無理です! 指導なんて
新人くんはサブリナ艦長に連れられて、どこかに行ってしまった。
生活棟とか研究棟だと思う。
今は標準ルート航行中でいわば自動運転。第一艦橋にいる人数は最低限。
当直以外は、席についている人はまばら。
でも、私は残っている。
明日から新人の指導をすることになっているからだけど……。
何も準備ができていないし何を教えていいかもわからない。
今日の私の通信業務はすでに終了。
艦橋にいる必要はないんだけど、自室に戻って休む気にはなれなかった。
せめて、この通信機器がある艦橋で、何ができるか考えた方がマシなんじゃないかと思って、残っては見たものの、やれることが何も思いつかない。
はぁぁ。
「困ってるみたいだね」
「あっ、オーリンズさん……どうしたらいいんでしょう?」
「そうだねぇ、彼の指導をするのなら、まずは現在の彼の能力を知らなくちゃいけない。幸いここには彼が準一級に合格した時のテスト結果がある。まずは彼の成績を見てみようか」
「そんなものが……ああ、オーリンズさんはこの艦隊の通信指導主任でもあるわけだから、アシュリーズの全通信士の資格取得詳細を閲覧する権限を持っているは当たり前なんですね」
「そう言うこと」
「となれば……まずは、彼の指導すべき点を知ることが重要ですもんね…………って、準一級の試験は満点じゃないですか! 私が教える事なんて何もないですよ!」
準一級の試験は85点以上で合格。
私はギリギリの87点で、もしあと1問間違えていたらアウトだった。
「確かにね。イリアはもう少し学科も実技も頑張った方がいいかな。でも、総評欄はどうだい?」
「私の試験の総評なんて今更見なくても、オーリンズさんの言う通りのことが書かれてました。『学科を中心に基礎はできているが、通信の実技面では事象に対する反応に問題がある。一級への昇級には奮起が必要になるだろう』って」
「空で覚えてるんだ……でも、今見て欲しいのはイリアのではなくて、彼の試験の総評欄だよ」
そうだった。
「でも、満点なんだから非の打ち所がない、って…………えっ! 『通信士としての資質に問題あり。宇宙で暮らす者としての心構えから考え直す必要がある。このままでは学科・実技面での実力があっても、合格には程遠いと言わざろう得ない』……って、どういうことです?」
準一級で満点。
なのに、一級の試験の合格に程遠いとはどう言うことなのか?
ここまで厳しく、書かれる理由がわからない。
彼は確かに態度が良くないけれど、それはあくまで私たちに対してのこと。
テストの時の試験官に対しては、きちんとしていたはずだ。
そうでなければ合格するはずがない。
「確かにね。でも、実際は試験官は問題ありと考えている。それとこの総評欄が青字で書かれていることに気がついたかい?」
「はい。私の総評欄は普通に黒い文字で書かれてましたから、なんで彼のは青い文字で書かれたのか気になってました」
「これは、本人ではなく彼を監督する立場にある人間にしか見せられないもう一つの評価なんだよ」
「そんなの私が見ていいんですか?」
「構わない。君は艦長に何を命じられた?」
そうか。
私はトレイシーくんの指導係を頼まれたんだ。
立場としては、この指導者用総評欄を見てもおかしくはない。
でも、実際には。
私がテスト総評を見てどうこう言えるとは思えない。
「通信業務の指導係……です。でも、学科も実技も遥かに上の人に私が教えるなんて……」
「君は自分を卑下するのをやめるべきだ。君は先輩で、すでに実務もこなしているんだよ。自信を持って今の問題に取り組もう」
「わかりました」
やっぱり、オーリンズさんは厳しいなぁ。
口調は優しいけれど、中身はハード。
でも、そうだね。割り切ってやるしかない。
彼の方が上だとか、私が人に物を教えられるのかとか……そう言うのは、ひとまず置いておこう。
彼の答案と採点結果、総評などを広げて見てみる。
すると、不思議なことに気がついた。
「それで、この青字で書かれた内容についてわからないところがあるんですけど」
「なんだい?」
「テスト基準には『通信相手に敬意を持って接すること』という観点もありますから、試験官が不遜だと感じたなら減点されると思うんです。あの総評欄の青文字から、何かそういうものを感じたんです」
「なのに、満点なのはなぜか、ってことだね」
「はい」
準一級を受けたときすごく緊張した。
二級と違って銀河連邦の試験官と話さなければならなかったからだ。
事前に態度が悪いと落とされるとも聞いていたし。
「それはね。『テストのための態度』が出来ているんだよ。試験で減点対象になる態度というのはあらかじめ決められている。対策をしっかりして、そういうところを守ってさえいれば試験官として減点することはできない」
「私はそういう態度についての対策、って何も教えてもらってないです」
「ああ、それはイリアが普通に接していれば問題になることはない、って分かっていたからね」
そうなんだ。
でも、そういうガイドラインをあらかじめ教えてもらっていたら、テスト中あんなに緊張しなかったのに……
「普段から丁寧な態度をとることは大事なことだ。実際にジョックの艦長は二級の試験で彼に最低点を付けている。彼はそれに抗議して別の試験官による採点のやり直しの結果合格になったんだ」
「それじゃあ、彼は二級の試験に一回落ちたんですか?」
「いや、試験は受け直していない。試験中のログを別の人が見て採点だけやり直したんだ」
なるほど。でも、凄いな。
試験結果に意を唱えるなんて。
絶対の自信があるんだろうけど。
「業務もやってるわけですよね?」
「ああ、二級なってからは補佐付きだが、当直任務をで何回かこなしている。軌道ステーションやすれ違った他の艦隊との交信も経験があるようだ。準一級になった今は一人で当直もできるから、これからはイリアと同じようにシフトが割り当てられるだろう」
「それで、その交信に問題は?」
「交信も記録としては申し分ない。必要なことを最小限にまとめて報告しているし、不明点についての対処も完璧。だが、交信相手から非公式の抗議が数件来ている」
「うわぁ、そんなにひどいんですか? それだと準一級の受験資格を満たさないような気がしますけど」
準一級の受験では、それまでの交信履歴も採点対象になる。
二級合格というのは車で言えば仮免許合格みたいなもの、抗議が来るほどだとしたら補佐した人が受験許可を出さないはずなのだ。
「普通ならね。ただ、彼の成績はあの惑星の養成機関の中でピカイチだった。そういう場合、養成機関のトップからの推薦を受けることができるんだ。彼の直属の上司は講評欄で性格の問題を指摘していて合格させるかどうか保留していたけれど、最終的には組織の最上権限者の承認があれば受験資格を満たすことができたんだ」
「はあ」
アシュリーズのような銀河連邦に認められている艦隊であるなら、二級までの試験は艦内で取得可能だ。
試験の時の様子と答案、採点内容はビデオ画像も含めて銀河連邦に提出されるが、それで合格が取り消されることはほとんどない。
「つまり、ジョックストラップの艦長が反対したけれど、サブリナ艦長が合格させたと」
「いや、うちの艦長だけじゃなくて何人かがこの件では検討に加わっている。サブリナ艦長が認めれば合格させることもできたんだけど、彼については多くのクルーで考えるべきだと考えたんだろう。僕もその試験の映像は見たよ」
「オーリンズさんはどう思ったんですか?」
「合格に一票を入れた。態度に問題はあるけれど彼の実力は無視できない」
「態度が悪くても実力でねじ伏せるだけのことはある、と」
「そうなるね」
うわあ、無理!
とてもじゃないけど、彼を指導するなんて無理!
「オーリンズさん。やっぱり私には彼の指導なんてできないと思います」
「僕もそう思うよ」
はっきり言うなぁ。
でも当然か。
「でも、君が指導してダメなら、彼は通信士を諦めなければならないだろう」
ひぇぇ、それどういうプレッシャー?
私の指導に彼の将来がかかってるなんて……
オロオロしている私にオーリンズさんが、私の端末を指差す。
そこには一通の通知が。
「今、見ていいですか」
「ああ」
送信元はサブリナ艦長からだった。
“イリアへ
オーリンズから話を聞いているところだと思うけど、あなたのトレイシーに対する指導は
あなたが身をもって示すことになるわ。ここが正念場であることを認識しなさい”
「オーリンズさん。これどういうことでしょう? 『身をもって示す』とか『正念場』とか」
「つまりね。イリアがこのスリップの艦橋に留まりたいのなら、トレイシーと争って一級の通信資格を先にもぎ取ることが必要になる、ってことさ」
「えーーーーっ!!」
私は『どうしたらいいんですか』と聞こうと思った。だけどできなかった。
私の肩をぐっと掴んでこちらを見ているその顔は、いつもの優しいだオーリンズさんとは違っていたから。
「君の立場はこの艦隊においてとっても微妙なんだ。一見みんな優しくしているようで合っても、君が優遇されすぎているという厳しい意見を言う者も少なくない。だから、君は早く一人前になってこのスリップの第一艦橋のクルーとしての立場を実力で取ってもらう必要がある」
「はっ、はい」
「そのためには、準一級に合格した今、優秀と言われるトレイシーを蹴落として一級試験に合格する必要があるんだ」
「私が…… 彼を蹴落として、ですか……」
どうしよう。
この艦隊のクルーになって、私、一番のピンチです。
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