僕らは夢の旅人
ヒューマンドラマを描きたいと常に考えていました。
書いては消し、書いては消し。
ついつい長編になってしまうので頓挫することが多かったです。
初めて、書き上げました。
拙い内容ではありますが、多少でも皆様に良い影響を与えられたら幸いです。
第一話 眼に震える男
今日も彼は夢を見なかった。
1年前のとある事件により、彼の脳は夢を見せない。
中肉中背、癖っ毛の黒髪、夢を見ない一点を除いて彼は普通の青年だった。
佐々木悟 名前も一般的だ。
目覚まし時計の音で目を覚ます。
「今日も夢を見れなかった。」
佐々木はこう続ける。
「誰の夢を見れるかな。」
そして再び眠りにつく。
目を開けると、周囲は暗闇に覆われていた。
暗闇には無数の眼。中心には中年で清潔感のある男が自身の顔を手で押さえ付け、崩れ落ちていた。
佐々木は中心にいる男性に声をかける。
「やあ。君の夢は正に悪夢だね。」
中年男性は驚いた表情で佐々木を見上げる。
「あなたは?」
「僕が誰かって?どうでもいい話さ。それより君の夢の話をしよう。何だって君は、こんな恐ろしい夢を見ているんだ?」
「ああ、私は弁護士をしていてね。正義感から、困っている人を助けたいという気持ちで志したんだ。」
「立派なことじゃないか。」
「だが、正義感じゃ飯は食えない。家族も養う必要があった私は、いつしか加害者側の弁護に回る事が多くなったんだ。裁判の結果がどうあれ、常に私には冷ややかな目を向けられる。」
「なるほど。だからこそ、眼に囲まれているわけだね。しかしだよ。弁護人という役割は、全ての人間に平等に与えられる権利だ。つまり、君が加害者側の弁護士を務めなくても、誰かがやるんだ。悩みすぎじゃないのか?」
弁護士の中年男性は、困った表情で言った。
「確かにその通りだ。その言葉通り、自分を納得させようと言い聞かせて生きている。しかしながら、私の心はあの眼に縛られている。被害者の眼、加害者の眼、裁判官の眼、世間の眼。私は、もうこの仕事に疲れたんだ。」
「無責任だな。」
佐々木は冷たく言い放つ。
「無責任だと?全ての責任をこの身に感じながらも、この歳までやってきたんだ。見ず知らずのあなたにそう言われる筋合いは無い。」
「筋合いなら確かにあるさ。説明はしてやらんがね。君の重圧は、君にしか取れないんだよ。ルイス・グリザードはこう言った。【責任を持つことで見える世界が変わる。】君は加害者の発想、思想、感情が理解出来る様になったはずだ。それはかつての君では想像も出来なかった事だろう?」
「それはそうだが、加害者の感情など理解したくもない。」
「果たしてそうだろうか。弁護士という職業は法律を武器に扱うが、人間の感情理解も重要だと聞く。文系職業であるのもそう言う理由だろう。つまり、君はここまで加害者を含めた数多の弁護を引き受けた事で、被害者、加害者双方の感情を理解出来た。ここで初めて一人前の弁護士になれたと言える。」
弁護士の中年男性は押し黙っている。
「君が加害者弁護で辛い思いをしているのならば、これから先は改めて被害者弁護に回ってみるべきだ。それも飛びっきり難しい弁護にね。」
「随分簡単に言うな。」
「この世界には白も黒もない。あるのは人間の感情だけだ。秩序の為に法律があるが、人間の複雑な感情を、白か黒かで決められる物じゃない。」
「あなたに言われると、何故だかとても納得してしまうな。」
「そうだろうとも。当然だ。さあ、もう周りには眼が無いぞ。おはようの時間だ。」
段々と世界に光が戻り、佐々木は目を覚ました。
弁護士は今後、同じ夢を見るだろうか。見たとしても、乗り越えてほしいと願い、佐々木は仕事の準備に取り掛かった。
第二話 雨に打たれる女
今日も彼は夢を見なかった。
「今日はどんな夢を見れるかな。」
そう言ってベッドに入り直す。
目を開けると、土砂降りのベンチに腰を下ろす女が居た。
Sとイニシャルが刻まれたネックレスを握り、項垂れている。
「やあ。生憎の悪天候だね。」
女は黙って俯いている。
「大体さ、夢はその人の心情を表すんだ。君の心は泣いているのかな?」
女が口を開く。
「愛していた彼が死んでしまったの。私には生きる目的がない。」
「そうか。それはとても悲しい出来事だ。僕では君に生きる理由を与えられない。自分で見付けるしかない事だから。」
「私には家族がいないの。彼しかいなかった。女には集団に溶け込むスキルが必要なの。そのせいで彼は亡くなったの。」
「なんの話だい?」
「職場の男性に言い寄られていたのだけれど、ハッキリと突き放す事も出来ず、いつもの癖で受け流していたの。段々とその男性からの感情に熱を帯びていく事に気付いていながらも、そのままにしてた。」
「うん。それで?」
「彼と家で過ごしていたのだけれど、付けられていたのね。家まで男性が来てしまって、それに気付いた彼と男性が揉めて、彼が殺されてしまった。」
「そう。でも君のせいじゃないと思うけど。」
「私のせいなの。ハッキリと最初に断っておけば、こうはならなかった。彼を殺したのは私なのよ。」
佐々木は頭を掻く。
「あのさ、君みたいな考え方は好きじゃないな。殺したのは男であって、君じゃあない。何でも自分のせいにして追い込んで、何がしたいんだい?」
「分からない。もう分からないのよ。」
「シェイクスピアはこう言った。【人間は感情の動物である。】つまり、君は彼が死んで悲しいという感情のみが残っている状態だ。そのままにしておくとどうなると思う?」
「さあ、死んでしまうのかも。」
「いいや、忘れるんだよ。人間は都合良く出来ている。脳が発達して基本的な物事は全て覚えているのに、何故か感情だけはずっと覚えておくことが出来ないのさ。」
「どうして?私のこの感情は、忘れることは出来ないわ。」
「いいや、忘れるね。絶対に。もちろん永遠に忘れるとは言わない。たまに思い出すだろう。だけれど、感情は定期的に忘れていかないと人間は生きていけないんだ。感情の生き物だからこそ、一つの感情に縛られると生きていけない事が分かっているから、忘れるように出来ているんだ。便利だよね。」
「あなたおかしいんじゃないの?急に人の夢に出てきて、そんなこと言われても嬉しくない。慰めてもくれないの?」
女の語気が強くなる。相変わらず、俯いている。
「ほら、悲しみの感情が怒りの感情に上塗りされ始めた。生きていれば沢山の感情が沸いて出てくる。それを繰り返せば、きっと生きても良いと思えるし、生きる理由も見付かるよ。」
「答えになってない」
「僕が君に生きる理由は与えられないけど、死ぬ理由は薄くなってきただろう?最後に一つ、言葉を残そう。君に出逢えた事は、きっと僕の、生きてきた理由だったよ。」
目が覚めると佐々木は涙を流していた。
女の感情が雪崩れ込んで来たのか、理解出来ないままに今日も仕事の支度をする。
第三話 新世界の少女
今日も彼は夢を見なかった。
「今日も夢を見れなかった。だが、構わない。」
早朝、起床したばかりの佐々木はまた目を閉じる。
中肉中背、癖っ毛の黒髪で仕事は自営業の動画編集者。
時間に都合がつくとは言え、自由過ぎやしないか。
「さて、今日はどんな夢に出逢えるだろうか。」
目を閉じて数秒、彼の眼前には草原が広がっていた。
草木が生い茂り、小鳥の囀ずりと爽やかな風。
「良い夢に出逢えたかもしれない」
そう言う古巣は広角を上げ、辺りを見渡す。
大木の側に少女が立っていた。
「あの娘が夢の主か。」
佐々木は少女の元へ歩みを進める。
「お兄さん、誰?」
少女は少し驚いた顔で佐々木を見上げる。
「やあ。僕は佐々木って言うんだ。君の夢に遊びに来たよ。」
「私の夢に?変なの。」
「変だろう?だけれど事実だ。君はこの夢が好きかい?」
「私、こんな綺麗な世界が好きなの。だけど、現実ではこんな世界があるなんて知らない。」
「知らない?」
佐々木は訝しげに少女を見つめる。
「うん。私、全盲なんだ。だからこの夢の世界が、現実に存在するのかも分からない。」
「そうか。君の見てる世界はね、存在するよ。」
そう言って佐々木は草木や鳥、太陽等の色合いが現実世界と遜色ない事を教えてあげた。
「きっと君は、ご両親が教えてくれた美しい世界の在り方を、リアルに想像することが出来るんだね。」
「そうなのかな。でもね、私は他の人が見えている物が見えない。だから将来凄く困ると思うんだ。人が見て感動することも、私には見えない。その事が凄く悲しいの。」
「なるほど。確かに見えない事は勿体無い。だけれどね、君ほど繊細で、美しい世界を想像出来ている人間はこの世に存在しない。少なくとも僕は見たことがない。こんな綺麗な夢を見る人間を。」
「そうなの?他の人はどんな夢を見るんだろう。」
「現実の延長線上だ。恐ろしい夢も、儚い夢も、感動的な夢も、全て現実世界の域を出ない。だけれど、君は違う。君の夢は確かに現実世界と遜色ない色合いであるが、全てに暖かみと安らぎを感じる。君の想像力は、他の誰にも真似できない創造力になる。ダジャレじゃないよ。」
「ありがとうお兄さん。夢の世界だけど、嬉しいよ。夢から覚めたら、お兄さんとはサヨナラだね。少し寂しいかも。」
「そうだね。僕は夢の中の存在だ。いつか、君が君だけの世界を現実で表現することが出来たなら、また君に会えるかもしれない。シドニー・ポワチエはこう言った。【未知の世界を旅しない人には、人生はごく僅かな景色しか見せてくれない】」
「どうすれば良いか分からないけど、また会いたいから頑張るね。」
そう少女が言って数秒、世界は閉じた。
夢から覚めた佐々木は清々しい気分でベッドから起き上がる。
数十年後、少女が画家となり世界を騒がせる事を夢見て。
第四話 溺れる壮年
彼は今日も夢を見なかった。
「さあ、夢が楽しみだ。」
目を開けると、荒波に溺れ、大金が積まれた船に手を伸ばす壮年白髪の太った男が見えた。
佐々木は船に飛び乗ると、男に声をかけた。
「やあ。お金が欲しいのかい?」
「ふざけるな。早く私を引き上げんか。」
夢の中だからか、溺れていても会話が出来る様だ。
佐々木は男を引き上げる。
「これだ。全部私の金だ。誰にも渡さん。」
「お爺さんはさ、お金が好きなの?」
「当たり前だろう。金が嫌いな人間がどこにいる。金さえあればどうとでもなる。」
「真理だね。僕もそう思うよ。お金はこの世のチケット。大体何でも引き換えられるからね。」
「そうだろうとも。」
「しかし、なんで溺れてるの?現実では貧乏とか?」
「馬鹿者。現実でも大金持ちだ。だが、最近は息子が事件を起こしたせいで金が多く必要でな。次から次に無くなっていく。それが不安なんだ。」
「尻拭いってことね。虚しくならない?」
「息子を守ることの何が虚しいんだ?」
「それ、守ってることになるのかな?息子さんはさ、君が死んだらどういう人生を歩むのかな?金に溺れてぐちゃぐちゃになると思うけど。」
「息子の人生は息子のものだ。どう生きようと不自由無いように蓄えているんだ。」
「あ、金で引き換えられないもの見付けた。教養だ。」
「何?教養など、金を積めばいくらでも身に付くだろう。」
「ただの知識ならね。僕が言いたいのは、慈しむ心だ。知識と心、言わば精神は全く別物さ。人を大切にした方が良いと理解している事と、人を大切にしたいと自主的に望む事では大きな違いがある。」
「誰だって金が欲しいと望むだろう?金があって何故悪い?」
「悪いなんて思わないよ。良いことだ。だけれどね、金さえあれば良いのではない。ドイツの哲学者、ショーペンハウアーはこう言った。【金銭は抽象的な幸福であり、具体的な幸福を享楽出来なくなった者はその心を金銭にかける。】」
「どういう意味だ?」
「つまりさ、金があって幸せだって思ってる内は、金の奴隷なんだよ。金を使って何かに貢献したり、更に稼いで豊かになる者を増やしたり、人との繋がりを大切にして、金ではなく自分に誇りを持って生きていけるようにならないと幸福では無いんだよ。事件を起こしたって言ってたけど、手遅れじゃない事を祈るよ。」
壮年の男は船を降り、陸に上がった。
その手には何も握られてはいなかった。
目が覚め、佐々木は物憂げな表情を浮かべながら支度を始める。
数日後、とある男が殺人罪で逮捕された。
第五話 偏食家の女
今日も彼は夢を見なかった。
「今日は楽しい夢が良いな。」
そう言ってベッドに入る。
目が覚めると牧場に居た。佐々木はのどかな雰囲気に心を踊らすも、直ぐに憂鬱になる。
家畜の首が全て無い。胴体のみだ。
牧場の中心でサラダを食べる女性が見えた。
「やあ。奇抜な夢だね。」
「そう見える?でもこれが現実なのよ。」
気の強そうな中年女性だ。
「現実?首だけの家畜が?」
「ええ。そうよ。現実でもこうして肉は作られる。可哀想だと思わない?」
「なるほど。だから君はサラダを食べているわけだ。まるで聖人だね。」
「ありがとう。理解があって助かるわ。」
「我々人類という種が繁栄したのは紛れもなく先人たちの偉業の積み重ねだ。その偉業の中に、家畜を育て食すという効率的な食物連鎖が存在している。その上で、可哀想だから食べないのであれば尊重するべきだし、その感情は否定出来るものでは無いからね。」
「そう思うでしょ?なのに殆どの人間は未だに肉を食べているの。人間も同じ動物。愚かよね?」
「愚かどころか、相当に賢いと思うよ。さっきも言ったけれど、効率的だからね。僕は肉も食べるよ。」
「そういう考え方が傲慢だと言うのよ。動物は生きているの。痛みもあれば、感情もあるのよ。動画で見たの。涙を流す牛を。」
「うん。その考え方は否定しない。だから肉を食べる従来の人間の事も否定しないでくれたまえよ。」
「皆がやめなければ意味がないのよ。全員で動物を慈しむの。」
「なるほど。だから君の夢は、これ見よがしに動物の遺体が吊るされ、サラダを食べているわけだ。君は辛いんだね?その活動を続けるのが。だからこそ、他の人間にも強要したくなる。自分だけ辛い思いをしているのが許せないから。」
「そうじゃないわ。私の考えを理解出来ない人間が愚かで憎いの。」
「ビスマルクはこう言った。【愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。】君は可哀想な動物を動画で見た。その経験から、食肉を否定している。逆に食肉家は、過去の歴史からより効率の良い方法で肉を食らうし、人体への影響も歴史から学んでいる。どちらが浅く愚かでどちらが深く聡いか理解出来たかな?」
「その言葉も同じ人間でしょ?所詮他の動物を下に見ている人間の言うことなんか、私には響かないわ。」
「何度も言おう。君の感情は否定しない。好きに生きればいいさ。だが、他人に強要してはいけない。君の感情は君だけのものだ。他人に押し付けた時点でそれは信念では無くなる。個人でやる分には、優しい人間だなという好印象で終わるよ。辛くなっても、堂々と肉を食べてくれ。少しでも動物を憐れみ、慈しんだ自分を褒めてあげるんだよ。」
目が覚めると、佐々木は複雑な面持ちで支度を始めた。
第六話 隠れる男
彼は今日も夢を見なかった。
「今日こそ、楽しい夢を。」
目が覚めると、目の前には大きな壺がある。
蓋を開けてみると、中年の男が入っていた。
「やあ、どうして隠れてるんだい?」
「おい、勝手に開けるんじゃあねえ。」
「是非聞かせてよ。何から隠れてる?興味があるね。」
「嫁と子供、過去の過ち、全てからさ。」
「一つずつ話してみてよ。」
「どうせ夢だからな。話してやるよ。先ず嫁だ。初めは穏やかな性格だったが、どんどん痩せて攻撃的になってきやがった。娘の面倒を見ない、肉ばかり食べる、そんな文句ばかりでウンザリなんだよ。」
「原因は?」
「知らねえよ。娘に関しちゃあ、目が見えないもんでな。色々大変なんだよ。」
「肉ばかり食べるというのに関しては?」
「知らねえ。ダイエットかなんか知らねえけど、押し付けてくるから頭に来てんだ。」
「君は何も見ていなかったんだね。嫌なことから目を背けて、君こそが原因だ。」
男は顔を強張らせ、憤慨する。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ。てめえに何がわかんだよ。」
「分かるさ。見てきたからね。まあいいや。過去の過ちとは?」
「人殺しだ。わざとじゃあねえが、気に入らねえやつをボコボコにしてやったら倒れやがって、ぶつけ所が悪かったのか死んじまったな。後悔なんかしてねえが、くそっ、親父が急に俺を見放しやがって、捕まっちまった。」
「そうか。自業自得だな。で、何でまだ蓋を被ってるんだい?」
「知らねえよ。落ち着くんだ。」
佐々木は得心が行ったという表情で言った。
「なるほどね。君は他の何かから隠れているから蓋を被っているんじゃあない。自分自身の罪悪感から目を背けたいから蓋を被っているんだ。」
「適当な事言ってんじゃねえよ。」
「適当じゃないさ。夢の世界だ。正直に話してもらうよ。君、人殺しを後悔してないって言ったけど、本当かい?」
「後悔はしてるが、憎い相手というのは嘘じゃねえ。」
「そうか。君の後悔の理由は家族だね?娘と妻がいるにも関わらず、殺人を犯してしまった。いくら娘の世話が面倒でも、妻が煩わしくても、路頭に迷わせてしまうという罪悪感が最も強い訳だ。」
「ああ、そうだ。」
そう言った男の目からは涙が流れていた。
「夢の世界では誰も嘘をつけない。心に蓋を被せたままではいられないんだ。君はこの先、どうあっても娘さんの父親だ。前科者だから離婚するにしても、父親である事には変わらない。蓋を被らず、己の罪悪感と向き合って生きていくしか償えないんだよ。」
「ああ、分かってるさ。今まで逃げ続けた人生だった。逃げ続けても親父が金を出してくれた。それで良かったんだ。だが子供が出来てからはそうもいかなくなった。俺の心の自立より、娘の自立の方が早くて自己嫌悪した。そして、魅力的な女を見付けて追いかけちまった。」
「救い様が無いクズだな。だが、人間とはそんなものだろう。ヘミングウェイはこう言った。【彼方此方旅をしても、自分から逃れることは出来ない。】君が生きている限り、君は生き続ける。君に一生着いてくるパートナーを良きパートナーに出来るのは、君だけなんだよ。」
「その通りだ。やり直せるのかな。」
「やり直せないさ。過ちは覆らない。元の人生は終わった。この先は、周りの人間を如何に幸福に出来るかだけに費やすことを推奨するよ。」
「やってやる。必ず幸せにしてみせる。ありがとう。名前を教えてくれないか?」
「残念ながら、名前が長過ぎてね。教えようにもまだ覚えられていないんだ。」
「なんだそれ。自分の夢にしても、不思議な夢だったなあ。」
男は泣き笑いながら壺から出てきた。
目が覚めると、佐々木の心は晴れていた。
最終話 旅の終わり
彼は今日、夢を見た。
眼に震える男が毅然とした態度で数々の難解な弁護を勤めあげる夢を。
雨に打たれる女が寂しげに、しかし確かに強い足取りで毎日を生きる夢を。
新世界の少女が両親に囲まれ、少女の絵画が表彰される夢を。
溺れる壮年が息子家族を招き、慎ましくも明るく団欒する夢を。
偏食家の女が己が理念を旦那に認められ、たまに一家全員で野菜を食す夢を。
隠れる男が遠慮がちに、家族と過ごし穏やかに生きる夢を。
ゲーテはこう言った。【その夢を亡くして、生きてゆけるかどうかで考えなさい】
僕らは夢の旅人。夢には必ず終わりが来る。
悪夢にも、幸福な夢にも。
小さくても良い。夢に見ながら生きることを誇りに、今日も僕は眠りにつく。
楽しかったです。
ラストまでほぼノンストップで書き上げました。
途中、お風呂で構想を練りましたが。
もし面白いと思って下されば、広めていただけると幸いです。