そんなことをすれば海が汚染されるぞ!
巨大なタルを十個ほど並べ終えたアルは、労働で流した汗を袖で拭う。
「……ふぅ。かなり、重かった」
「何持ってきたんだ、アル? ……うわ、このタル表面にドクロマークが描いてあるんだけど」
どう見ても危険物が入っています、みたいなタルだ。
問われると、アルはふふんと胸を張る。
「私の、秘策に、必要なアイテム。毒ガス大タル」
「毒ガス大タル……ああ、起動させると周りに毒ガスをばらまいて一帯を猛毒ゾーンに変えるアイテムか。……いやそれがなんでエクサロドンを釣り上げる秘策に?」
「証を入手するには、それを飲み込んでいるエクサロドンを、倒せば、いい。ならば、釣りあげなくとも、倒しさえすれば、良い」
「釣り上げなければ倒せないって話では?」
「そこが、アホの頭脳の、限界。発想が、貧困」
「アホ言うな」
「水中の、敵を、倒す方法は、いくらでも、ある。水面から、射撃したり、魔法を、撃ち込んだり」
「まあ不可能じゃあないけどな……水の中にはエクサロドン以外の魚影もある。どれが目標かわからないのに、片っ端から撃とうとするのは効率が悪いだろ?」
「単体攻撃では、無理。しかし、範囲攻撃なら、いけるはず」
「範囲攻撃?」
コクンとアルは頷き、毒ガス大タルを撫でる。
「これを、海に、投下。この中の、毒薬を、海中にばらまき、あたり一帯を、毒の海に変える」
「なるほどー、毒を流してエクサロドンを含む水中の生物を全滅させようってことですねー! 一度に多くの魚をとるなら完璧な作戦ッスねぇー! 海がガンガンに汚染されるって点を除けばよォー!?」
実際、海や川に麻痺毒なんかをまいて魚を痺れさせ、水面に浮かんできたところを獲る、という漁法も存在するらしい。
が、そんなことをすれば海が汚染されるぞ! ってことで、近年ではだいたい法律で禁止されているんだとか。
そんな環境に厳しい外道漁法を、アルは仮想世界で実行しようとしているのだ。
発想が最悪すぎる。
しかしアルはにへらと笑う。
「仮想世界の、海なんて、死の世界で、いいんだよ」
「よくねえよ!? 魚が死滅したら周りの釣り人さんたちも迷惑するでしょ!?」
と、近くで釣りをしていたプレイヤーが会話に割り込んでくる。
「毒の海でしか釣れない魚もいるんで大丈夫ッスよー」
「魚が釣れればなんでもいいの!?」
「仮想世界の水辺はどんなに汚しても問題ないッスよ」
「マナー最悪だな仮想世界の釣り人! え、海洋汚染漁法に反対してるの俺だけ!?」
困惑していると、エンネアが俺に同意してくる。
「そうだよ! カネツグの言うとおりさ! 毒で海を汚染する必要なんてないよ!」
「良かった俺以外にも常識人がいた!」
「スーサイド・ドローンを海に飛び込ませ海中で総員自爆! 爆発の衝撃で水中の魚を全て気絶させ浮かんできたところを捕獲! こっちの方が効率的さ!」
外道戦術の対抗策として外道戦術をぶつけてきやがった。
「まともに釣ろうとか考えないんですかキミたち?」
「だってまともに釣ろうとしてたら釣り人プレイヤーに勝てるとは思えないし?」
「勝てば、よかろう」
「げ、外道ォーッ!」
エンネアとアルは仲良く邪悪に笑う。
んもうこの子たちったら。
「ま、ここはボクらに任せてよ、カネツグ。今は釣り担当のアカツキさんもいないし」
「イノピカと、せーさんが、来る前に、ケリを、つける。見てな」
「どうなっても知らないぞー……?」
不安だ、悪行には相応の報いが返ってくることもあるというのに。
後ろ髪を引かれつつも、俺はその場を二人に任せ、ペスカのところに移動する。
ペスカは、水しぶきもあたらないくらいに水辺から離れた場所で待機していた。
「おかえりツグ兄ー、二人ともどうするって?」
「アルは海に毒を撒いて魚全滅させる作戦、エンネアは海中で爆弾を爆発させて魚を捕る作戦」
「それは……心配になるね……」
「よかった妹がまともな感性で」
「サメ映画だと海に何かするのは死亡フラグだよ……」
「うちの妹、サメ映画基準の感性しか持っていなかった」
ペスカは真面目な顔をして、桟橋の上で色々とやってるアルとエンネアを見ている。
「サメ映画だと魚を乱獲したり海に何かを捨てたりするキャラはだいたい死ぬんだよ、マジで。これまでに101作のサメ映画を見てきたウチのデータではね」
「サメ映画じゃなくてオンラインゲームです……」
「まあ、そうなんだけどさ。……うーん、なら、なんというかな、ウチのサメ感がやべぇと騒いでいるのさ」
「そんなサメ限定の霊感みたいな能力を身につけるな。……確かに、不安にはなるけどさ」
俺たちの不安をよそに、アルが毒のつまったタルを次々と海に蹴り込んでいく。
少しすると、水面が紫色に染まり始めた。
死んだ小魚がぷかぷかと浮かび上がってくる。
続いて、エンネアが召喚したスーサイド・ドロイドを海中へ飛び込ませた。
しばし、何事もなく。
「オーダー! 総員炸裂!」
エンネアが命じた直後、水面に複数の水しぶきがあがった。
スーサイド・ドロイドたちが自らの役目をまっとうしたのだろう。
合掌。
水しぶきが収まれば、やはり小魚がぷかぷかと。
しかし、小魚だけだ。
エクサロドンらしきものは浮かび上がってこない。
「やっぱ、毒とか爆発とか効かない設定なのかもな」
おとなしく釣れ、というのが、開発の想定する攻略法なのだろう。
俺はそう考え、おとなしくアカツキたちを待とうと、その場にしゃがんで一息。
しかし、俺の隣で、ペスカが青ざめた顔をして震えていた。
「ど、どうした?」
「……ウチの第鮫感にビンビンと反応。海の中から、海の中からヤバイのが」
「マジで対サメ限定霊能力者みたいなこと言い出さないで?」
俺のセリフは、妹の耳には届いていないらしく、
「……来るっ!」
直後、海面が大きく波打った。




