利権と危機
キャサリンが話を続ける前に気になっていたことがあるので、イリアはサブリナ艦長に聞いてみた。
「それで、その惑星の名前はなんて言うんですか?」
「名前かあ……名前ねぇ」
そう言って、サブリナ艦長は目線でパスをキャサリン教授に送る。
自分で言いたくは、ないのだろうか?
「一応、銀河連邦では『strange north planet (奇妙な北の惑星)』と呼んでいるわ」
「呼んでいる? 普通、惑星の名前って、その星の住人たちの呼称が尊重されるはずですよねぇ?」
「ええその通りよ。でも、できなかった」
「へっ?」
銀河連邦としても、勝手に人が住んでいる星の名前など決めるつもりはなかったのだ。
だが、ポラリス星系にあるその星の名前は誰にもわからなかった。
この文明と最初にあった探査船は電文の中で『聖北伽藍の星』という名前を受信していたが、その次の探査隊の前に現れた宇宙船は『悠久の煌めきの斬鉄星』と名乗り、以降『真正義星』、『悪即団パルメーラ王星』などロケット、人工衛星、宇宙ステーションと様々な相手から帰ってくる答えは全く一貫性がなかった。
一応、銀河連邦としては監視対象と考えていたので、継続的に彼らの技術では見つからないようにカモフラージュされた無人監視衛星を、軌道上に置いていた。
もしかして、星の主権や政権が変わったりしたのかとも思われていたが、無人監視衛星から継続的に送られてきたデータからそのようなことはないとわかり、やむなく仮称が決められたのだった。
「なるほどー。それじゃあ、名前についてはいいですけど、気になっていた二つのことの方が知りたいのですけど」
「ええ、わかったわ。一つ目はあの文化レベルで、貧弱な宇宙船から妙に強力な電磁波を出すことができる理由ね。それについてはまず北極星系近傍の星図を見てもらおうかしら」
サブリナ艦長は、艦橋の中空に仮装大型スクリーンを浮かび上がらせた。
クルーが皆、作業を止めてそちらに注目する。
ここからの話はイリアだけでなく、艦橋にいる全員に共有するつもりのようだ。
そこには、北極星と惑星、それに小惑星帯などの主な構成天体を図式化して表示した。
「みんな見えているわね? 今、向かっている北極星にある例の星についての説明をするわ。まず気をつけなくてはいけないのは、その通信に対する応答だけどそれについては、知らない人はいないだろうから省略するわ。まあ、応対する通信士であるオーリンズ、イリア、トレイシーだけが知っていればいいことだけど」
そこでサブリナは全員を見回したが、異論のある者はいないようだ。
どちらかというと薄ら笑いを浮かべている人の方が多い。
それだけこの奇妙な過去の出来事は有名なのだろう。
「それより、気をつけなくちゃいけないことがあるわ。彼らの持つ宇宙船、人工衛星は技術的には稚拙なのだけれど、時々非常に強い電磁波を放出すること。これがちょっと規格外で、もし直撃でもしようものならこの船の装甲が二層とも剥がされる危険がある。うっかり艦載機やシャトルに当たれば撃沈されるかも知れない」
そこで、イリアが手を挙げる。
「何? イリア」
「彼らに攻撃の意図があるんですか?」
「100%とは言えないけれど、ないと考えていいわ。理由は二つあって攻撃を目的とする兵器であれば性能が悪すぎること。兵器として使うにはあまりにも効率が悪いし、とにかく照準を定めることができない。どこかを目掛けて打つことができていないの」
「はあ」
「納得いかない顔ね。それももう一つの理由を聞けばわかるわ。彼らが電磁波を放つ理由は最近わかったのよ。彼らは攻撃するつもりじゃなく、誰より目立ちたいの」
「はあ?」「へっ?」「どう言うこと?」
艦橋のクルーが一斉に首を傾げる。
意味がわからない。宇宙空間で目立とうと思うなんて普通は考えない。
考えたとしてもその目的がわからないし、単に目立ちたがり屋だとしたら100万kmも離れたらどんな船も豆粒になってしまう宇宙空間より、地上の上の方がよっぽど目立つことができる。
この広い宇宙でそんなことを考える人は…………一人いるかも。しかも艦内に。
そう考えたのは私だけではなかったみたいで、艦橋のクルーのうち二、三人がキャサリン教授の方を向いていた。
「何よ! 私があの訳のわからない宇宙船の連中みたいに目立ちたがり屋だとでも言うの!?」
「「「いえ、とんでもありません」」」
「アリスン、ピアー、イレイコフ。あんたたちのこと覚えておくわね」
「「「…………」」」
その三人がソッポを向く。
アリスンさん、イレイコフさんは最近、生活班から艦橋クルーへと抜擢されたばかりだけど、ピアーさんとつるんでよくないことを吹き込まれているようで、サブリナ艦長からもキャサリン教授からも目を付けられている。
イリアはキャサリン教授の方を向かないで良かった、と思った。
それを見て、クスッと笑いながらサブリナ艦長は話を続ける。
「キャシーほどじゃないけど彼らは目立ちたがり屋よ」
「サブリナ! あんたまで!!」
「まあまあ。とにかくあの宇宙船を見ればわかると思うけど、あの外見は性能のためでも、機能があるわけでもない。とにかく自己主張するためのものなの。そう考えればあの不可解な通信内容も納得いくでしょう?」
艦橋にいるみんなを見渡すと半分ぐらいが納得しているが、半分はそうかなあ? という顔をしている。
それを見てキャサリン教授がちょっとピクピクしている。
これまずいかなあ、と思ったイリアは話を逸らそうとした。
「それより通信内容を聞いた時に疑問に思ってたんですけど、その文明レベルからは予想できない強力な電磁波を出力できた理由はわかっているんですか?」
「やっと、本題に戻せるわね……そう。それこそが、この辺境にある星を面倒なものにしているの。今まであまり話題にしていなかったけど、この惑星の軌道は少しおかしいと思わない」
「ああ、それですね。確かによくこんなおかしな公転軌道を長い間安定して維持できるものだなあ、と感心していたんです」
イリアが言うこの惑星の公転軌道は本当に奇妙なもので、三つある太陽を渡るように動いていく。
そのせいでこの惑星の両極と赤道は極寒と灼熱を百八十年周期で繰り返している。
この星についた移民たちは、そのせいでこの星の温帯から出ることができなかった。
「そう。この星で暮らしていける範囲は限られている。でも、この星だけじゃなくてこの星の周り。ラグランジェポイントにある小惑星帯が問題なのよ」
「そうなんですか? この規模の惑星があるなら大きさも量も普通だと思いますけど」
「確かにね。星系の力学バランスだけを考えるならさほど変わったことはない。問題はその小惑星で不思議な物質が取れることなの」
「不思議な物質?」
その物質にはまだ名前がなかった。
この惑星の人間は『スターライト鉱石』などと呼んでいたが、そんな恥ずかしい名前を正式名称にするつもりは銀河連邦の中には誰もいなかった。
この鉱石に彼らが住んでいる星の大気の中で火をつけると激しく反応し、極彩色の火花が出るがほとんどのエネルギーは空気から地中へ流れていくことにより無害である。
ところが、真空に近い宇宙空間においては、着火された時のエネルギーは捌け口を見つけられず激しく振動して強力な電磁波を発生させる。この星の住人は、それを地上の上では装飾として使い、宇宙では空気のある艦内のトゲのような機関を光らせるのに使っている。余剰のエネルギーは宇宙空間に排出しているため、そのために急激な電磁波が四方八方に飛び出しているわけである。
「危ないですねぇ。確かにそんなものを積んでいたら、怖くておいそれとは近づけない」
「そう。彼らはそれをあまり意識せずに使っている。彼らの星に持ち帰り、地上の大気の中で使うなら確かに問題は少ない。けれど、こうして宇宙空間で使うとなると事故を起こす可能性があるわ」
「警告してあげればいいのに」
「ああ、一応注意喚起は長い歴史の中で何回か行われている。けれど、彼らは言うことを聞かないし、その注意喚起をした銀河連邦の使者が必ずしも親切から言っていた訳ではないというのが事態をややこしくしているの」
「何が問題なんですか」
「利権よ。話だけ聞いていると扱いに困る鉱石に見えるけれど、これだけのエネルギーを局所的に使えるとなれば利用価値はかなり高い。過去にこの星にきた銀河連邦の使者の何人かは、ラグランジェポイントにある小惑星帯の採掘権を得ようとしていたのよ」
そこまでイリアは話を聞いていて、何か変だと思ったことがある。
確かに厄介な惑星ではあるだろうけど、まだ今回この星に来た理由がわからない。
「うーん、話の内容はわかったんですけど、それならなんでこの面倒な星に来たんでしょうか? まさかアシュリーズがその鉱石の採掘権を欲しいということじゃないんでしょう?」
「いや、貰えるものなら欲しいけど」
「…………」
冗談だろうとは思うけれど、キャサリン教授なら案外本当のことにも思えてイリアは黙り込む。
「いい加減にしなさい、キャシー」
「そうね。……本当に厄介なのは、この移民の星に危機が迫っているということなの。実はこの惑星の科学技術レベルが進んでいないせいで、そこに住む彼らはこの不思議な公転軌道を持つ惑星の行く末が見えていない。実はこの惑星の奇妙な公転軌道は安定はしているのだけれど、何万回かに一度、ポラリスAaに近づくことがあるの」
「何万回かに一度なら、すでにこの星の人たちは経験があるんじゃないんですか? 三十世期も昔からいるんですよね?」
「ええ、それがここの一年は公転軌道の一回分ではないの。極めて複雑な公転軌道であるため、一年の区切りは地球式の約三百六十五日で計算されているもののその年が熱いか寒いかは、数ヶ月先の短期公転軌道予測に頼っているのが現状よ」
ポラリスAa。
三重星を構成するこの恒星系の中で一番明るい星。
それに近づくということは当然熱くなるのだろう。
「どれくらい熱くなるんですか」
「銀河連邦の予測によると後五年で最接近点を通過する。その前後一年は平均気温が十五度も上がってしまう」
「一大事じゃないですか。それこそ、早く彼らに通知しないと……」
「だからそれがダメなのよ。過去の銀河連邦の使者の軽率な行動から、彼らはほとんど外部の人間を信用しなくなっている。例え、危険を知らせたとしても信じてもらえる可能性は低いわ」
なんてことだろう。
銀河連邦は彼らを救おうとしているのに、過去のしがらみから信じてもらえないとは。
自分たちの危機を知らない人たち。しかも遅れた文化レベルのせいでそのことを自分で知ることも突き止めることもできない。
「惑星の平均気温が十五度も上がれば、風雨も吹き荒れて建物も無事では済まないですよね」
「ええ、冷房装置も彼らのどんな技術を行使しても耐えきれない。農作物や畜産物も壊滅が避けられない。つまり奇跡的にうまく乗り切れたとしても食糧難と飢餓により絶滅する」
「何とか切り抜ける方法はないんですか?」
「一応、考えはある。いくら何でも地上の温度が十五度も上がっては生きていけない。そこで、惑星全体をすっぽり断熱膜で覆ってしまう。つまり人工的にヴァン・アレン帯のようなものを作る」
確かに地上の建物を頑丈にする方法は難しいだろう。
地上で対策する方法がないとすれば、到達する前に対策するしかない。
「ヴァン・アレン帯でそんなことできるんですか? そもそも作れるんですか?」
「ああ、あくまでも『ようなもの』だから。作れるかどうかで言ったら、条件さえ整えば十分可能よ。ただし、大きなエネルギーが必要になるわ。そして、それを行うためにうってつけのものがある」
「それって、もしかして……」
「そう、あの小惑星帯にある鉱石。あれを使えれば可能になる」
「ということは、彼らに危険が迫っていることを知らせて、鉱石の採掘の許可を得て、そのエネルギーで人工ヴァン・アレン帯を作るのが今回の仕事ということですか?」
「基本はそう。でもそれだけでは足りない。人工的な断熱膜を作ったとしても、どうしても三度は平均気温が上がってしまう。短期的には十度近く上がるから、おそらく時速百kmを超える風や台風が発生する。今の彼らの住居では耐えられない」
「どうにもならないんですか?」
「いえ、それは彼らが頑張れば切り抜ける手段はある。移民の時に使ったドームをもう一度作ればいい。都市単位に堅固で密閉されたドームを三千個ぐらい作る。一つに最大一万人ぐらい収容できるようにすれば、都会は人だけ、地方は農畜産物を含めて保護することができる。そのドームから地中に熱を逃す仕組みも組み込めれば、平均気温も短期的な気温の上昇も抑えることができるから」
「それはこっちではできないんですか」
「流石にアシュリーズでは無理。惑星の断熱膜『人工ヴァン・アレン帯』の作成があるから手が回らないわ」
そこまで話したところで、いつの間にかトレイシーがイリアの隣に来ていた。
そこでサブリナ艦長が二人に言った。
「それで新米通信士のお二人に任務を与えるわ。この惑星の人たちに危機を乗り越える方法を伝えて対策に協力するよう説得すること。その方法を考えてちょうだい」
「「えっ!」」
突然与えられた大きな課題に二人は絶句していた。
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