斜め上すぎる方向に突き進んだ移民の惑星
サブリナ艦長、キャサリン教授とこれから行く星のことを話していたら、またしても口を突っ込んでくる者がいた。
「いつまでそんな与太話をしてるんですか?」
トレイシーくんだ。
馬鹿馬鹿しいと言っておきながら、また話に入ってくるのはなぜなのだろう?
「別に与太話じゃないですよ。これから行く星についての事前情報を教えてもらってるだけですもん」
「バカバカしい。サブリナ艦長もキャサリン教授もその半人前の通信士を担ぐのはやめてあげたらどうですか?」
担がれてる? 私が?
そんなことはない、わよね……あれっ!? サブリナ艦長とキャサリン教授がニヤッとしてる。
私、本当に騙されているの?
「安心してイリア。今まで話してきた内容は全部本当のことよ。そうじゃなければ、これから話す仕事も嘘ということになる」
「よかったー」
「いや、あの星が厄介というのは、単に銀河連邦に逆らって歩調を合わせようとせず、他の文明との格差が開いてしまったからに過ぎません。あの星の文明が遅れているのは、そういう進歩を怠ってきた歴史があるからで、一般に言われている理由なんて後付けの言い訳ですよ」
「そう? イリア、どうする? トレイシーの話だとこれからの話も眉唾物ということになるけれど、あなたは聞きたい?」
「はい。聞きたい! 聞きたいです!!」
それを見るとトレイシーくんは両手を広げて処置無し、のポーズで再び自席に戻って行った。
キャサリン教授は続きを話しだした。
◇
地球から離れた移民は長い間、他のどこの星とも交流を持たなかった……いや、持つことができなかったのだ。
移民のための船は、本当に限界だった。
すでにあちこちが壊れていてこの星に着陸できたことが奇跡であったくらいに。
爆発の危険があった船内から生活に必要なものが優先的に運び出され、この星でとりあえず目の前の暮らしを継続させるためのあらゆることが行われていた。
もちろん、移民船にはコンピュータ資源、AIにまつわるものも大量に存在していたのだが、着陸の際のショックや電気的ストレスにより、失われた記憶媒体は多く、残ったものに関しても外部記憶に移し替えようにも時間も資源も足りなかった。
そんな時、何を優先して何を諦めるか?
まずはサバイバル関係。これは間違いない。明日を目指すに今日を生き抜かなければならないのだから。
では次に重要なのは?
やっと辿り着いた星の上で、長くて辛い開拓の歴史が始まると思った隊員の気持ちを考えてみて欲しい。
生活の中に少しは楽しみが欲しい。これからは遊ぶことなどできないだろう。
そんな気持ちが多くの人の胸によぎったのは、想像に難くない。
結果として、生きているすべての記憶媒体には当座必要な最低限の物だけが残され、残りは娯楽のためのデータに上書きされてしまったのである。
――失われたのは“文明の礎”そのもの。
地球の文明を再生させるための基礎科学技術、文明的な暮らしを取り戻すための知識、高層ビルや堅牢な都市を作るための建築をはじめとした技術工学、etc……
その結果、得られたのは食うことだ けは困らない単調な毎日。
文明は失われ、復興は一向に進まないまま、年月だけが過ぎていった。
そんなものが続いていれば、不満が出てくるのは当たり前。
もっとオシャレな部屋に住みたい。自分専用の移動手段を持ってどこかに遊びに行きたい、スポーツや娯楽施設はできないものか。
簡単に言うとこの星の住民は娯楽に飢えていた。
そんな中、残っていたデータの中に大昔の娯楽映像がたくさんあったことから、事態はややこしいことになる。
古くて取るに足らない空想映画やアニメの類は、わずかな記憶媒体の中に膨大な数の作品を入れておくことが可能だった。
それが、人々にとって唯一の娯楽だったとしたら……
ここに一大空想物語ブームが到来したのだ。
最初は、そういった映像から切り出したデータを印刷してポスターを貼るぐらいだったものが、ヒーローが持つ怪しい銃や派手派手しいヒロインの衣装など、地球の認識から言えばコスプレと呼ぶものが人々の間に蔓延していった。
「超メガ粒子レーザーブレードの錆にしてくれる!」
「何おぉぉ、このスーパー装甲甲殻プレートを破ることなどできるはずがない!」
大の大人の日常会話が恥ずかしげもなく、そんな痛々しいセリフを口にする。
側から見たら、どこのニチアサ戦隊ヲタクだ、という状態である。
最初は一部の人だけが見ていたが、とにかく他に見るものがない。
しかもこれがどんどん浸透していく内に、フリではなく本気になっていく。
もはや、コスプレではなくあくまでも本気。そのフリをするプレイではなく大真面目。
誰もがこのまま安定した暮らしが続けば、科学技術も進歩して映像の中にある煌びやかな未来が来ると信じているのだった。
それは生活で必要なすべての道具にまで波及する。
わけもなく包丁には炎の紋章が描かれ、大工道具にはおかしな機能が搭載された。
トンカチにある謎のスペースから釘が取り出せたり、ドライバーの握りにボタンがあってシャフトを打ち出せたりした。
しかも、その全てが極彩色であったり、意味不明のロゴや装飾が施されていた。
この全く実用的ではない格好と無駄装備満載の文化は、絶えることなく続き数世紀の間にこの星の常識になっていた。
そんないびつな文化も持つこの星も、数世紀のうちにそれなりに技術は進歩を遂げた。
人々は大気圏から脱出するロケットを打ち上げることができるようになる。
燃料はこの星から取れる化石燃料を元にした固形もしくは液体燃料の旧式ロケットだ。
最初は軌道を周回するだけにとどまり、人工衛星が定着化したのち、宇宙ステーションの建造が始まるまで百年。
時間が意外にかかったのは、またしてもその過剰な装飾のせいであったのだが、彼らにとっては妥協できない部分であった。
そして、それからさらに数世紀を経て、銀河連邦の船がこの惑星とのある意味不幸な邂逅を果たすことになる。
「宇宙船発見! かなりの旧式です」
「どこの船だ」
「不明です。連邦に登録された認識番号に該当するものはありません」
この頃はまだ銀河連邦統一宇宙艦艇識別システムGCUISはなかったが、その星系ごとの独自の船体識別をそれぞれ報告していた。
それを銀河連邦が管理することで、異なる星系同士の宇宙船の認識が可能であった。
だが当然のことながらこの星の認識システムは、銀河連邦に報告されていない。
「随分と派手な色だな。しかも随分と変わった形だ。突き出たトゲの外装にはどう言う意味があるんだ。特殊なアンテナか何かなのか?」
「わかりません。ただアンテナとしてはあまりに非効率ですし機構部品として不完全です。何かの機能があるとは考えられません」
「そうなのか。まあいい、とにかく呼びかけてみろ。通常音声とあらゆるチャンネルを使った電文でだ。圧縮されていない平文でいい」
「了解」
基本的には球体だが、十本以上突き出た極彩色のツノのような器官は生き物のようであったり、塗装のはみ出た安いプラスチック玩具のようであった。
中央部の胴体は豹柄で、毛筆っぽい書体で『漆』と大きく書かれている。
通信士はその船に対して、まずは音声通信を試みた。
「こちらStar Seeker7。貴艦の所属と船名は?」
「我あるが故に我あり。如何に如何に〜、チョエェェェェェェイィィ!」
「あー、言語翻訳に問題がありますでしょうか?」
「なんとなんと! この至言の輝きが永遠の地平に届かぬとは、嘆かわしい! 尼寺へ行け!!」
あまりにも意味不明の物言いに交信を断念した。
◇
そこまで話したところでキャサリン教授は一旦休憩を入れた。
「今までの話を聞いて、イリア。あなたはどう思う? 同じ通信士として」
「どうもこうも……私には判断できませんよ。そんな相手に対応する方法なんて、通信士として今まで勉強してきた中になかったですもん。とりあえず、艦長に指示を仰ぐでしょうねぇ」
そう言って、イリアはサブリナ艦長に助けを求めたが………
「私に? 私も困るからイリアに一任するわ」
「えぇぇぇぇ!!」
「うそ」
「えっ! ……もう、からかわないで下さいよぉ!」
「ごめんごめん。でも、流石に私も対処に困るわね」
「それじゃあ、当時の銀河連邦の探査艦はどうしたんですか?」
「それをこれから話すんじゃない」
「ああっ、なるほど」
銀河連邦が遥か昔、この星の文明に出会った時の話はもう少し続く。
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