徹夜は健康によくないぞ!
たまーに、やたら早くに目覚めてしまうことってありませんか?
特に用事があるわけでもなし、騒音で飛び起きたわけでもなし、ただなんとなく早起きしてしまうこと。
その日の俺がそれだった。
時計を見ればまだ朝の5時。
日も登りきっていない時間帯に目を覚ましてしまった。
「……二度寝するほど眠くもないなぁ」
起きるにも半端、寝るにも半端。
こんな時にゲーマーはどうするか?
ゲームをするんです。
俺はFDVRゴーグルを頭に装着、椅子に腰掛けゲームスタート。
UNOにログインすると、仮想世界も夜明け前だった。
基本的に、UNO内の時間と現実世界の時間はリンクしている。
現実世界が7時ならUNO内も7時、現実世界が21時ならUNO内も21時だ。
ただ、昼夜に関しては必ずしも一致しない。
現実世界でも季節によって日の出や日の入りの時間帯が違うように、UNOでも季節によって朝や夜の時間が変わってくるのだ。
その昼夜の時間のズレっぷりが半端ではない。
ある時期だと6時から18時まで太陽が出ており、昼の時間帯も現実世界とほぼ同じ。
しかし別の時期は18時から次の日の6時まで太陽が出ており、現実とゲーム内で昼夜が逆転した状態になる。
これはゲームにログインできる時間が限られるプレイヤーへの配慮としてそうなっているらしい。
例えば、とある忙しいサラリーマンは会社が終わった後の20時から23時までしかゲームにログインできません。
現実とゲーム内の昼夜が完全一致しっぱなしだと、そのサラリーマンは夜のUNOでしか遊べないことになってしまう。
だがゲーム内と現実の昼夜が逆転していれば、夜しかログインできないサラリーマンでも昼間のゲーム世界を楽しめるのだ。
このシステムが、夜にしかログインできないので朝にしか出現しないエネミーと遭遇できない、朝しか遊べず夜限定のイベントを楽しめない、といったプレイヤーの救済策となっている。
それでもリアル生活との兼ね合いで、どうやっても特定の時間帯限定のイベントを遊べない、というプレイヤーが出てきてしまうのだが、100万人が遊ぶゲームで全てのプレイヤーにちょうどいい昼夜時間を設定をするのは不可能だろう。
さて、今の時期はゲーム内と現実の昼夜がほぼ一致する季節だ。
リスポーン地点はグランマーレ、朝の潮風に頬を撫でられながら、俺はフレンドリストを確認する。
さすがに今の時間じゃ誰もログインしていないだろうとは思いつつ、
「……あれ?」
フレンドが一人だけオンライン。
せーさんだ。
こんなに朝が早い人だとは。
さすがサムライ、健康的。
感心しつつ、俺は耳につけた通信機でせーさんとの回線を繋ぐ。
「せーさん? 起きてます?」
『……あ、あら、カネツグさん。おはよう、ございます』
「おはようございます。……なんか具合が悪そうなんですけど?」
どこか苦しそうな、疲れの色が滲む声。
『大丈夫、です。問題、ありません』
「あ、あんまり大丈夫そうに聞こえないなぁ……?」
ちょっと様子を見に行ってみようと思い、俺はフレンドリストでせーさんの現在位置を確認する。
セイガイハ、現在位置、”牙の島”。
……牙の島?
見間違いかと思った。
「せーさん、なんだかせーさんの居場所が牙の島ってなってるんですけど」
『はい。そこにいますよ』
「えっ!?」
牙の島とは、海の上に浮かぶ孤島らしい。
そこに行くには船に乗る必要がある。
しかし夜だとNPCの所有する船は運行していない。
自分で船を調達するか、あるいは他のプレイヤーが所有する船に乗せてもらうかしなければ、夜中に海を渡ることはできないのだ。
NPCの船が運行開始するのはこれからのはず。
しかしせーさんはすでに牙の島へ渡っているという。
どうなっているんだ?
「せーさん、船とか持ってたんですか?」
「いいえ?」
「それじゃ船を持ってる知り合いが?」
「いませんよ?」
「……ど、どうやって海を渡ったんですか?」
俺の疑問に、せーさんは当たり前のようにこう答える。
「泳ぎました」
「は!?」
耳を疑った。
確かに、UNOでは水中を泳ぐことも可能ではある。
川を泳いで移動したり、海に素潜りして海産物を採取したり、水中に沈んだダンジョンを探索したりと、この水泳のシステムを利用する場面もわりと多い。
泳いで海を渡ることも可能っちゃ可能だ。
ただ、アバターの泳ぐ速度は現実の人間が泳ぐ速度とそんなに変わらない。
船を使って移動するような距離を泳ぐとなると、相応の時間がかかる。
それと、強靱な精神力も必要だ。
疲れを知らないアバターの身体といえど、何時間も海を泳ぎ続けるというのはなかなかに過酷。
泳いでの長距離移動に挑戦したプレイヤーは、ほとんどが道半ばで精神的に疲れ果て、溺れてしまう。
また、運が悪いと水中に潜むエネミーに襲われHPが0になり死亡、なんてケースも少なくない。
泳いで海を渡るというのは、時間と精神力と運をたっぷりと消費してようやく成功するような、無茶苦茶な行為なのだ。
だというのに、せーさんはそれで牙の島まで渡ったのだという。
流石に、「すげぇ」よりも先に「無茶苦茶だ」という気持ちにしかならない。
というか、
「せ、せーさん、何時からログインしてたんですか? 泳いで海を渡ったのなら何時間もかかっただろうし……」
「え、と、昨日、みなさんが解散した後も、ずっとログインしていました。確か、12時ごろから泳ぎはじめて、牙の島に到着したのが、夜中の4時で」
「徹夜で4時間も泳ぎっぱなし!? そりゃ体調が悪くもなりますよ!?」
「だ、大丈夫です。現実世界で、泳ぎ続けるのとは、違いますから」
「FDVRでアバターを動かしているだけでもそれなりに疲れることはどっかの研究で証明されているんですー! と、とにかく早く合流しないと……!」
「本当に、大丈夫です、から」
「大丈夫ならもうちょっと大丈夫そうな声で言ってくださいっての!」
なんにしろ、せーさんがヤバそうだ。
俺は港へ向かい、ちょうど運行開始した船へと飛び乗って、大慌てで牙の島へと向かう。
……慌てたところで船の進む速度は一定なのだが。
波に揺られておよそ30分、船は件の牙の島へと到着。
俺は砂浜に桟橋がかけられているだけの簡素な港を素通りし、島の外周をぐるりと回るルートを走る。
マップとせーさんの座標とを照らし合わせながら、早朝の水辺を駆け抜けて――いた!
「せーさん!」
俺の声が聞こえたか、釣り竿を手に海と向き合っていたせーさんが、のろのろと首を動かす。
「あ、あら、カネツグさん。朝早く、から、ご苦労さまです」
「俺よりよっぽどご苦労さまな人がなにいってんの!?」
声の時点で体調が悪そうだったせーさんだが、実際にあってみると想像以上にヤバい感じだった。
UNOの感情表現機能によって、剣客アバターの顔色は中の人の体調を反映しひどく青ざめている。
目の下にはクマまでできており、徹夜でホラーゲーム十作品連続タイムアタックとかやってた時の俺みたいな顔になっていた。
俺はせーさんから釣り竿を取り上げる。
「あっ……」
「没収! 体調を崩すまでゲームやってちゃダメでしょ!?」
「で、ですが……あうっ」
直後、何かの糸が切れたのか、せーさんの身体がゆらりと傾く。




