第三十五話
我が見本を見せながら、オブシディアンはケフケフと口から何かを吐き出そうとしている。しかし中々出ない。
見兼ねたユウは口を挟む。
「炎をイメージしながら口に魔力を集中させてみたらどう?」
『イメージしながら、まりょくをしゅうちゅう?』
「うん、そう」
『うーん、イメージ、イメージ……』
オブシディアンは必死に考えている。
そして考えながら口をパカッと開いたかと思うと、小さい炎の球が出た。人間の掌サイズくらいの小さな炎だが、それでも初めての攻撃魔法だった。
「オブ、やった! 出たよ!」
『ぼくにもだせた~!』
オブシディアンは喜びやる気になった。やる気になったは良いのだが……、毎日付き合わされるこちらの身にもなってくれ。
仕方がないから付き合うが……。
ある日のこと、いつも通りにオブシディアンの練習に付き合っていると、ユウがロッジから飛び出して来た。
その顔は今でも忘れない。
「ルナ、オブ、大好きだよ! 今までありがとう!」
ユウが透けて行く。
『ユウ!!』
駆け寄ったがすでにもうユウには届かなかった。
我の目の前でユウは消えた……。
消えたのだ……。
目の前で……。
何も出来なかった。ただ消えるのを見ているだけだった。
何なのだ、この仕打ちは。
ユウも我らも覚悟はしていた。しかしどうだ、この喪失感。
これで良かったのか、本当に。
他に何か術はなかったのか。今更ながらに考えてしまう。
あれ程、覚悟を決めていたのに。
『ユウは? ユウはどこ?』
オブシディアンはユウを探そうとする。しかし我に今それを止めることは出来ない。
我にも初めての感情をどう整理を付けたら良いのかが分からなくなってしまった。
オブシディアンは声を上げて泣いた。泣いたというのは語弊があるのかもしれないが、泣いたのだ。
人間と同じように我らにも感情はある。涙とやらが出なくとも、心で泣いている。
我はどうしたら良いのだ……。
その日ディルアスがやってきたが、結界がなくなっていることに気付き慌てて走った。
そこにもう「ユウ」の姿がないことに気付き、ディルアスは泣き崩れ地面に蹲った。
ディルアスは血が滲む程拳を握り締め呟いた。
「……ユウ……俺は……」
ユウの植えた青い花が突風と共に舞った。
こうしてユウは消えた。
ディルアスがやって来てから数時間、我らもディルアスも呆然としたまま動けなかった。
オブシディアンは泣き疲れて眠ってしまったが。
どうしたら良い。ユウ、我らはどうしたら良いのだ。
自由にしろとユウは言った。
無理だ。もう自由になどなれない。それを望んではいない。
ディルアスがようやく動き出したかと思うと、魔道具とやらでアレンたちに連絡を取り出した。
ユウがいなくなったことを伝えているようだ……。
ディルアスは時折肩を震わせながら話していた。
話し終わるとディルアスはおもむろにこちらを向き、真っ直ぐ見据えた。
「ルナ、オブは……、眠っているか」
『起こすか?』
「そうだな、大事な話だしオブにも聞いて欲しい」
オブシディアンを起こし、寝惚けていたが、再びユウがいないことを思い出し、がくりとしていた。
「ルナ、オブ、ユウはお前たちの目の前でいなくなった。辛かっただろうな。しかしお前たちはもう自由だ。契約者がいなくなったんだ。どこか別の場所で生きたいならここを出ると良い」
ここを出る……、自由に……、ユウも言っていたが、今更もうどこへも行くつもりはない。
『ユウがいたここが我の居場所だ。我はここから去るつもりはない』
『ぼくもどこにもいかない! ユウはここにいるから。ここはユウとぼくたちのばしょ!』
オブシディアンも去る気はないらしい。
ディルアスは少し溜め息を吐きながら微かに笑った。
「そう言うと思った。お前たちはユウの魔獣だものな」
ディルアスは少し考え、再び話し出す。
「俺もここに住んで良いか?」
『!? 何故だ!?』
まさかそんなことを言い出すとは思っていなかった。
「俺もここを守りたい……。ユウの居場所……、ユウのいた証……、それを守りたいんだ」
『…………』
オブシディアンと顔を見合わせた。オブシディアンはどうしたら良いのか分からないようだった。まあそうだろうな。
ディルアスと共にここに住む……。確かにロッジの中は人間が使わねば荒れていくだろう。我が人間化をして使うにしても限界があるからな。
『分かった……』
仕方なくディルアスとの生活が始まった。
思いの外ディルアスとの生活は順調だった。ディルアスは特別こちらに関わってくることもなく、必要最低限のことだけの関りだったが、我らにはそれが丁度良い距離感だった。
ゼルとはたまに訓練と称して力試しをしていたが……。
そしてユウがいなくなって五年が過ぎた。
「ディルアス! ロッジにいるんだろ? 今日は城に来てくれ」
ディルアスにアレンから連絡が来た。
「分かった」
ディルアスはアレンに会いに城まで向かった。
アレンもイグリードも五年の歳月の間に父親の跡を継ぎ国王になったらしい。
ディルアスたちは新しい勇者がどうなっているのか、たまに集まり話をしているようだ。
しかし、未だにそういった情報は一切ないらしい。
ユウが消えてから、徐々に魔物が増えて来た。
それはやはり新しい勇者が動いているという証拠だろうが、情報は一切ないようだ。
我らが攻撃訓練をしている最中にディルアスは城から帰って来た。
オブシディアンは五年の歳月ですっかりと大人の体格になり、ゼルと大差ない大きさになっていた。
ユウがいたら今頃は何をしているだろう、と時折思うのだった。




