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面倒臭い小物

 私は無事「縁故採用」されて、目的の鎌倉店に裏方用従業員として潜入を果たした。


 以前、綺羅乃小路の紹介で関わった、先進医療に特化した病院を世界規模で展開する病院経営者一族の奥方からの縁故採用だ。奥方はこのスーパーの開店当時からの会員で鎌倉店も利用している。鎌倉店だけ雰囲気が変わったことには気付いていたからと快く協力してくださった。

 と言ってもセレブな奥方の血縁者ではなく、奥方の運転手の一人である「佐藤さん」の姪ということになっている。遠方に嫁いでいたが離縁されて地元に戻るも既に両親は鬼籍に入り頼る人もいない哀れな女、という触れ込み。

 この年齢になると、独身を貫いてますという履歴よりもバツイチの方が身軽なのに溶け込みやすい。


 私は仕事の時に、依頼人から別人の身分を用意されていない限りは自前の本物の個人情報を使う。その方がボロが出ないし詮索もされず、姿を消した後で忘れられやすいのだ。

 まぁ、履歴書はバカ正直に書かないけど。持ってる免許や資格を全部書いたら怪しすぎるし職歴も当たり障りないものしか書けない。住所は仮宿のもので電話番号は今回限りの番号だ。そして写真は変装後のもの。


 今回は目的が通常と異なるから、いつもはやらない「本来の体より動きにくくなるような変装」をしている。

 いくら長年の会員様からのお願いというルートを通しても、自分が女王サマだと思っている社長夫人は自分より若くて美しい女の採用を認めないだろう。直接お願いされる店長が社長夫人を言い包めることを期待するだけじゃ初手で躓きそうだ。

 だから「哀れな女」で触れ込み、履歴書の写真は「小太りなのに貧相な地味女」に変装して撮影した。

 撮影時はメイクと照明と含み綿と肉襦袢で人物像を作り上げたが、生でご対面するに当たり、一週間前から洗髪時にトリートメントを省き、一度わざと乱雑にカットした眉毛を放置して伸ばして準備。当日は肌質を悪く見せる化粧に含み綿で顔を整え、寸胴ぽっちゃりに見える特殊スーツを下着の下に着込んだ。かなり暑いし動きがもたつくのでノロマで汗っかきになれる。含み綿で声と喋り方もモッタリしていい感じだ。


 社長夫人は現在35歳で本物の個人情報を使っている私は現在31歳。4歳「若い」となると、見た目年齢を老けさせるだけでは足りない。

 見苦しい肥満と言うほどではないが太っている、醜悪と言うほどではないが残念な容姿、不潔ではないが美容に予算が割けない貧乏臭さ、不幸な家庭環境に恵まれない現在の立場。

 そんな「引き立て役としてだったらギリギリ近くに存在して妾の視界に入ることを許してやるぞえ」みたいな、自分が絶対勝者になれる要素を欲しがるタイプなんだよね、この社長夫人。詳細にもたらされたデータからのプロファイリングだけど。万能感に酔って知性と羞恥心を失った精神年齢の低い狭い世界の女王サマ。そんな感じの人。


 読みは当たって履歴書のみでスンナリ採用。試験の類が一切無かった。


 店内の事務室でオドオドした態度を心がけながら店長から様々な説明を聞く私。

 店長の印象は「デキる小物」だ。

 事業を成功させている社長への賛辞を口にしながら、滲み出る劣等感まみれの嫉妬に憎悪。初対面の冴えない低学歴な女だからと気を抜いて本心も本性も隠しきれていない処が小物臭ぷんぷん。某有名私大の卒業生なのが自慢らしいからねぇ。私の履歴書にある学歴は取るに足らないものに見えるだろう。社長からもらったデータでは、店長は学歴主義者でエリート思考のようだ。


 規則に注意事項、店内設備や追加の提出書類まで説明が終わり、私が主に従事する作業内容も伝えられた。まぁ、扱う商品が食品や日用品にしてはブッ飛んだ高級品なだけの雑用と力仕事要員だ。

 そして最後に「特別な注意事項」が伝えられる。


「社長の奥様に嫌われないようにね」


 わざとらしく大仰におどけた口調で告げられた内容を、どう受け取りどう動くかは自分で判断しろということだ。

 この口調でこの程度のセリフでは、録音していても店長と社長夫人を追い詰める材料には使えない。小物のくせにデキるから面倒臭い。


 店長は社長と同じ四十代だが社長より三歳年上。店長と社長は出身大学が同じだが、店長は一留した学部卒で社長はストレート主席卒業の院卒。

 同年代とは言え年下で、同じ学舎に通ったことがあるのに手の届かない出来の良さを周知されている身近な同性。しかも自分は雇われている側だ。

 小物店長としては自分の劣等感を慰撫するためにも「社長夫人」を寝取りたかったのだろう。その「社長夫人」が社長の寝首を掻くのに使えるなら更に良い。


 社長が妻の不倫相手と確信している店長が、社長夫人に情を持っているかが分かりにくいな。愛情ではなくても、同情でもなんでも人間味のある好意に分類可能な感情を社長夫人に持っているのか。それとも利用するだけの存在で人格を認めていないものなのか。

 それによって「社長の妻の瑕疵」の引き出し方が変わるからなぁ。

 小物だから私への警戒が不足して社長へのマイナス感情が漏れているけど、デキる小物だから一番ヤバい爆弾である社長夫人との不倫関係は絶対に匂わせないような気もする。社長が調査会社を入れたのに証拠が出なかったくらいだし。


 ああ、面倒臭いなぁ。

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