面倒臭い女王サマ
いよいよ直接の面通しとなったわけだが、社長夫人は一言で簡潔に表せば「クズ」だ。「クソアマ」でもいい。
店長に連れられての初対面の挨拶は当然のように返って来ない。問題を起こすスタッフはマトモな挨拶ができないという型にでもはまっているのだろうか。私が調査に入る先では同様の現象がよく起きる。
社長夫人は私と同じ日本人の三十代女性の平均身長だが、裏方用従業員のはずなのに力仕事ができるとは思えない13センチのピンヒールを履いてるから目線は高い。なのに下から舐め上げるようにジットリと半眼で睨み上げて鼻だけで嘲笑してきた。コレの笑顔に惚れたと言っていた社長に腕のいい眼科の紹介状を書くように綺羅乃小路に伝えたい。
ちなみに女王サマへのご挨拶は下賤の女は2メートル以上離れて敢行した。店長に「ここまで」と止められたからね。店長は女王サマの隣まで侍りに行ったよ。
他の従業員にも紹介されたけど、ここは女王サマの御国。女王サマの態度を見ている臣民の皆さんから、私は最下層の扱いをして良い対象としてここでは認識された。
紙面で従業員のデータは目を通していたけど、実際に目の前に並べられると従業員の平均年齢が不自然である印象が強まる。
女性従業員は、私と女王サマ以外は全員50代以上だ。しかも裏方と清掃だけ。いくらハイスペックな経験者を採用しているからだと主張されても説得力は無い。実際ハイスペックな人はいないのだから。
表に出して接客させる従業員は見た目も重要視され、接客スキルや商品知識の他に語学力とセレブ相手に会話が詰まらないトークスキルも必要。と表向きは言っている。接客担当は小綺麗な20代後半から50代前半の男性だけで固められている。ただし本当に有能だろうという男は一人もいない。本当に有能そうな男が来たら店長が弾くのかもしれない。
女王サマの臣民たちは、女性は確実に女王サマが下に見れる外見と経歴で、男性は完全に女王サマの支配下にいることになっているようだ。あくまで女王サマ視点からだけど。
店長が宰相みたいな位置か? 実質王配みたいな。
社長が従業員の入れ替わりによる問題発生を調査した時に何も見つからなかったのは、フロアに店長が常駐して接客をフォローしているからのようだ。
店長は一応デキる小物だからな。社長直々のスカウトだったそうだし。
接客担当の男たちの半分は英語が流暢に喋れるようだけど、帰国子女だから「英語は」話せるだけだ。日本語だと敬語も丁寧語も怪しいし商品の漢字が読めない。もう半分は、どう見ても元ホストのオジサンと、接客経験者のようだが日本語以外はカタコトなオジサンに分けられる。
日本語が怪しい接客担当はお客様が日本語で話しかけるとニコニコしてるだけだし、元ホストぽいオジサンたちはトークスキルと高級品の知識はあるけどホスト臭が強くて、女性客をエスコートしてきた男性客が眉をひそめている。一番マトモに仕事しそうな日本語以外カタコトオジサンたちは、常にビクビクしながら胃のあたりを押さえながら接客。
それらのフォローに店長が奔走するんだけど、まぁ確かにデキる人だね。今のところクレームが発生することは無いみたいだ。このままだと遠からず何か起きるとは思うけど。
裏方や清掃に従事する従業員は悲愴な顔で黙々と作業。この店には死角がほぼ無いくらい監視カメラや集音マイクが仕掛けられているのを彼ら彼女らも知っているのだろうか。
はっきりと言われたことが無くても、女王サマの悪口を陰でコッソリ言った臣民が処刑されたなんて過去があったのかもねぇ。怯えようが結構すごい。
そんな彼ら彼女らは、女王サマに怯えているから女王サマに媚びたいのだろう。朝に紹介されてからずっと、「若いからできるでしょ」「若いのに仕事が遅い」「若いんだから早くして」などと手が空く暇もなく仕事を押し付けられている。その様子を女王サマは専用の豪奢なソファに足を高く組んで座り、侍女役と執事役みたいな従業員に傅かれながらティーカップ片手に眺めている。
途中から私が「若い」ネタで攻撃されるのが私がここで一番若いことを強調するようで不快になったのか、口元を隠して侍女に何事か耳打ちすると枕詞が変更された。「デブのくせに」「デブだから」などのデブネタにだ。
ここまでの状況だけで、特殊な性癖でも無ければ百年の恋も冷める人間性だが離婚事由としては使えない。
法定離婚事由には5種類あるが、その内2つは今回は用意できないだろう。「配偶者の生死が三年以上明らかでない」と「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがない」を今から用意しようとしても離婚までに時間がかかりすぎる。
となれば、明確な不貞行為の証拠を挙げるか、配偶者からの悪意の遺棄の証明、もしくは婚姻を継続し難い重大な事由を認められる必要がある。
この内、悪意の遺棄で行くのは難しいだろうから、残りの2つに絞っての調査になる。
社長夫人だからと店での従業員に対する横暴な振る舞いは、決して褒められたものではないが、女王サマは侍女や執事に耳打ちするだけで、実際にアウトな文言で攻撃してくるのは臣民たちだ。
口元を隠す手がずれて読めた耳打ちの内容は、命令ではなく不快を表す感想に過ぎない。「汗が見苦しくて不愉快」とか「一生懸命アピールがウザい」とか。
耳打ちされた侍女や執事が臣民に女王サマがご不快になられていることを告げに来ると、意を汲んだ臣民たちは「汗ぐらいかかないように動きなさいよ、みっともない」とか「一生懸命やってるように見せかけて仕事できないの許してもらおうなんて性根が腐ってる」というセリフに変換して私に突き付ける。
素晴らしきかな女王サマ万歳。
この辺の入れ知恵は店長だろうな。
私がわざとモタついてみたりコケそうになってみたりすると、女王サマは直接怒鳴りつけたくて唇がピクピクしてるし。
社内規則に抵触する文言を証拠として取られないように警戒しているんだろう。店長が。女王サマは突付いて煽れば綻びが出そうだけど、店長ガードが堅い。
それにしても、この幼稚なお遊戯会めいた出し物はいつまで続ければいいんだろう。
私なら恥ずかしくて、あの女王サマ役は御免こうむる。酔っ払っていても無理だ。後から思い出したら羞恥で死ねる。
商品が積み上がった薄暗いバックヤードに不自然に運び込まれた似つかわしくないロココ調のソファ。そこに裏方用ユニフォームに似合わないピンヒールを履いて必要以上に高く足を組む日本人体型な足の長くない三十路の女。傅く侍女と執事も大真面目な顔をしていても着ているのは裏方用ユニフォームだし、所作や姿勢が本物の侍女や執事と程遠い。座りながらこちらを見下すために鼻穴が見えるように顎を上げて、演出なのかたまに気怠げに手の甲で自分の顎を撫でる。
笑いを堪えるのに全力を要するコントである。
笑いを堪えつつ私は、クビになるような失敗は避けて、安心して蔑むことができる対象であるように小さなミスをちょいちょい起こしてはビクビク平謝りして汗を拭く。汗で落ちる化粧じゃないからガンガンかけるけど、この仕事が終わるまでに絶対痩せそうだ。
女王サマも飽きずによく眺めているなぁ。朝から同じようなシーンの繰り返しなのに。こっちは女王サマの観察が飽きてきたんだけど。
うん。やっぱり面倒臭い。




