第二十六話
しばらくするとディルアスがユウに声を掛けた。
「もう動けるか?」
「うん、大丈夫!」
「そうか、ならいくぞ」
ディルアスは立ち上がりユウに手を差し伸べた。ユウはその手を取り立ち上がる。
「ありがとう」
「あぁ」
何やらよく分からない感情が沸き起こるが恐らく大したことではないだろう。
ユウは我とオブシディアンを抱き上げ、再び飛翔し、先程アレンたちと別れた場所まで戻る。
アレンが思い切り手を振っているのが見えた。
「とんでもない結界だったな! 本当に古のドラゴンの言う通りだった。お前ら本当に凄いよ! 黒い靄みたいなのが上がっていくのが見えたが、もしかしてあれが王宮に巣食っていた魔物か!?」
「殿下、お二人はお疲れでしょうし、まずはお部屋でお茶でもしながらくつろいでいただいたほうが。あなたも小汚ないですし」
「小汚ないって言うな!」
「はいはい、とにかく着替えてください。ディルアス様、ユウ様にはお部屋をご用意いたしますので、そちらでおくつろぎを」
アレンとリシュレルは何をしているのだ。喧嘩なのか? しかしユウは笑っているな。人間とはよく分からんな。部屋へ案内されるまでの間もずっと言い合っている。
案内された部屋は我は見たこともないような部屋だった。これが人間たちの言う城か。豪華なものだな。
ディルアスは隣の部屋だ。
後で呼びに来るらしく、ユウは椅子に座り込み深い息を吐く。
我とオブシディアンも伸びをして身体を伸ばす。
ユウは座っているといつの間にやら眠っていた。
まだ先程の魔力消費で疲れているのだな。とりあえず今は何もないようだから寝かせておくか。
オブシディアンものんびりとしている。
我も久しぶりにくつろいだ。警戒せずに過ごせるというのも良いものだな。
ユウは横にいた我に倒れるようにしがみつきさわさわと触りだした。
起きたのか?
しかしユウは顔をぐりぐりと擦り付けてくるが起きた気配はない。寝ぼけているのか。
我を枕替わりにするな! 身動きが取れん。妙な気分になる。
どうしようかと思いながら身動きが取れないままでいると、扉を叩く音がした。誰か来たようだ。
『ユウ』
「…………」
『ユウ、誰か来たぞ』
しかし全く起きる気配がない。それどころかずっと顔を我の身体に押し付けている。どうするか。
そういえば人間化したときは何故かユウは緊張していたな。人間化してみるか。
ユウに抱き付かれたまま人間化した。
ふむ、何やらおかしな態勢になっているが……、まあいいか。
『ユウ、起きろ』
人間化で再びユウを起こした。
ようやくユウは目を開けると、今度は目を見開いた。予想通りだな。
「な、何で人間化してるの!?」
ユウは若干混乱しているようだ。我を押し倒した形で上に乗ったまま叫んだ。
『小型化のままで起こそうとしても、抱き付くばかりで起きないからだ』
「アハハ……、ごめん」
ユウは勢い良く身体を起こした。
『さっきから誰か呼んでいるぞ』
「えっ!?」
ユウは慌てて扉を開けに行き、そこには女がいた。
「ユウ様ですね? アレン殿下がお待ちですのでご案内致します」
「あ、はい、ありがとうございます」
ユウは慌てて扉を閉めると、こちらに戻り我に急いで小型化するよう言った。
またか、何故人間化のままでは駄目なのかが未だに分からん。
仕方がないので小型化に。
ユウは我とオブシディアンを抱きかかえながら女の後に付いていく。
「あの、ディルアスは?」
「ディルアス様ももうおいでになられてますよ」
女は振り返りにこりと笑顔で言った。
長い廊下を歩き、女は一つの扉の前で止まり扉を叩いた。
「ユウ様をお連れしました」
「どうぞ」
リシュレルの声がした。
部屋の中に入ると、アレン、ディルアス、リシュレルがいた。
「ユウ、少しは休めたか?」
「うん、まあ一応」
「ハハ、なんだそれ」
椅子に座るよう促される。
ユウはディルアスの横に座る。向かいにはアレンが座り、リシュレルはアレンの横に立っている。
「まずは、礼を言わせてくれ。お前たちのおかげで助かった。感謝する」
「魔を払えたとしてもすぐに元通りという訳には行かないでしょうが、不可思議なものを取り除いた後は陛下と殿下次第ですからね」
「お前なぁ……」
「ユウ様、ディルアス様、ありがとうございます」
「フフ」
また喧嘩のような言い合いをしているな。ユウは楽しそうだが。
「で、あの黒い靄が魔物か?」
「あぁ」
「魔物が人の心を惑わせていたということか……」
アレンは考え込んだ。
「徐々にではありますが、段々と魔物が増えていますね」
「うん、それなんだが……」
アレンがリシュレルをチラッと見た。リシュレルは扉の外を確認した後、何かの魔法を発動させた。
「空間隔離か」
「空間隔離?」
「あぁ、話が外に漏れないように、この部屋だけ別空間になったみたいな感じだな。リシュは大丈夫だ」
「勇者についてか……」
「あぁ」
勇者……、ユウがギクリと身体を震わせたのが分かった。
「ユウが勇者かもしれない……ということだが」
「ユウ様が勇者……」
リシュレルが驚いた顔した。
「ケシュナの森に勇者が現れる、ということだったか?」
ディルアスが聞いた。
「あぁ、昔読んだ勇者に関する本にはそう書いてあった。魔王が現れる時、勇者も現れる。勇者は異世界人で、ケシュナの森の石碑の元に召還される、と」
「ユウ様は異世界人でケシュナの森に?」
リシュレルはユウを見た。
「ユウはケシュナの森に倒れていた。俺が見付けた」
ディルアスが答えた。ユウはただ黙って聞いている。
「ユウの魔力の高さといい、勇者である確率は高いだろうな……」
みんなが一斉にユウを見た。
「いや、でも、そんなこと言われても……」
「うーん、勇者である確率は高いが、とりあえず今は魔王が現れた、とかは聞かないしな。様子を見ながら、勇者のことを調べるほうが良いんじゃないか?」
「勇者のことを調べる?」
「あぁ、ユウが勇者にしても、魔王についても魔物についても、俺たちはよく分かっていない。勇者だけに頼らなくても何とかなるのかもしれないしな」
「なるほど」
ユウが勇者……、これはやはり話すべきか……。
我は人間化した。
「お、お前! あの時の……あぁ、ルナなんだな……」
アレンは思い出し、ディルアスとリシュレルは驚いた顔をしている。
「ルナ! 何でいきなり人間化してるの!?」
『我の前の契約者は勇者だった』
「あ、そういえば……」
「前の契約者が勇者!?」
『奴が魔王を倒したときは勇者の魔法しか効かなかった。あの当時の魔王がそうなだけかもしれないが。それと……』
我はユウに目をやった。
『前の契約者とユウの魔力は似ていると思った』
「以前の勇者とユウの魔力が似ている、か……前はどんな風に魔王と戦うことになったんだ?」
『勇者のことも最初から勇者とは呼ばれていなかったし、魔王も最初、魔王とは知らなかった。普通に魔物と戦い、その中で普通の魔法では効かない魔物がいた。それが魔王だと後に分かっただけだ』
「勇者も魔王も最初は分からず、か……謎だらけだな。魔王を倒した後の勇者は?」
『消えた』
「消えた!?」
「ルナ……」
『大丈夫だ』
ユウは心配しているようだな。我は大丈夫だ。心配するな。
『ある日突然気配が全く感じなくなったのだ。どうなったのかは全く分からない。その後二度と会うことはなかった』
「そ、そうなのか……」
全員が沈黙した。
『我が知っていることはそれだけだ』
そこまで言えば十分だろう。我は再び小型化に戻り、ユウの膝の上で丸くなった。
心配はさせたくないが、今はもう何も話したくない。




