第三十二話
神というその人物はウキウキと話し出した。
「まず魔物はね、人間の負の感情から生まれるの! 妬み嫉みや苦しみとかね! 他にも色々だけど~。それでね、それを退治するために勇者が現れるでしょ? まあ私が連れて来るんだけど~。勇者が現れるとね、勇者の負の感情から何と魔王の種が生まれるの!」
さも自慢気に話す。不快だ。周りを見ると皆同じだったようで顔を歪ませている。
それに気付かずなのか気にしていないだけか、神は笑顔のまま話を続ける。
「魔王の種が生まれると、人間の負の感情を吸収するだけじゃなく、勇者が倒した魔物たちをも吸収してどんどん強くなりまーす! 魔王が強くなるればなるほど、魔王から魔物もたくさん生まれまーす! 凄いでしょ? これ!」
「!?」
皆、呆然とした。
「ということは、魔物を倒せば倒した分だけ魔王が強くなり、さらに魔物が増えるということ……か?」
「ピンポーン」
笑顔で神は肯定した。
「魔王や魔物を増やすために勇者を召還した?」
「そういうことだね~」
「ふざけるな! 何のためにそんなことを!」
「だって、人間は人間同士で争うでしょ?」
急に神の顔付きが変わった。冷たい顔だ。
その顔は一瞬で元に戻ったが、それでも恐ろしさを感じる。
「人間てさ、共通の敵がいないと人間同士で争うじゃない? だから私が共通の敵を作ってあげてるの~! そのおかげで人間同士の戦争は起こってないでしょ?」
冷たい顔は戻りニコリとした笑顔だったが、なぜか背筋がゾッとする。
笑顔の裏に冷酷な顔が垣間見える。
「確かに魔王が出現するせいで、四国は不戦条約を結び平穏を保っている……」
「でしょ~? 私のおかげ!」
ニッコリと神は笑ったが、もうそれが本当の笑顔ではないことは皆分かっていた。
「もしも……もしも勇者が戦わなかったら?」
ユウは聞いた。
自分が戦うと魔物が増える、などと言われ戦える訳がないだろうな。
「もしも勇者が戦わなかったらねぇ、うん、魔物は増えないだろうね~」
「!!」
皆がハッと顔を見合わせた。
「昔にもいたんだよ~。ユウとは違って真実は何も知らない子だったけど、自分が勇者だと気付かなくて戦わなかった子」
「勇者だと気付かなかった……」
「そう、ユウみたいに魔力に興味を持って鍛練する子はおのずと勇者であることに気付いたり、気付かずとも魔王と戦ったりするんだけど、たまに魔力に興味がなくて、全く気付かず勇者の役目を果たさない子がいるんだよね~」
「その場合、どうなるの?」
皆、息を呑んだ。
「うーんと、その場合は魔王は力が増えないから魔物も増えないねぇ。人間の負の感情だけで細々魔物が出るくらいかなぁ。そしてその子はどこかで天寿を全うして死んでいくね~」
「そ、それならそのほうが魔物で苦しむことはないんじゃ!?」
「でもそうすると人間同士で戦争しちゃうよ~?」
「!!」
「そうだ、確かに過去何度かは四国で戦争が起こったときがあるそうだ。だがその度に魔王が現れ国同士の争いをしている場合じゃなくなり、四国の均衡が崩れることはなかったらしい」
「ね?」
イグリードが過去の話をすると、神は不敵な笑みを浮かべた。
「戦争も起こって欲しくないけど、でも私は……魔物が増えてみんなが苦しむのも嫌だ……」
「うーん、でも戦わないと戦争が起こるだけじゃなくて、ユウも元の世界に帰れないよ?」
「!! 元の世界に帰れるの!?」
「うん、魔王を倒したらね~。こちらの世界に来たときのまま、同じ時間同じ場所に帰れるよ~」
そうか……、勇者は魔王を倒すと元の世界に帰る……。
ショーゴ……、帰ったのだな、元の世界に……。突然いなくなった前の契約者……そうか。
無事に帰ることが出来たのだな……。
「でも戦わないなら、そのままこの世界で天寿を全うして死んでいく?」
「いや、ユウは無理だねぇ」
「えっ?」
皆が怪訝な顔をした。
「ユウはこうやって真実を知ってしまったからねぇ。戦わないと言われたら、私は次の勇者を見付けるしかない。次の勇者が見付かったら君はこの世界にはいられない。勇者は二人はいらないんだよね」
「元の世界に戻されるということ?」
「いや? 元の世界には帰ることは出来ないよ。魔王を倒すことで、帰る条件が満たされるんだ」
「じゃあどうなるの?」
天寿を全うすることもない、元の世界にも帰れない、だとすると……。
どういうことだ、あってはならないことしか頭に浮かばない。ユウは少し震えているようだった。
我とオブシディアンはユウの側に寄り添り、ディルアスもユウの側へ来るとユウの肩を支えた。
「ユウは次の勇者が見付かった時点で消えてしまうねぇ。存在がなくなってしまう」
「!!」
ディルアスは険しい顔になり、アレンとイグリードは驚愕の顔をしユウを見た。
ユウは……、動けなくなっていた。
「消えるってどういうことだ!!」
アレンが叫んだ。
「どうもこうもないよ? 勇者の役目を放棄するなら、戻る権利も天寿を全うする権利もなくなってしまうだけさ~」
ユウは固まって動けない。
「さて、どうする? ユウ」
神はユウの顔を覗き込んだ。
ディルアスがユウを抱き寄せ神から引き離す。
ユウ……。
「うーん、とりあえずどうするか決まったら教えてね~。勇者を放棄するなら新しい子を探さないといけないし。あー、いっぱい喋って疲れたよ~。じゃあね~」
神は軽口を叩いて消えていった。
「ユウ……ユウ!」
ディルアスがユウの肩を揺さぶる。
「あ、ディルアス……ごめん」
ユウは呆然とした状態から意識を戻したようだ。イグリードとアレンに座るよう促される。
沈黙が流れる。
「やはり過去と同じように魔物討伐をしていくのが一番良いんじゃないか?」
イグリードが口を開いた。
「あ、あぁ、俺もそう思う」
アレンも同意した。ディルアスは何も言わない。
「でも……魔物が増えると被害も大きくなる……」
ユウは絞り出すように言った。
「ユウが戦うのなら俺たちは全力で人々を守る」
アレンもイグリードも真っ直ぐユウを見詰めていた。だから心配するな、と。
「ありがとう、少し時間が欲しい」
ユウは部屋に戻り放心していた。ただ一日放心していた。
そんな姿は見ていられん。
『ユウ』
我は人間化しユウの横に座った。肩を抱き引き寄せ瞼を手で隠した。
『我らはいつまでも側にいる』
オブシディアンも寄り添って来た。
ユウは何も言わず、そのまま眠りに落ちた。
ユウ……、消える、そんなことがあって良いのか。
ユウはただ連れて来られただけではないか。ショーゴのときもそうだ。
勝手に連れて来られ、無理矢理戦いに引き込まれ、用がなくなると捨てるのか!
ショーゴが元の世界に帰ることが出来たのは良かったが、ユウはどうだ。
ユウは戦いたくはないのだ。戦えば戦うだけ魔物が増えると聞いて戦えるはずがない。
神という存在はこんなにも横暴なのか。
何もしてやれない己が歯痒い。我は側にいることしか出来ないのか……。
眠ったユウを抱き締め、寝台にまで運んだ。
側にいることしか出来ないのなら、せめて最後の最後まで側にいる。ユウがどの選択をしても。
眠るユウの頬を撫でた。
必ず最後まで共に……。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今後、土日だけ更新をお休みさせていただきます。
いつも読んでくださる皆様には大変申し訳ありません。
平日のみの更新とさせていただきますが、お付き合いいただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!




