の私が人間と恋愛だなんて!
って最初は思ったけど、小さな頃からお姉ちゃんと過ごしてきて、そして次はエルヴィンを死なせまいと必死になって……。
いつの間にか私も一人の人間として、いろんなことに喜んだり悲しんだり、そして胸をときめかせたりしているのに気づいたの。
それは女神として世界の進行を見守っていたあの日々とは違う、喜怒哀楽に満ちた素晴らしい毎日だったわ。
ああ、これが人間なのねぇ。
人間ってものが、ようやく理解できた気がするわ。
それにしても、あんなに私が頑張ったのにお姉ちゃんが処刑される寸前までいくって、誰かがどこかで世界の滅亡を企ててたんじゃないかって疑っちゃうんだけど……。
「ミモザ、どうかしたか?」
「あ、いいえ、何でもありません」
「ではさっそく、その姿をアイリスさまにも見ていただかねばな」
「はい!」
私は愛おしそうに温かい眼差しで私を見つめるエルヴィンに、満面の笑みを見せた。
私の夢見の力は、もうこの先は働かないわ。
女神の私は一度もアイリスを助けられなかったから、この先がどうなるか知らないの。
でももう大丈夫、私とエルヴィンでカーティス王太子とお姉ちゃんを支えていくから――。
◇ ◇ ◇
「ふむ、今度こそ上手くいったようだな。私が授けた回復魔法が活躍したようで良かった」
新米女神に代わり、その世界を管理している年老いた一人の神は、満足げに何度も頷く。
そしてからしばし思案するように宙に視線をさまよわせた。
「しかしさすがの私も、十六代目聖女の堕落が魔物の魔力によるものだったとは中々気づかなかった。アイリスの聖魔力も増して魔物の力が抑えられた今の状態であれば、もう心配あるまいが。さて、彼女……ミモザも幸せになったようだし、このまま人として幸せな一生を過ごしてもらうとしよう」
そうつぶやいた老いた神さまは「さて昼食にするか」と席を立った。
その間もミモザの生きる一つの世界は、ゆっくりと時を刻んでいたのだった。
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