表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

どんぐりの芽吹き2


今日は散々だった……



 居間のソファにぐったりと背を預け、風にまだやわらかい葉を揺らす庭の木をぼんやり眺めながら思う。

 繰り広げられる超展開から逃げ出したはいいが、すでに俺の脳はオーバーフローを起こし、何をやっても、繰り返しよみがえる映像によってすべて押し出され、何もかも取りこぼした。


「神田君、今日はもう上がったほうがいいよ。」


 そんな言葉をかけられたのは初めてだ。

 大丈夫ですといえる状況でもなく、早々に帰宅した。



 どうしたって考えてしまう。


 明らかにあれは、舌、入れてただろ。


 そう、菅原の頭越しに中川の少し閉じられた不敵な視線と、あごのラインが、ゆっくりと菅原の口内を味わっているようにうごめいて……


「うがぁっ!」


 ちがう!そんなこと考えたいんじゃなくて!!


 ばふんっ!と抱きしめたクッションに顔をうずめる。


 映像を思い出してはいけない!破壊力がありすぎる!思考のすべてをそっちに持って行かれる。


 だからそう、声だ。

 言葉を思い出せ、なんて言ってたか。

 中川は……確か、


「今度は現実だってわかるまでやめない」そう言ってたな。


『今度は』は、前回がある、初めてではないという事か。

『現実…』それは、たぶん菅原の、「白昼夢」を受けての言葉。

『分かるまでやめない』のは……キス……


 要するに、『お前が夢だと思っている前回のキスは現実だ』だな。

そして、

『このディープキスを夢だと思おうなんて甘いんだよ、体に覚えこませてやるぜ』だ。俺様め。


ん?後半ちょっと悪意ある訳だったか。


 でも仕方ない。実際体に覚えこまされた訳でもないのに、おれの脳裏にくっきり刻まれたんだからな。

菅原は俺に気づいてなかったが、中川はバッチリ俺を認識してる。その上でのあの所業だ。


 あれは、牽制の意味もあるキスじゃないか?

『俺のもんに手ぇ出すなよ』

 俺がいつ菅原に手を出したよ。それを言うなら、せいぜい「口をはさむな」だ。しかも、それすらはさむ前だったし。


 大体なんだ、菅原はお前を好きなのか?無理やりのキスに見えたぞ?お前の押しつけじゃないのか?


 菅原は、なんて言ってたっけ……

 えーと確か、


『白昼夢だ。夢か現実か確かめる。夢は寝てる時だけじゃなく、脳はすべてを記憶せず、リミッターを外せばみんな天才で、リミッターは安全運転に必要だ』


 んん??

 夢の話が、いつの間にか安全運転の話で終わってる。


 まてまて、情報量多いな。


 最後の安全運転の話関係ないだろ。じゃ、リミッターの話も関係ない?そもそも何の話だった?あ、白昼夢だ、からか。白昼夢は明らかに関係あるな。


 お、分かったぞ。


 菅原はあれだ、喋ることに没頭しすぎるあまり、自分の発した単語に思考が引きずられて、次々話題が変わり、最終的に主題とは全く無関係な結論で締めくくられる……


 無自覚飛び石爆走迷子だな。


 目につく石に次々飛び移ってちゃ、目的地には着けまいよ。


 爆走迷子をもとの位置に返すには、出発点に戻らなければ。重要なのは最初の一つ二つの石だろう。夢か現実か確かめる、あとはなんだっけ、妄想や願望が夢を見せて、現実だと脳が思わせた。とか、そんな内容だったか?そして、脳が万能でないのはリミッターのせいだとかなんとか……その先は蛇足か。


 とにかく早口で怒涛の捲し立てだ。理解が追い付かなかった。


 どうにも俺も、飛び石に惑わされているような気がする。事はもっとシンプルなんじゃないか?そもそも白昼夢だと思い至った件は何のことか。冷静に考え直してみる。それは教室であったこと?

ほかには思いつかない。教室を飛び出した直後の怒涛の独白だ。


 教室であったことを、『白昼夢』だと考えた菅原と。それを『それは夢じゃないと思い知らせる』と言った中川。


ん?え?

あまりにもカッチリとピースが嵌った。俺はさっき考えなかったか?


『お前が夢だと思っている前回のキスは現実だ』


 それはつまり、『さっき教室でしたキスは夢じゃない』という事か?


 教室でキスなんて正気の沙汰じゃない。放課後とはいえ、俺を含めまだまだ生徒は残っていた。そんな中で??え?いつの間に?


……はっ!!!


 そこで俺は気づいてしまった。そうだ。あの行動に意味がないわけがない。

むしろそのための行動だ。

マジックなんかでよくある手だ。別のところに注目させて、その間に本懐を遂げる。

だから中川は花瓶を割り、そして菅原は真っ赤になって逃げた。


 逃げた……嫌だった?

 ちょっと中川の強引さが目立って不快な気持ちになる。でもふと思い出す。


夢を見たのは、妄想や願望が原因だと、菅原は言ってなかったか?前半の飛び石の上で。そう定義して、夢だと判じたんだ。

ってことは、『自分に都合のいいありえない夢を見た』と、それが白昼夢?


 ……なんだ、なるほど。


「文芸部に入らなくても、俺も答えにたどり着いたみたいだ。」


『ケンカに近いが、根本的に違う』そういった光枝の答えとも合致する。

なんだかどっと疲れて、体から力が抜ける。


「痴話喧嘩じゃないか……」


 そこからはもう思考を放棄する方向へと向かう。クラスメイトの二人がどんな関係か、恋人なのか、それ以前なのか、それはもう俺の考える必要のないことだ。


 恋愛のことなどは、一番忌避したいことだったのに。巻き込まれて精神をガリガリ削られた気がする。


まあいい、事の次第がわかれば後は元通り、明日からまたアルバイトに励めばいい。

胸でざわつく想いを無視して、深く息を吐く。


 思考を切り替えようと、シフトの変更連絡がないか、スマホを確認しようとするが、――ない……

 

マジか……泣きっ面に蜂とはこのことか。


落としたか、忘れたか、だれか善良な人間に拾われていれば救われるが……祈るような思いで、家電で自分の番号にかける。家じゅうに響け!呼び出し音よ!



 願いむなしく、家の中は静まり返り、手にした受話器から小さくコールする音が漏れるのみ。おお、俺は運に見放されたようだ。


『もしもし』


絶望する俺の耳に、声が届く。

はっと、我に返り、受話器を握りなおす。男の声だ。


「あっ、そのスマホ、俺のなんですけど。」

しまった。テンパってアホみたいな第一声になった。

男の笑い声が聞こえる。


『ハハッ、知ってる。学校に忘れてたよ。神田。』

「!その声、光枝か!学校!?よかった~。」

『今家?バイトは?』

「家だよ。なんで分かった、ああ、登録してるか。バイトは早退した。」

『早退?なんかあったの?携帯忘れたから?』

「いや、携帯は今気が付いて……まぁ、その、いろいろ……」

 

つい口ごもる。しまった、携帯探してとか、適当言っとけばよかったと思ったが後の祭りだ。

心配げな声が聞こえてきた


『……気になるなぁ。携帯も必要だろうし、今から近くまで行くよ。』

「いや、別に明日学校で渡してくれれば、特に困らないし……」

『そう?僕も一日あれば十分かな。手元に個人情報の宝庫があるし。きっと明日までには何を相談されてもなんでも答えられるような、頼りになる僕ににアップデートできると思うよ。』

「ええ~……」


 心配通り越して相談をごり押ししてきた。


「いまどこ?」

『教室』

「行くから」

『待ってる』


 短く会話を終わらせ、家を出る。自転車で20分だ。その間に、光枝は俺の情報を暴くだろうか?

いや、携帯を見つけた時点でやりたきゃできたはずだ。光枝が知りたいのは、バイトを早退した原因か。しかし、それこそ話すにはハードルが高い。

 適当な言い訳を考えるには、20分は短く自転車はハードだった。

酸素が思考へ回せない。


 結局言い訳も思いつかないまま、原因の駐輪場へ着く。

思わずいつもとは違う端のほうに自転車を止めてしまう。なんか、残像が見える気がするし。


 あの時少しタイミングがずれてたら、こんな現在じゃなかったかも。ふとそんなことを考えてしまう。


 そう、光枝の提案に乗って聞く選択をしていたら、俺は脳裏に映像を焼き付けることなく、文芸部という魔境へ出かけることに……ええ、何その究極の二択。どっちも地雷なんですけど。


まぁ、今更考えても仕方ない。ため息とともに小さく頭を振って、ふと校舎を見上げると教室の窓からこちらを見る光枝が見えた。

ああ、駐輪場の端からは教室が見えるんだな。

酸素の行き渡らない頭でぼんやり手を振り、光枝が振りかえすのを見ながら、階段へと向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ