第二十話
「うーん、最初は黒ドラゴンが気になったんだけど、ずっと見てたら、銀色の毛皮の仔犬も気になるし、あの男前さんはいない割に銀髪は仔犬の毛皮と一緒だし……」
そう言うとレンはちらりとこちらを見た。
『仔犬ではない』
ユウに言われるのは慣れたが、他の奴にまで言われたくはない。
それが分かったのかユウは吹き出す始末だ。
「それからあんた! やたら高位魔法を調べてただろ。それが気になった」
王都にいた時からずっと見ていたという訳か。ユウが図書館に行っている間は部屋で留守番をしていたのが悔やまれるな。
「高位魔法を使える奴は滅多にいない。精々王宮の宮廷魔導士、しかも上官クラスだけじゃないか? それなのにあんたは高位魔法を調べてたから、どうするのか気になって後をつけた。そしたらとんでもない魔法を連発してるから!」
「ただ私の魔法が見たいだけ?」
それだけの理由ではないだろうな。魔法が見たいだけなら、あんな用意周到に近付く必要はないはずだ。
「あー、やっぱり隠せないか。仕方ない。実はそれだけの凄い魔法が使えるなら頼みたいことがあって」
「頼みたいこと?」
「そ、引き受けてくれるなら詳しく話す」
「内容も知らずに引き受けられるはずがない。じゃあそういうことで」
ユウは我らを抱えたまま足早に歩き出した。
「お、おい! 待ってくれ! 頼むよ!」
「信用出来ない人の話は聞きません。それに……」
ユウは我のほうをちらりと見た。どうやらユウも気付いているようだな。
恐らく同じことを考えているのだろう。頷いて見せた。
「あなたは誰?」
「誰? レンだよ、王都で名乗ったでしょ?」
「そうじゃない。あなた今の姿、本当の姿じゃないでしょ?」
「!!」
そう、レンは今の姿は恐らく本来の姿ではない。
奴の身体の周りからは少量だが魔力が使われている気配がある。魔力が身体を覆っているのだ。それは魔導具で小型化しているオブシディアンと似ている。オブシディアンはユウの魔力が身体を覆って姿を変えている。
同じような気配を感じるということは、今のレンの姿が、本来の姿とは異なる可能性がある。
「はぁぁあ、あー、そこまでバレるか」
ユウが指摘したことは、どうやら当たりだったようだな。
レンが深い溜め息を吐いた。
「あんたやっぱり凄いな」
レンは頭をガシガシと搔き苦笑した。
当然だ。我が認めた主だぞ。
「あんた、じゃなくてユウ」
「ん? あぁ、ユウか! あー、じゃあユウ、本当のこと話したら頼みたいことも聞いてくれる?」
「内容によるけど」
「はは、まあそうだよな」
力なく笑い、レンはここでは話せないから、と、再び街の外に連れ出した。人目のない森の中に。
「まずは、と」
そう言うとレンは魔導具らしきものを取り出し念じた。するとレンの髪の色、瞳の色が変わった。
茶色の髪と瞳だった姿が白金色の髪と菫色の瞳に。短髪だった髪も襟足が肩くらいにまで伸びた。
「まさか行方不明の王子様……?」
ユウはレンの姿を見ると言った。
「ん? よく分かったな。名はアレン・ロード・エルザイアだ」
あぁ、あの王都で聞いた噂話の王子か。
「あー、そっか、こんなところに一人でいるってのが行方不明騒動になってる原因だね」
ユウはそう言うと苦笑した。
「まあな、巷で俺が行方不明になってる、とかの噂話は俺も聞いた」
「笑ってる場合ですか。殿下? は何でこんなことを……」
「話は長くなるかもな。敬称はいらんぞ。呼び捨てで良い、敬語もなしだ。普段はレンで過ごすしな。態度を変えられると俺が困る」
「姿を変えていたのは、まあ想像通りだろうが、秘密裏に動きたかったからだ。王家に伝わる魔導具で姿を変え、同じく王家に伝わる魔法、隠形の魔法で追跡を躱す。どちらも王家存続のための古くから伝わる魔法だ」
「そんな大変なもの、聞いてしまって良いの?」
「ユウが見破るからだろ」
見破られないと思っていたのか。ユウや我にはすぐに分かるというのに。
「まあそれはいい。俺が王宮を出た理由だが……王宮の不穏な噂も聞いたか?」
「うん。王子行方不明と一緒に。他国に攻め入ろうとする過激派が現れて王と対立しているらしいって」
「あぁ、以前からそういった声も少しは出ていたんだ。だがここまでじゃなかった。近頃は公に口に出すようになってきてな。派閥もどんどん大きくなっていって、王である父も手に負えなくなってきている。さらに城下にまであんなに早く話が広がり出している。急激に変わりすぎている気がするんだ」
「何か異変が起きている?」
「あぁ、俺はそう思っている。だから原因を探るため俺は王宮を出た」
ユウは何やら考えているな。忘れたのか。
『ユウ、王宮の前を通ったとき』
「あ!」
「何だ?」
「以前王宮の前を通ったときに、僅かだけど、魔物の気配を感じたんだ」
「何っ!?」
「いや、ほんとに微かにというか、だからよく分からなくてそのまま忘れてた」
「そうか…」
アレンは考え込んでいるようだ。
「やはり何かしらの力が働いているようだな。以前のような王反対派ならば、父も俺も抑えられる自信はあったが、見えない力とやらに動かされているとなるとな……。俺はそれを何とかしたい。ユウ、手を貸してくれないか?」
「手を貸すと言っても何を?」
「竜の谷に行きたいんだ」
その言葉を聞いてビクリとした。オブシディアンも固まっている。
竜の谷で何をする気だ。
「竜の谷……何をしに?」
「竜の谷には古のドラゴンがいると聞く。そのドラゴンは魔を打ち払う力があるとか。ドラゴンの力を借りたいんだ」
ドラゴン狩りをする訳ではないのだな。オブシディアンも安心したのか緊張を解いたな。
「そのドラゴンに会うために護衛をしろ、ってこと?」
「そうだ。竜の谷には人間は近付けないと聞く。だから行った者もいない。何が起こるか分からない。ユウのように強力な魔導士がいたら安心だ。しかもドラゴンを連れてるしな!」
ドラゴン同士は仲間意識が強いと言う。だからドラゴンを連れているユウならば竜の谷でも受け入れてもらえると言いたいのか。
「そんなに上手く行くとは思えないけど……」
「まあそれはな、上手く行くと信じるしかないな!」




