第三十四話
「さて、これからどうするかな~」
ユウは身体を伸ばしながら言った。
食べ物やら必要なものは全てアレンが用意したようだ。定期的に届けてくるらしい。
「でも~、それに頼ってばかりもねぇ」
ユウはぶつぶつ言っている。
何やら土を掘り出したぞ。何をしているのだ。
ユウの掌を覗き込むとアレンから届けられた小さな粒があった。様々な形や色の粒だな。何だこれは。
ユウはその粒を掘り出した土の中に埋めている。何だ?
「水魔法で水やり~」
水やり? ますます分からん。
分からんまま遠巻きに見ているとオブシディアンが擦り寄って来た。頭をぐりぐりと押し付けて来る。鬱陶しい。
オブシディアンは遊ぼう遊ぼうとうるさい。子供だから仕方がないにしろ、我と遊ぼうなどとよく思えるものだ。
ぐりぐりと押し付ける頭を躱し、後ろに飛びのくとオブシディアンは勢い良く転がった。
何が起こったのか分からないようで呆然としていたが、すぐに笑い出し喜んでしまった。
そうなると面倒くさい。同じことをしようと再びぐりぐりと頭を我の身体に押し付ける。
そうやって鬱陶しい思いをしていると急にユウが笑い出した。
何だ、何故笑う。笑っていないでオブシディアンを止めてくれ。
それからユウは土いじりを繰り返していた。
しばらくすると草が生え、あぁ、花や草を作っていたのか、と理解したが、色々思い悩みながら世話をし、枯れてしまいがっかりとし、人間は面倒くさいことをするものだ。
「うーん、難しい。上手く育ったのはこれだけかぁ。これだけ一面に咲いたねぇ、アハハ」
そのときユウがピクリと反応した。索敵に何か引っ掛かったようだ。
「ユウ」
「ディルアス、いらっしゃい」
ディルアスがやって来た。来なくても良いものを。
ディルアスは数ヶ月に一度くらいのペースでやって来る。
来ても特に何かをするでもなく、一日外にテーブルを出して茶を飲みぼーっとしているだけだ。
たまに話をしているようだが、特に何もない。何をしに来ているのだ。
しかし今日は何やら違った。
「今日はゼルに乗って海を見に行かないか?」
「え?」
ディルアスから突然の提案。ユウは固まっていた。
「え、あ、海!? 海!! そういえばアレンが言ってたね! 行きたい!」
「フッ。じゃあ行こう。ゼルに乗るから、ルナとオブは留守番だな」
「ん? ルナとオブはお留守番……」
『えー! ぼくもいきたい!』
「今回は留守番だ」
ディルアスが珍しく強く言った。オブシディアンは文句を言っている。
どういうつもりだ。ディルアスの表情がいつもとは少し違うようだった。
「うーん、ごめんね、オブはルナと待ってて? ルナ、お願い」
二人きりでというのは気に入らんが、今回は仕方ないな。何かを感じる。今日だけは許してやる。
オブシディアンを宥めるが、いつまでも文句を言っている。
ゼルに乗ったディルアスが手を差し伸べる。ユウはその手を取るとディルアスの前に引き上げられた。
ゼルは大きく羽ばたき、一気に空高く舞い上がった。
ユウ……、遠ざかるユウの姿を見ると苦しくなった。
いつか消えるのか。ショーゴのように消えるだけでなく、本当にこの世から消えてしまう。
それを目の当たりにしたとき我はどうするのだろうか。
ショーゴのときは消えた瞬間には側にいることが出来なかった。
だからいつもどこかにいるのではないかと思っていた。そのおかげかモヤモヤはするが辛くはなかった。次第に記憶からも薄れていったしな。
だがユウはどうだ。目の前で消えてしまう瞬間を見たら……、我はどうするのだろう。
少し不安を覚えた。まさか己がこんなにも人間に執着するとは思ってもいなかった。
それが心地良くもあり、辛くもある……。ユウと仲間になって良かったのか悪かったのか……。
ふっと笑った。いや、良いのだ。
辛くとも今の自分は気に入っている。ユウに出会わなければ、こういう想いも知らぬままだった。
ならば良いではないか……。
ゼルの羽ばたく音が聞こえ見上げるとユウが帰って来た。
オブシディアンはユウに真っ先に飛び付いていた。
『おかえり~! たのしかった~?』
オブシディアンがあれこれ聞いている。
「じゃあまたな……」
「ディルアスありがとう! またね!」
ディルアスの雰囲気が少し違うような気もしたが……。
ユウが叫ぶと、ディルアスは少し振り向き手を振った。
それからユウがひきこもり生活を始めて早三年程の月日が経った。
毎日家庭菜園とやらに精を出したり、料理をしてみたり。森を散策して動物と話したり……。
ユウは比較的楽しそうにしていた。
ディルアスは相変わらず数ヶ月に一度は訪れる。アレンたちともたまに通信で喋っているようだ。
イグリードと二人で自国だけでなく、他の二国とも争いを起こさないようにしていく方法をいつも模索しあっているそうだ。
ユウとの約束を守ろうとしているのだな。
「あ、そういえば、オブはそろそろ何か攻撃が出来るようになったりはないの?」
『? こうげき!』
「うん。ルナやゼルみたいに炎の攻撃が出来たりとか」
突然、ユウが言い出した。
確かにそろそろオブシディアンも攻撃が出来るほうが良いな。自分の身は自分で守れるように。
『ほのおだせるかなぁ』
「ルナは教えてあげられない?」
『ふむ、ドラゴンのことはよく分からんが、練習でもしてみるか』
『うん、ぼくやってみる~』
この日からしばらくオブシディアンの特訓が始まった。




