イシュタルの呼び出し
とんでもないことを頼まれてしまった。
危機が迫っている星にそれを知らせて、対策をとるように仕向けると言うものだ。
まあ、そこだけ聞けば「すぐに知らせれば?」と思うかもしれない。
しかし、これが一筋縄でいかないのだ。
相手は過去のしがらみから銀河連邦に対して疑心暗鬼。
文明が特殊な進化をしていて、ほとんどコミュニケーションを取ることが不可能。
つまり、どうしていいかわからないのだ。
だからと言ってのんびりしているわけにもいかない。
この惑星は存続の危機にあるのだ。
それなのに、この星の住人はそれを知らない。
複雑な公転軌道により、未来予測ができないのだ。
高度な科学力がないのだから仕方がないが、信用しない。
図や数式で教えても、彼らが自分でその結論に達することができないのだ。
ああ、考えれば考えるほど、途方に暮れるばかり。
そして、それ以上に困った問題が。
「二人でやれって言われましたけど、僕が何か方法を考えますよ。先輩、できないですよね?」
「でも、サブリナ艦長は『二人で』って言ってたし……」
「じゃあ、何か案があるんですか?」
「だからそれを二人で考えて……」
「いえ、いいです。僕が一人で考えた方が効率的ですし……それじゃあ、そう言うことで」
トレーシーくんは、スタスタと自室に戻って行った。
全然協力する気がない!!
…………舐められてるなぁ。
◇
今まで、問題の惑星には名前がない。
本人たちは会うたびに違う名前を名乗っているし、銀河連邦としても勝手に命名するのは憚られていると言うことで。
しかし、それでは仕事をするにも支障がある。
仕方なく、アシュリーズ内では、ポラリス・コミューンと呼ぶことになった。
私が自室で、そのポラリス・コミューンについて考えていると。
ポーン
部屋のコールが鳴った。誰が来たんだろう?
アシュリーズでは、艦内の船室と言えどすぐには入れないようにインターホンになっている。
宇宙での長旅の中ではフラストレーションが溜まる人もいるだろうし、いきなり自室のドアを開けられないようにプライバシーにはかなり配慮されている。
クルーの場合はIDが表示されるのだが、気が緩んでいたせいか確認せずにドアを開けてしまう。
「どなたですか? って、艦長!」
「今、いいかしら」
「はい。どうぞ」
サブリナ艦長が私の部屋に来るのは初めてのことだ。
「わざわざ部屋に来ていただかなくても……メッセージでも、呼び出しでもよかったのに」
「ええ、たまにはね……。直接顔を見て話すのもいいでしょう?」
「はあ」
たまには、って毎日艦橋で顔付き合わせているんだから。
……何か理由があってのことなんだろうな、って思い当たることは一つしかないけど。
「あー、あの惑星の人達を説得する、って話ですよね?」
「そうだけど、それだけじゃないわ。もう一つあるでしょう?」
何だろう?
あの惑星の人達を説得する以上に大変なことって思いつかない。
何かやり忘れている小さな仕事でもあったかなぁ。
「あなたは先輩なのよ。普段の任務であるそれを忘れてはいけないわね」
「!! って、それですか! あーーー、それもう無理ですよー。実力もトレイシーくんの方が上ですし、言うこと聞いてくれないんです。今回の説得にしたって、協力なんかとてもしてくれそうにありませんよぉ」
「そうね…………。でも、もしそうならやり方を変えないといけない。指導する立場として、舐められているのは問題なのよ? それに甘んじていちゃあダメ」
言われていることはわかる。でも、どうしたらいいの?
サブリナ艦長がこうして来ている、ってことは彼の言ったことを注意してもらう、って話にはなりそうもないし。
通信士としての上司であるオーリンズさんに頼むことはできるかも知れないけど、たとえそれで一旦は言うことを聞いてくれたとしてもその場限りなんだろうな。
指導……。指導ねぇ………………無理だよぉぉぉ。
「困ってるみたいね」
「そりゃあ、そうですよぉ」
「じゃあ期限が迫っているあの星の問題から考えてみましょうか?」
「はい」
おっ、何か策があるのかなぁ。
「あなたはどうしたらいいと思う? 今、考えている方法を教えて?」
「それが、何も思い浮かばないんです。最初は普通に説得することを考えてたんですけど、過去の通信内容について通信音声の記録やログを見た限りでは、私がやっても同じことになりそうですし」
「ほかには?」
「キャサリン教授からもらった今後の公転軌道の進路とそれから導かれる惑星の気温上昇予測のデータを向こうに渡すことを考えていたんですけど、その根拠となる数式が難しくて私自身が理解できないんです。これじゃあ、説得の根拠にならないなぁ、と」
「ええ、それは無駄でしょうね。イリアが理解できるようになったとしても、あの星の文明レベルでは説明してもわからないと思う」
「そうなんです。それで八方塞がりになってしまって……」
するとサブリナ艦長は「困ったわねぇ」と全く困ってない顔で言ってから。
「それじゃあ、トレーシーはどうすると思う?」
「えっ……! 全然考えてませんでした。そうですよね。トレイシーくんならどうするか、ですか」
トレイシーくんが手をこまねいているとは思えない。
私に相談なんかしなくとも、一人でやれることを考えるだろう。
「力押しを考えていると思います…………あっ、でも銀河連邦の威光を使うと言うのは彼らに通用しないですよね。と言うことは…………アシュリーズの兵装を使って科学力の違いを見せつけて言うことを聞かせるつもりなんじゃないか、と」
「うーん、その方法は長い歴史の中で何回か使われているから難しいはず。彼は自信家ではあるけれどその程度の目算を誤ることはないと思うけど」
「そーですよねー。となると……あー、一つ質問なんですけど、トレイシーくんが手段を選ばないと言うことはあると思いますか?」
「例えば?」
ちょっと言い淀む。
それを言うのには抵抗があるのだ。
「搦手のたぐいですね。賄賂、特に権力者との癒着を図るようなこととか」
「あるでしょうね。彼は銀河連邦のような大きな権力は危険と考えるでしょうけど、今回の惑星のような科学の遅れた文明の場合は完全に見下している。例え約束を破っても後で何とかなればいいと考えているはずよ」
「そんなことしたら大変じゃないですか!」
自分で言っておいて何だが、許されることじゃないと思う。
でも、サブリナ艦長が『トレーシーくんならさもありなん』って態度でいるからなあ。
「もしかして……放置して良いんですか?」
「構わない。最低限の監視はつけているから。人命に関わるようなことは阻止するけどね。それ以外は……私たちもあまり清廉潔白とはいかないから。誰とは言わないけど、そういうダメな大人いるでしょう?」
「あーー」
言われてみると頭に何人か浮かぶなあ。
キャサリン教授、ピアーさん、ジル艦長……犯罪スレスレどころか公になったら大問題なことを散々やってるもんね。
「まずは彼のお手並みを拝見といきましょうか?」
「私はどうすればいいですか?」
「隣で見ていればいいわ」
「そんなぁ」
彼は宇宙法を破って何かするのは目に見えている。
それを黙って見過ごせ、って言われても……
「まずは彼に思う存分やらせること。イリアは手を出さなくていい。まずいことがあれば私が止めるから」
「わっ、わかりました」
「それはそうとして、イシュタルがあなたを探してたわよ」
「あっ、じゃすぐに連絡入れてみます」
「そう。じゃあ私は艦橋に戻るわ。次の当直は夜番だから遅れないようにね」
「はい」
サブリナ艦長が戻っていくのを見送ると私はイシュタルに連絡を取ることにした。
だがその必要はなく、すでに端末には研究棟に来るように彼女からのメッセージが届いていた。
それが全く奇妙な連絡で、秘匿メッセージを使っていながらプライオリティは通常のモノよりもかなり低く設定されていた。
おかげでサブリナ艦長が来ている間には、緊急通知LEDが光らず気が付かなかったのだ。
なになに?
ほう。研究棟に来いと。
時間指定は……って、指定時間過ぎてる!
少し長くなるから食事を済ませてからくればいい、なんて書いてあるけどそんなヒマないじゃない!
私は自室から研究棟に急いだ。
「ごめん。遅くなった」
「ああ、イリアか。そんなに急がなくて良かったのに。食事終わってからでいいって書いたでしょ?」
「だって、秘匿メッセージだったじゃない!」
「うん、だから内緒だけど急ぎはしない」
「…………」
すると、携帯端末にメッセージが入る。
艦橋にトレイシーくんがいるから一応、注視しておくように、とのこと。
「なんか用事があるなら、そっちを優先していいよ。思ったよりいい服見つかんないなあ」
呆れた。イシュタルが見てるのはファッションカタログなんだもん。
どうしてそんなもの見るのに秘匿メッセージなんて使ったんだろう?
「じゃあ、イシュタル。私は艦橋行くね」
「バーイ。イリア。また呼ぶから」
私はひとまず呼び出されたことは忘れて第一艦橋に向かった。
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