第四十四話
「どうした?」
「その……目を覚まされたとき、恐らくユウ様とディルアス様のことでしょうが、どこへ行った! と激しく取り乱していたようで……」
「えっ……」
「ユウ様とディルアス様のことは王宮内部の者以外には漏れないよう箝口令を敷いているので、ユウ様たちの素性がサクヤ様に漏れる心配はないですが……」
「ですが、何だ?」
アレンは怪訝な顔をし、リシュレルは少し躊躇いながら言った。
「あの二人を出せ、あれは誰だ、俺は一人でも討伐出来たんだ、と暴れて、魔導士たちの手に負えなくなり私が呼ばれたのです」
「何だそれは……何を言っているんだ、そいつは……」
「ユウ様たちに助けられたのが余程気に入らなかったのでしょう。散々暴言を吐いて出て行ってしまいました」
リシュレルは眉間に皺を寄せ、深い溜め息を吐いた。
「すいません、リシュレルさんにご迷惑を……」
「いえ! ユウ様のせいではありません!」
ユウは謝るが、リシュレルは慌てて否定した。
「そうだぞ、ユウたちのせいじゃない。現にユウたちが来なければ、勝てなかったかもしれないと魔導士たちから報告を受けている。俺たちは皆感謝している」
「う、うん、ありがとう」
ユウは笑ったが何やら気がかりようだな。恐らくサクヤのことか……。
「サクヤは本当に勇者なんだろうか……」
アレンが呟いた。
「魔力の気配だけじゃなく、あれだけの強い雷撃は普通の人は出来ないと思うし……」
「あの時……」
ずっと黙って聞いていたディルアスが口を開いた。
「あの雷撃のとき、俺はすぐ側まで行ったが、あの時のサクヤの顔が……」
雷撃の最中、サクヤは空を見ていた。我らからはサクヤの背中しか見えなかった。
「サクヤは笑っていた……手当たり次第に雷撃が落ちるのを眺めながら笑っていたんだ」
皆が沈黙した。誰も言葉を発しなかった。長い沈黙の後、ようやくアレンが口を開く。
「とにかくサクヤのことは、今まで以上に要注意だな……ユウはやはり関わるな。嫌な予感がする」
「う、うん」
恐らくここにいる全員が嫌な予感がしただろう。
ユウが考え込む。恐らくサクヤのことだろうが、また自分を責めているのだろうな。いつもだ。いつも自分一人で責任を感じている。
考え込む姿、悩む姿、苦しむ姿、そんなものは見たくはない。
我は人間化した。ユウの考え込むのをやめさせるには我の人間化が一番効くようだしな。
「ルナ! 大丈夫だから!」
ユウはそう叫ぶが聞くつもりはない。大丈夫な訳はないだろう。ディルアスたちは呆気に取られているがそんなものは関係ない。
ユウは何を想像したのか咄嗟に顔を伏せ、手で頬を隠す。それが少し可笑しかった。
ユウの前まで来ると顔を隠すユウを素早く抱き上げた。
「うぇぇ!?」
ユウが変な声を出す。何だその声は。思わず笑いが漏れそうになるが、そのまま肩にユウの上半身を乗せ、尻に手をやり支えた。
ディルアスは呆然とし、アレンとリシュレルは苦笑している。ふん。
「ルナ! ルナ! 下ろして!」
ユウはじたばたとするが、無視し歩き出す。
「ルナって意外と過保護だよな」
アレンがそう言いながら笑った。過保護……何だそれは。何でも良い。ユウをこの場から離れさせるだけだ。ユウは苦しむ必要などない。ユウを抱えたまま執務室から出て行った。
「ルナ~……」
『何だ?』
「恥ずかしいから下ろしてよ……」
部屋までの道には誰もいない。問題ない。
『誰もいない。大丈夫だ。考えすぎているユウが悪い』
ユウはいつも考え過ぎる。止めなければそのままもっと悪い方へと考えていく。
部屋へと着くとユウを下した。
『あれは勇者で間違いないと思うぞ。だからユウが関われないのは仕方のないことだ』
「うん、ありがとう」
どうせ自分のせいだ、等と考えていたのだろう。ユウのせいな訳があるものか。
部屋の扉が叩かれた。ユウが扉を開けるとオブシディアンが飛び込んで来た。
『僕を置いて行かないでよ~!』
ディルアスがオブシディアンを連れてきた。
「ごめん、オブ」
ユウは撫でながら笑った。
「大丈夫か?」
ディルアスが変な顔で聞いている。
「うん、ごめん、心配かけて。大丈夫だから」
ユウがそう言ってもディルアスは何やら変な顔のままだな。
「大丈夫だよ?」
ユウがもう一度言った。
「あぁ、いや、うん、大丈夫なら良いんだ」
ふん。なるほどな。
その様子を見つつ、もう一度ユウを抱き上げた。
「えっ! えっ!? 何!? ルナ!?」
今度はユウを横向きに抱き上げ、ベッドまで運ぶ。頬を摺り寄せ耳元で囁いた。
『今日はもう休め。おやすみ』
そう言いユウのおでこに軽く唇を押し当てた。
「!!」
「!! ル、ルナ!!」
『何だ? 人間は親しい者とこうするのだろう?』
ユウは我を見詰め呆然としている。
「いや、そうだけど! そうでもなくて!」
『どっちなんだ』
背後からディルアスに肩を掴まれた。
『何だ?』
ディルアスに文句を言われる筋合いはない。
「くっ……、それなら……それなら俺も……」
ボソッとディルアスが呟いた。
ディルアスが近付き、我を通り過ぎたかと思うと、ベッドに座るユウの頬を手で支え上に向けるとおでこに唇を押し当てた。
『!!』
こいつ……
ディルアスは顔を赤くし、小さくおやすみと呟くと、そのまま部屋を出て行った。
『ユウ』
ユウの顔を覗き込むと、ユウはベッドに顔を埋めた。
「何!? 何なの!? 二人とも!! どうしちゃったの!?」
『ディルアスは意外だったな』
「え? 何!? 何のこと!?」
『………、ユウは人間にしては鈍いな……』
「え! 何それ! 鈍いって何!?」
『いいから、もう休め』
もう一度されたくなければ寝ろ、と脅し、ユウが固まっているのを横目に小型化し、そのままベッドの上で丸くなった。




