面倒臭い嫌がらせ
この店で裏方は「見えない妖精さん」だ。
店内へ出ての商品補充はお客様が一組でも店内にいらしたら、やらない。
まぁ、客層と商品的に普通のスーパーみたいに山盛りに商品を積んでおかなければならないようなことは無いんだけど。それにコンビニのドリンク補充みたいに目に触れない後ろから補充できる陳列棚や冷蔵・冷凍ケースもあるし。
だから開店時間中は補充作業はあまりない。
じゃあ何を汗だくになってやってるかと言えば、お取り置き品の整理がメイン。高価なだけじゃなくレアリティの高い商品も多いから、その日は絶対に買い逃したくない事情がある会員様からのリクエストにお答えするのだ。無理や出来ませんは回答の選択肢に無い。
それでも特売日に人が押し寄せる普通のスーパーとは別世界な店なので、そもそも一日あたりの来店数も少なく、よほど会員様のホームパーティーでも重ならない限り、忙しさは途切れる。
つまり、新人への労役ネタが尽きる。
そして女王サマから直々にお言葉を頂いた。「バックヤードを理解するために心を込めて全部掃除をするように」と。
狙い通りだ。ニヤリ。
この店にはほぼ死角が無いほど監視カメラと集音マイクが仕掛けられている。何しろ従業員用はトイレと更衣室にすらあるからね。トイレの個室内は映さないけど小声の会話が聞こえる精度の集音マイクは仕掛けられている。で、更衣室では映っちゃマズイ下着姿にならないように申し渡されている。扱っている商品の高額さと、それ以上に高額で取引できてしまう顧客情報のために「事故」が起きないよう徹底しているそうだ。
だけど、「ほぼ」だ。死角がゼロではない。
第二応接室。通称VIPルーム。
取引先や取引先候補、本部から来た重役が案内されるのは第一応接室。普通に豪華なお部屋だ。ここにはカメラも集音マイクもある。
だが、第二応接室にはカメラも集音マイクも無いし、防音で窓も無い。
第二応接室には「記録に残しちゃいけない特別なお客様」をお通しする。社長にざっくり訊いてみたら、「国内にいないはずの人が多いかな?」 とぼかされた。まぁ、いないことになっていても生きてる限り食べたり飲んだり日用品を使ったりするもんね。
鎌倉店は一号店なので第二応接室は存在しているが、現在は閉鎖され使われることはない。用途が絶対に失敗を許されない系だから、社長の目が届いている場所でしか稼働させないのだそうだ。第二応接室使用の予約は社長に直接来るものだし。
そんな現在開かずの間なはずの鎌倉店の第二応接室だけど、第二応接室使用者専用の出入口から第二応接室までの通路にも記録を残してしまうような機材は一切無い。
悪いコトに使いたくなるよねぇ。
調べに行きたかったけど、裏方の従業員がフラフラ向かったら迷子の言い訳が苦しい場所だった。「バックヤード」で表す範囲は店ごとにまちまちだ。売り場以外の作業場だけを指す店もあれば作業場と倉庫を指す店もあり、事務所を含めた「従業員以外立入禁止」の場所すべてを指す店もある。だから「バックヤードを理解するために心を込めて掃除する」範囲が第二応接室付近でも言い訳が通る。見咎められて叱責されても初回なら「店以外全部だと思ってましたスミマセン」を言い通せば、疑念は持たれてもそれを理由に解雇はできない。命令したのは女王サマだし、一応私は会員様の縁故採用だしね。
清掃用従業員が使う掃除道具は専用の機械なんだけど、私が渡されたのは腰を屈めないと使えない箒とチリトリと雑巾。「ありがとうございます」とオドオドしながら受け取って、内心ニヤけながらイザ出陣。
嫌がらせ内容が幼稚すぎて女王サマが何をしたいのか本当に理解できないけれど、ふうふうと汗をかきながらお掃除。自分が垂らした汗は雑巾で拭きながらヨロヨロと監視カメラの範囲を進み、たまに腰を伸ばしてトントンと叩いて疲労感を演出。
監視カメラの方角から視線を感じるからご観覧中なんだろう。侮蔑の感情もしっかり伝わって来る。
そのままヨタヨタと掃除を進めて行き、腰を伸ばしてトントンして汗を袖で拭ってヨロリと壁に手をつけば、あら不思議。隠し通路へご案内〜。
さて時間との勝負だ。見てたならすぐにここに駆けつけるだろう。その前に「仕事」だ。
鬼の形相の女王サマが忌々しげな店長を伴って駆けつけた時には、必要な作業を終えた私が半泣きで元の場所に戻ろうと壁に縋っているシーンになっていた。
自分で命令したくせに女王サマからかなり叱責されたけど、女王サマの命令は監視カメラに映って記録されてるし、社内規則に抵触する暴言を吐かせるのは得策ではないと分かっている店長が不本意そうな顔で取り成すから、気持ちが収まらない女王サマは怒りで顔色が紫になっている。恐ろしい形相だ。すごいすごい。
元の場所に放り出された私は掃除終了を告げられ、冷凍倉庫内の検品を命じられた。
冷凍倉庫に籠もらせるのは食品系の店や工場だと割とポピュラーな嫌がらせだ。普通に体壊すから嫌がらせの域を超えたリンチなんだけどね。鍵をかけて閉じ込めたわけじゃないし出て来るなと命令したわけでもない、という言い訳が通ってしまうのが常態化してるけど、心理的に逆らえないように追い詰めてから上司や先輩の立場で「冷凍倉庫内の検品」を命じられたら「全商品の検品を終えるまで出て来れない」のを命じた方は分かっているのだから実際には殺意がある。なかなかに悪質な命令の一つだ。
冷凍倉庫内にも当然監視カメラはある。けど集音マイクは無い。冷凍設備の音が集音マイクと相性が悪くて付けられなかったそうだ。
映像の方は後から確認するとして、音はリアルタイムで聞いておこう。耳の中に仕込んだ受信機を奥歯のスイッチで調整。スパイ映画みたいなことをしてるけど、別にこれらの装置を購入するのに免許みたいなものは必要無い。物騒だね。
さっき隠し通路にインしてから女王サマと店長が駆けつけるまでの間に、隠し通路の数カ所と第二応接室の中に隠しカメラと盗聴器を仕掛けておいた。第二応接室の鍵は社長から預かっていたから簡単なお仕事でした。まぁ、無くてもアレなら開けられたけど。
社長が来ると警戒した店長がビッタリ張り付いてるから自分で仕掛けることができなかったのだと、超高性能の機材をポンポン渡してくれたので、きっと映像もクリアなものが撮れているだろう。音声も非常にクリア。
女王サマが口汚く悪口雑言で私を罵っているのがよく聴こえる。それを宥める店長。ついさっき隠し通路に異物が入り込んだから、ちゃんと警戒して当たり障りの無い感じの宥め方だ。
おや、乱れた足音と店長の慌てた声に解錠してドアを開けて閉める音。
いくら店長がデキる小物でも女王サマの精神年齢が低すぎる。自分の感情を制御することができない35歳児だ。
どうせ監視カメラの無い隠し通路だったんだからボコってもよかったでしょ、どうしてちょっと厳しく注意するくらいも止めるのよ。などとご立腹でブチ切れていらっしゃる。
万が一を考えて貴女のためなのです、などと宥める店長だが女王サマは益々ヒートアップ。
どうしてあたしの思い通りにしちゃいけないとか言うのよ! あたしのこと好きなんでしょ⁉ なんでも言うこと聞くって言ったじゃない‼
だそうですよー。やっぱりそういう関係だったんだねー。
ボロを出しまくる女王サマだが店長は躱しまくる。音的には映像に期待だな。それぞれのセリフの途中に配偶者に誠実では無さげな音が混じっている。けどキスやハグじゃ離婚事由に使えるほどじゃないからなぁ。
氷点下の倉庫内で黙々と検品作業をしながら段々とげっそりしてくる。
なんでこんな出歯亀なことやってるんだろう。全力で「仕事」はしているけど、襲い来るコレジャナイ感は否めない。
この仕事、早く終わらせたい。
ちなみにこの店で倉庫内の検品作業など本来は無い。全部電子データで管理されてるから。むしろ体温36度の人体が長々と冷凍倉庫に入ったり冷凍商品に触れる回数が増えるのは望ましくない。電子データで完全管理出来るシステムを整えたのは品質管理のためだから。だからこの指示に嫌がらせ以外の意味は全く無いんだよね。本当に幼稚な女王サマ。
あぁ、店長も諦めたみたいだ。素敵な証拠が出来上がっているのを楽しみにしているよ。