第二十九話
翌朝、ガイアスに出発することになった。
王宮の裏門から出ると森が広がっていた。
ディルアスはゼルを呼んだ。ゼルは何処からともなく飛翔し舞い降りて来る。
「ゼル! よろしく頼むな!」
アレンは嬉しそうに言う。
「殿下、くれぐれもお二人のご迷惑になる行動は慎まれますように」
「俺が迷惑なんかかける訳ないだろ!」
リシュレルの深い溜め息が聞こえた。
「すいません、ユウ様、ディルアス様、よろしくお願いしますね」
「はい、大丈夫ですよ、アレンなら」
本当に大丈夫か? 若干疑問だが……。
「それにしても俺が相乗りで良かったのか?」
アレンはニヤッと笑ってディルアスに言った。
「何がだ? 早く乗れ」
「はいはい」
呆れた顔のアレンはユウをチラッと見ながらディルアスの後ろに乗った。
余計なことを。
我は元の姿に戻り、ユウはその背に乗る。
人を背に乗せて走るのは久しぶりだな。ユウとも以前走ったが少しだけだったしな。
「では出発するぞ」
ゼルは大きく羽ばたき、空高く舞い上がった。
アレンの歓声が聞こえてくる。
「ゼルの後を追って」
ユウはそう言い、我はゼルの位置を確認しながら進む。
久しぶりに走ると気持ち良いものだな。やはりたまには思い切り走るほうが良さそうだ。脚が鈍る。
まあしかししばらく走っていなかった割にはまだ軽やかに走れているほうだろう。飛翔しているゼルに付いて行けているのだからな。
木々や岩の障害物も難なく躱せる。反射神経も鈍ってはいない。
まずまずだ。
しばらく進むと国境が現れた。と言っても何もない。ただひたすらに平原が広がっている。
壁がある訳でも見張りがいる訳でもない。ただひたすら平原だった。違和感があるくらいに。
「ここがガイアスとの国境だな」
「国境って言っても何もないんだね」
「あぁ、ガイアスとは勿論だが、残りの二国とも不戦条約を結んでいる。魔王や魔物を倒すための共闘だ。そのため表向きはお互い不用意に越境はしないということになっている」
「表向き?」
アレンは苦笑しながら言った。
「あぁ、表向きはな。だが内実は平原にすることで、不戦条約を破り攻め入って来るのをすぐに見付けられるようにするためだ。まあ今まで国境でそのような事態になったことはないみたいだがな」
遥か彼方昔から続く条約のようだ。魔王や魔物を倒すためのその当時の国王たちの苦肉の策だったのだろう。
「さて、後もう少しでガイアスの王宮が見えてくるはずだ」
アレンがそう言いながら指を指した。
「ん?」
その指した方向上空に何か黒い影が見える。
「何だあれ?」
嫌な気配だな。その時アレンの通信に連絡が入った。相手はガイアスの王子、イグリードのようだ。
イグリードが何を言っているかは聞こえないが、何やらただならぬ雰囲気だ。
「ガイアスの王宮に魔物が出たらしい!」
「!! あの黒い影!?」
「あぁ、どうやらそのようだ。リードは今は来るな、と連絡してきた……」
魔物が出て危険だから来るな、と言っているのか。
アレンは険しい顔をしている。
ユウはオブシディアンを抱き締めながら我を撫でた。ユウは行くのだろう? ユウと目を合わせ理解した。
ユウはディルアスと見合い、小さく頷き合った。
「行こう、アレン」
「ユウ?」
「こんな近くにいるのに、助けに行かないとかありえないでしょ!」
ディルアスも頷いた。
「あ、あぁ、ありがとう! 頼む……」
アレンは悲痛な顔で小さく言った。
ユウが結界と索敵を張り巡らせ、黒い影に向かって進む。
段々と近付いてくると、黒い影の正体が見えてきた。それは王宮の上空にいた。
鳥のようだが……、鴉? 見た目は鴉のような姿だ。しかし鴉ではない。やたらと巨大な奴だな。
上空にいて一見分かりにくいが、地上に降り立てば、恐らく二階建ての建物くらいの大きさがあるのではないだろうか。
そんな巨大な鴉が上空から攻撃をしている。翼を振り乱し激しい風が巻き起こり、地上にいる人間たちを薙ぎ倒す。
翼からは何本もの羽根が槍のように降り注ぎ、あらゆるものに突き刺さって行く。
地上の人間は魔法を駆使したり、武器や防具で何とか凌いでいる状況だ。
魔導士らしき人間が応戦しているが魔物の攻撃に追い付いていない。
その場にたどり着き、ディルアスはアレンを下ろし再び上空へと上がった。
ユウは我から飛び降り、大きく結界を張る。
我はそのまま建物を利用し駆け上がり、炎の球を吐き出す。
ゼルも同じく炎の球を吐き出しつつ、ディルアスの指示に従う。
ディルアスは結界を張りながら、風魔法に炎を纏わせ炎の渦を造り出す。
炎の渦は轟音を上げながら魔物を飲み込む。
魔物の苦しむ声が聞こえたが、その瞬間、翼を大きく羽ばたかせた。炎の渦は拡散され消滅した。
「ディルアス! 離れて!」
ユウが叫んだ。
その言葉を聞きディルアスが魔物から離れる。
ユウが風魔法に水を纏わせ、水の渦で魔物を飲み込む。
弾かれる前に雷撃を放つ。少し動きの鈍くなった魔物の頭上から一直線に雷撃が迸る。
雷に撃たれた魔物は地上に墜ちた。
地面でのたうちまわる魔物を結界でその場に固定し、炎の魔法を。
ディルアスも降りて来て、炎魔法は交代した。ユウは逃げ出さないよう結界に集中していた。
結界の中で魔物は炎の中に消えて行った。残ったものは黒い靄だけだった。
完全に魔物が消えたことを確認してユウは結界を消した。
「はぁあ、良かった、終わった」
「大丈夫か?」
「あ、ディルアス、うん、大丈夫。ディルアスも大丈夫?」
「あぁ」
翼の暴風と羽根の攻撃で辺りは目茶苦茶だった。建物も壊れ瓦礫が散乱している。
死者はいないようだが、結界が間に合わなかったらしき者は怪我をしているのが大半だ。
ユウはディルアスと共に治癒に回った。
「二人ともお疲れ様、ありがとう」
怪我人の手当てを手伝っていたアレンが戻ってきた。
「お前らのおかげでまた助かったな」
アレンはホッとした表情をしていた。
「紹介するよ、イグリードだ」
アレンの横にはアレンより少し濃い金髪の長髪で碧色の瞳の男が立っていた。
「イグリード・サフィロ・ガイアスだ。今回の件、貴殿方には感謝する。本当に助かった、ありがとう」
イグリードは頭を下げた。
「あ、頭を上げてください! お手伝い出来て良かったです」
頭を上げたイグリードは微笑んだ。
「ぜひ私の父にも会っていただきたいのですが」
ユウが何やら固まっている。どうしたのだ。
「ガイアス国王だな」
「!! えっ!! いや、それはちょっと……」
「ハハ、そう言うと思ってすでに断った」
アレンが笑った。国王か……確かに面倒だな。ユウはアレンを睨んでいた。
「すまん、すまん、ハハ。代わりに俺が謁見してくるから、部屋で待たせてもらえ」
「本当は父に会っていただきたかったのですが、仕方ありません。部屋を用意させますので、そちらでどうぞ休息してください」
後始末は手が足りているから、と部屋に案内された。




