きまじめにんげんせいがいは。
「おっと」
そのまま倒れては頭をぶつけてしまいそうだったので、俺は慌ててせーさんの身体を抱きとめ、ゆっくりと地面に寝かせた。
砂と石でゴツゴツした地面だと寝にくそうなので、なんとなく膝枕で。
……男が膝枕することってある? しかも男性アバター相手に?
現在のシチュエーションに違和感を覚えつつ、俺は熱を出した妹を看病する時と同様に、せーさんの額に掌を当てる。
「……いや、アバターが体調不良で熱とか出さないよな」
「……あの、カネツグさん、本当に大丈夫、もう動けますから」
「だまらっしゃい! 病人はみんなそう言うんです! うちの妹が遠足当日に風邪をひいた時もそうだった!」
「びょ、病人というわけでは。ゲーム内ですし」
「体調を崩している人なんてみんな病人なんですぅー! ……まったく、どうしたっていうんですか、せーさんらしくもない。いや、せーさんらしさを語れるほど長く一緒にいるわけでもないですけど」
せーさんがパーティに加わってからまだ数日しか経っていない。
ただ、その程度のつきあいでもせーさんが賢い人だというのはなんとなくわかっていた。
少なくとも、ゲームで徹夜して体調を崩すような人ではないはず。
俺の問いかけに、せーさんがぽつぽつと答え始める。
「……期待に、応えなければと思ったんです」
「期待?」
「カネツグさんも、みなさんも、私に期待していました。私が、エクサロドンを釣り上げることを」
「そりゃあ、せーさんならできるかもと思っていましたけど」
「ならば、その期待に応えないわけにはいきません。人の期待を、裏切りたくないんです。だから、できるだけ早く、この島に来て、なんとしても、エクサロドンを、釣ろうと」
「いや期待を裏切るとかそんな……」
生真面目すぎる、この人は。
出会ってまだ数日の俺たちからの期待にバカ真面目に応えようと、体調を崩すような無茶をして。
……もしかして、こんなことを繰り返してきたのだろうか?
どこかのパーティに加わるたび、その凄まじいプレイヤースキルを存分に発揮して、仲間たちに期待され。
その期待に応えようとどんどん無茶をして、あまりに無茶ばかりするから仲間たちは面倒を見きれなくなって、彼女をパーティから追い出して。
そういえば、せーさんを紹介するという話になった時、カレンが「ちょっとした問題がある」と言っていた。
男性アバターを使っているけれど中身は女性という性別の話なのかと思っていたが、違うのだろう。
病的なまでの生真面目さと責任感こそが、せーさんの問題点。
きっとカレンはそのことを言おうとしていたのだ。
まったく、なかなかの問題児を紹介してくれちゃって。
俺はその問題児に、あらためて向き合う。
「……確かに、俺はせーさんに色々と期待しました。せーさん、すごいですから、色々と。戦闘に関しては凄まじいし、はじめてやる釣りもすぐにコツを掴むし。色んなセンスが天才的なんだと思ってました」
「て、天才だなんて、そんなことは。私は……」
「ええ、天才じゃないと思います。バカです、たぶん。天才ならもっと気楽に器用に立ち回るでしょう」
「うっ」
「そうやって無茶をするから、どこにも受け入れて貰えなかったんだと思いますよ」
「……どういう、ことですか?」
「例えば、せーさんが俺に何かを期待したとします。俺はその期待に応えるため死ぬ気で頑張って、その結果、体を壊して寝込んでしまいました。どう思う?」
「それは……嫌です。自分のせいで、自分が期待したせいで、誰かが壊れてしまったら、とても辛い」
「そういうことですよ。周りが心配になるほど、生真面目すぎで、ついでに頑張り過ぎなんだよ、せーさんは。ええと、つまり」
俺は少し考えてから、今までも何度か口にした言葉を、あらためて彼女に伝える。
「……気楽にやろうぜ?」
せーさんは言葉を受け止め、少しだけ考え込む。
目をつむり、静かに思案し。
やがて考えがまとまったのか、彼女は再び目を開く。
「……いいのでしょうか、気楽にやっても。そのせいで、期待に応えられなくても」
「俺は構わん! 釣りに関してなら、せーさんがダメでもアカツキが釣り上げるかもしれないし。戦闘だったら、そこそこ強いヤツが六人も揃ってるんだ、一人がちょっと手を抜いたとして、それで負けるほどやわじゃない。それに何より」
「?」
「ここはゲームの世界、遊びの場です。そりゃ、遊びであっても本気でやるべき時はあるかもしれないけど……基本は、無理せず気楽に楽しむべきです。俺はそうしてる。せーさんもそうなってくれないと――」
うちのパーティでは面倒を見きれない、そう言いかけて、やめた。
生真面目な性格を変えろ、そうしなければパーティを追い出す、なんて、脅迫するみたいでなんか嫌だ。
だから代わりの言葉を考える。
……ここで気の利いたカッコいいセリフを思いつく語彙力が欲しいんだけどなあ。
俺の頭では、カッコいいセリフなんて思い浮かばなかった。
仕方がないので、思いついた言葉でせーさんを説得する。
「――――そうなってくれないと、うちの妹がダメ人間になっちゃうから……!」
「……へ?」
「せーさんにはまだ言ってなかったと思いますけど、ペスカ、あいつ、俺の妹なんですがね。せーさんがなんでもかんでも一人でやっちゃうと、あいつそれにおんぶにだっこでどんどん楽することを覚えて……最終的にはぜんぶせーさん任せのダメな子になっちゃうから……! 教育に悪いから……! だからうちの妹の教育のためにも、せーさんにはもうちょっと気楽にやって頂きたい……!」
「い、妹さんの教育のため、ですか……」
「だ、ダメですか!? やっぱりうちの妹はダメな子路線で突き進んだ方がかわいいと思いますか!? ぶっちゃけ俺もちょっとくらいダメな妹の方がかわいいとは思うんですけど……!」
「……カネツグさんって、もしかして、シスコン、というものなんでしょうか?」
「ちーがーいーまーすー! 兄なら当然の妹に対する甘さなんですー! 俺はシスコンではなくごく一般的なお兄ちゃんですー!」
「そうなんですか? 私にも妹はいますが、姉妹ではなく兄妹だとそんな感じに……」
たぶんどこの兄と妹も同じ感じだと思う。
ともかく、俺の言葉を聞いたせーさんは、弱々しくくすりと笑う。
「……ふふ、そうですか。私は、教育に悪い、ですか」
「…………怒りました?」
いいえと、せーさんは首を横に振った。
「模範的であると言われたことはありますが、教育に悪いと言われたのは、はじめてです。……そっか、私、気づかないうちに、そんな人間に」
「あ、あんまり気にしないでくださいね!? 俺ごときが完璧超人気味のせーさんに意見するなどおこがましかったといいますかなんというか!」
「そこまで自分を卑下なさらずとも。……カネツグさんの意見は、正しいと思います。私は気負いすぎていて、そのせいで周囲に迷惑をかけていたのかもしれません」
せーさんは深く息を吐く。
「……カネツグさん、私ね」
「なんですか?」
「自分で言うのもどうかとは思うのですけれど……良家の娘なんです」
本当に、自分で言うのはどうかって感じの告白だった。




