第二十三話
「何か近付いてくる! 私の後方二十メートル先」
ユウが小声で言った。それと同時にアレンが薪の火を消す。オブシディアンはユウの側に行ったな。
我とゼルは臨戦態勢に入る。ディルアスとアレンも身構えた。
「どうやら魔物みたい。あまり大きくはないけど、凄いスピードで近付いてくる!」
ディルアスも索敵を発動させたようだ。
「ユウ、結界強化を!」
「うん、アレン、オブ、私の後ろに! ルナは気を付けて!」
ユウは結界魔法に集中しながら攻撃魔法発動態勢を取る。ディルアスは攻撃魔法を瞬時に発動出来るよう態勢を取った。
「来るぞ!」
ディルアスが叫んだと同時に黒い塊が飛び掛かって来た。結界がそれを弾く。
豹のような姿の魔物だった。しかし明らかに豹ではないと分かる。鋭い牙と爪に、頭には一本の長い角があった。
我とゼルが口から炎の球を吐き出す。しかしすぐに避けられた。
ゼルの腕が魔物の爪に切り裂かれる。
「ゼル!!」
ディルアスが氷の魔法を発動。魔物のいる地面から氷の柱が出現。しかし逃げられる。
我は再び炎の球を連発させる。動きが少し鈍くなった。その瞬間ディルアスが再び氷の柱を。
ユウはディルアスのしようとしていることが分かったようだ。ディルアスの氷と反対側に氷の柱を出現させ、逃げ道を塞ぐ。
何個もの氷の柱が檻のようになり魔物の動きを止めた。
「ユウ、電撃を!」
ディルアスは構えながら叫んだ。
二人同時に電撃魔法を発動!とてつもない雷が氷の柱ごと四方八方から魔物を撃ち抜いた。
魔物は黒い靄となって消えた。
「終わった……」
ユウは座り込んでいた。ユウの元へ行こうかと思った時ディルアスがユウの側へ行った。
「大丈夫か?」
ディルアスが手を差し伸べている。
「アハ、大丈夫なんだけど、腰が抜けたみたいで立てない。私は立てないだけだから大丈夫だよ。ゼルを診てあげて」
するとディルアスはユウの手を取り、そのまま引っ張り上げ抱き上げた。
「うぅぇえ!?」
それを見て何だろうかモヤモヤする。
少しオロオロとしているユウをディルアスは我の側まで運んだ。座り込んでいる我の横にユウをそっと降ろした。
モヤモヤが収まらん。
それには気付いていないのだろうユウが案の定、我の毛を触って喜んでいる。全く能天気な奴だ。
「ルナ、大丈夫!?」
『あぁ、我は魔力を消耗したくらいで怪我等はない。ユウとオブシディアンも大丈夫か?』
「うん、私たちは結界の中にいたから大丈夫。気が抜けたら腰も抜けて立てなくなっちゃったけど」
ユウと二人して笑った。
『こわかったよぉ』
オブシディアンはユウと我にピッタリと引っ付き顔を隠す。
「大丈夫か? 焦ったなぁ、まさか魔物が出るとは。俺は何の役にも立たなくてすまん。索敵してくれてたおかげで助かったな。にしても、やっぱりお前らの魔法、凄いな」
アレンが近寄って来て言った。
ディルアスがゼルの治癒を終わり、薪の近くに戻ってきた。
「まだ何があるか分からんから、ユウ、二人で交代しながら索敵をしよう」
「そうだね」
「とりあえず先にユウが休め」
ディルアスはユウに休むよう促した。
ユウは素直に従い、我の身体に凭れなが眠りについた。
朝になりユウは驚いたように飛び起きた。
「ご、ごめん! ディルアス! 交代するはずだったのに!」
「大丈夫だ、俺も仮眠は取った。疲れていたんだろう。気にするな」
「うぅ、ごめん」
ユウは落ち込んでいるようだ。そう落ち込むことはないのだがな。我は常に気配を感じながら休んでいるからな。ユウが索敵をしていなくてもある程度は分かる。
まあ今ここで言う必要もないだろうが。
「ユウ、気にするなよ、俺が一応交代したから! まあ索敵とかは出来ないから、精々仮眠させてやるくらいしか出来なかったけど。戦うのには役立たずだったからこれくらいはな!」
ユウを気遣ったのか、アレンが言った。
「ありがとう」
「ルナの毛に埋もれて気持ち良さそうな顔してたぞ」
アレンがニヤッと笑った。
「!! だ、だって、このもふもふ、たまらないんだもん!」
「アッハッハ!!」
アレンが大笑いしている。そんな変な顔をしていたとは思わんが。
『気にするな』
我は自分の太い尻尾をユウの身体の上に乗せた。我はユウに撫でられるのは好きだぞ。
昨晩はあれから何も出ず無事朝を迎えた。朝食を取り出発する。
「しかしあの魔物いきなり出て来て焦ったなぁ。魔物なんてほとんど出会ったことないのに」
「魔物ってあんまりいないの?」
「ん? あぁ、たまに出たりはするみたいだがな。そんな大した数じゃないから、すぐに討伐されて俺は出会ったことはないな」
「へー、そんなもんなんだね」
「ディルアスは? 戦うの慣れてそうだったけど」
「俺は何度かはあるが、それでも二~三回くらいで大した回数はない」
三人で何やら話し込んでいるな。我は何度も魔物と戦ったことはあるがな。
一日歩き続け、という日が三日程過ぎた頃、それらしい山の麓に着いた。
それまでに魔物はあれ一度きりだった。
竜の谷を探す。ゼルの記憶を頼りに進む。
しばらくすると葉のない白い木が多く立ち並ぶ奥に山の隙間のような谷間が見えた。
『あぁ、ここ……』
オブシディアンが震えだした。
「オブ? どうしたの? 何か思い出したの?」
『ここ、ぼくつかまったとこ。おかあさん、ぼくをかばったせいでつかまった』
オブシディアンはうずくまってしまった。
「オブ小さくなって」
小型化したオブシディアンをユウは抱き締めた。
『ぼく、あのひ、いいつけまもらずに、たにのそとにでちゃったの。そのせいでにんげんにつかまった。おかあさん、ぼくをたすけようとしてけがした。だからにんげんにつかまった』
オブシディアンは苦しそうに話した。
「そっか、そんなことかあったんだね。怖かったね。辛かったね」
ユウは抱き締めながら言った。しかしオブシディアンは自分のせいだと思っているのだろう。
「今は辛いかもしれないけど、いつまでも自分を責めないでね。きっとお母さんはそれを望んでない。オブに幸せになって欲しいから命懸けで守ろうとしたんだし」
『おかあさん、ぼくにしあわせになってほしい?』
「うん、そうだよ、きっとそう」
ユウはオブシディアンを抱き締め頭を撫でた。
ゼルも見知った場所に来たからかそわそわし出した。
「あの先のようだ」
ゼルに確認したディルアスはそう言うと谷間に進んで行く。
「オブ、連れて行って大丈夫か?」
アレンがオブシディアンの様子を気にした。
「うん、きっと大丈夫」
「オブ、行くよ」
『うん』
まだ少し震えているが、オブシディアンは真っ直ぐ前を見た。




