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 クラスメイトの誰にも教えていないはずの、UNOでの私の名前。


 その名を九鬼丸さんが口にしたことで、私は軽いパニック状態に陥る。



「わ、わた、わたしは、えと、その、なんで……!?」



 そんな私の反応で、九鬼丸さんは答えを得たらしい。



「あはは、わかった。やっぱり東雲さんなんだね、アカツキの正体は」



 いまさらどう誤魔化せばいいのかわからないくらいに、彼女は私のもう一つの顔を看破していた。


 なら、認めるしかない。



「……ええ、そうです。私がUNOでのアカツキです。何が目的? お金?」


「へ?」


「だ、だって! あなた、私を脅す気でしょう!? 私が仮想世界であんなコスプレみたいな格好をして遊んでいるのをみんなにバラすぞって! バラされたくなければお金を寄越せとか!」



 絶対に、現実世界のクラスメイトなんかには知られたくなかったのだ。


 あんなアニメのヒロインみたいな格好のアバターで遊んでいるなんて!


 知られれば、真面目で冷静な子として築き上げてきた私のイメージが壊れてしまう。


 それに間違いなく、同年代の女子にはあんな格好で遊んでいるなんて恥ずかしいとか笑われる……!


 九鬼丸さんもこの恥ずかしい秘密をネタに私をゆするつもりで呼び出したに違いないのだ。


 ……そう考えたのだが。



「い、いや、そういうのじゃないよ。そういうことがしたいなら……仮定の話だけど、現実の方で着替えてるところをドローンを利用して盗撮、下着姿の写真を確保、とか、そっちの方が効果あるだろうし」


「まさか持ってるの!? 私の下着姿の写真!?」


「持ってないです! ごめんボクが余計なこと言って話をこじれさせた! 本題に戻すよ! ……まず、ボクのことも教えないとね」



 姿勢を正し、改まってから、九鬼丸さんはぺこりとお辞儀。



「はじめまして、ではないけれど……、はじめまして、アカツキさん。ボクが”エニグマ”です」



 エニグマ。


 名前を聞いて私の思考がフリーズした。


 それはUNOでの私の仲間の名前であり、カネツグと仲の良いフレンドの名前であり、そしてボクなんて一人称だからずっと男性だと思っていた相手の名前であり。


 えっと、つまり、”エニグマ”は”九鬼丸はてな”で?



「…………女の子だったの、エニグマさんって!?」


「あはは、いや、そうだよね、驚くか。性別がわからないように……、どちらかといえば男の子っぽく振る舞っていたわけだし」


「な、なんでそんな……」


「色々と思うところがあってね。やってるうちに引っ込みつかなくなっちゃって……この話はあとでいいかな。ともかく、ボクがエニグマ。それを頭において、話を聞いてくれたら嬉しいです」



 そう前置いてから、エニグマは――九鬼丸さんは、ぽつぽつと語りだす。



「えっと、まずボクがUNOを初めた理由から、なんだけど。……確かめたいことがあったんだ」


「確かめたいこと?」


「うん。ボク、ものすごく顔が良いでしょ?」


「そこまで自信満々に言う?」


「あはは、言っちゃうよ。ボク、顔にだけは自信があるから。それでね、この顔のおかげで昔っから人気者だったんだ。男の子も女の子もボクのことを好いてくれたし、大人だってボクを褒めてくれた。今でも変わらず、さ」



 彼女の顔が良いのは事実だし、そこまでハッキリ言われると嫌味さもない。



「だけど、気になったんだ。この顔がなくなったら、外見を抜きにしたボクはどの程度の人間なんだろうって。それが知りたくて、別人になるためにFDVRゲームを始めたの。UNOを選んだのは、プレイヤー人口が一番多くて、アバターの外見も幅広く設定できるから」


「確かに、別人の姿になった上で多くの人の評価を知りたいのなら、適切な選択だと思うわ」


「でしょ? でもオンラインゲームって男性比率が高いから、可愛い女性アバターを使うとそれだけでちやほやされちゃうでしょ? かといって極端に醜いアバターを使ってもそりゃ嫌われるに決まってる。ボクはボク自身の中身の評価を知りたかったから、可愛くも醜くもなく、男でも女でもない、正体不明の顔なし機人さんになった」



 私はエニグマに顔がなかった理由を知る。


 九鬼丸さんの求めた”好意”も”嫌悪感”も抱かれない無個性特化のアバター、それがエニグマなのだ。



「それからしばらく、普通にゲームをやってたんだ。……ずっと一人だったよ。ボクは自分から人を誘えるほどコミュニケーションが上手じゃない。ボク自身のゲームの腕は最悪、戦力にならないから誰かに誘われる理由もなし。ちょっとは外見抜きの自分にも自信があったんだけどね、そんな自信が木っ端微塵さ。顔が良いだけで、ボク自身はなんでもない、ただの無。突きつけられたその現実がキツすぎてね、一時期はマジで自殺とか考えちゃってたよ」


「あっけらかんと恐ろしいカミングアウトをしないでほしいのだけれど!?」


「あはは、ごめんごめん。無論、当時のボクにはキツかったってだけで、今は気にしていないよ。……ボクを救ってくれた人もいるしね」


「救ってくれた人……あっ」



 それは、ずっと一人だったエニグマと、フレンドになってくれたプレイヤーのことだろう。



「カネツグのことかしら?」


「そ。色々あって、カネツグがボクのフレンドになってくれた。一緒に遊んでくれるようになった。顔のないボクでも認めてくれた。おかげで悩みもじわじわ回復、現実でも仮想世界でも絶好調だった」


「……だった?」


「うん。こっからが本題、ボクの今の悩み」



 九鬼丸さんが、暗い顔をする。



「ボク、カネツグの正体を知っちゃった。カネツグが現実世界でもすぐ近くにいる人なんだって気がついちゃった。このままだと、いつかきっと近いうちにエニグマの正体がバレてしまう。そうしたら、ボクはきっと嫌われちゃう。……う、うぅ、ど、どうしよう」



 暗い顔どころか、彼女はポロポロと涙を流し始めてしまう。


 ……まずい、なんだか私が彼女を泣かせてしまったような構図になっている!?


 周囲には誰もおらず、図書準備室の向こうに司書の先生がいるくらいだが――それでもいきなり誰かがやって来て、この現場を目撃してしまうかも。


 学校での私は真面目な良い子で通しておきたいのだ、いじめっ子なんて評価がついた困る。


 私は慌てて彼女をなだめた。



「く、九鬼丸さん? 大丈夫? と、とりあえず泣き止みましょう?」


「ひっく、ひぐ。ぼく、カネツグ、大事な友達で、嫌われたくない。でも、一緒、いたら、いつか、正体、ばれちゃう。もう、一緒、に、いられない。ぐすっ。もっと、ずっと、一緒に、いたいのに。どうすればいいか、ひぐっ、わかんないの」


「わ、わかったからひとまず泣き止んで!? はいこれハンカチ!」


「う、ひぐっ、ありがと……」



 九鬼丸さんは私のハンカチでごしごしと顔を拭う。


 涙はひとまず収まったらしいが、化粧が崩れてしまっていた。


 元がいいので化粧が薄いのが不幸中の幸い、これで厚化粧だったら大惨事だっただろう。


 ……化粧の心配は置いておいて、私は彼女に確認する。



「ええと、つまり、九鬼丸さんはカネツグの正体が八坂兼続だと知ってしまった」


「うん」


「あまりにも近くにいるので、このままだとエニグマの正体が自分だとバレてしまうかもと不安になった。バレたら嫌われるかもしれないから」


「うん」


「だからバレないよう、ひとまずカネツグから距離を置いている。ゲームにログインしないことで、かしら?」


「うん」


「けれど本当はカネツグと今まで通り一緒に遊びたい。それで、どうすればいいのかわからなくなって、ゲーム内と現実、両方でのあなたたちを知る私に相談してきた。そういうことでいいのかしら?」


「だいたいは。ぐすっ」



 そういえば、ここ一週間ほどエニグマさんの姿を見ていなかった。


 釣りに集中していたのであまり気にしていなかったが……なるほど、そういう理由。


 確かに、ゲーム内で会わないでいれば”現実世界の彼女”と”仮想世界の彼女”との共通点――仕草や言葉遣いなど――に、気づかれにくくなり、正体も隠しやすくなるだろう。


 しかしそれではもう一緒に遊べない。


 本当は一緒に遊びたいのに。


 でも正体がバレたら嫌われてしまう、やはり一緒に遊べなくなってしまう。


 ジレンマだ。


 これを解決する方法は……と、考えようとして、ふと彼女の理論に違和感を感じる。



「……ねえ、質問してもいいかしら?」


「なに?」


「どうして正体がバレると兼続に嫌われるの?」


「ふぇ? それは、だって。……ボク、ずっと、男の子っぽく、エニグマをやってきたんだよ? だから、ずっと、カネツグを、騙していたんだ。騙していたことが、バレたら、きっと、怒らせるし、嫌われる。でしょ?」


「え?」


「え?」


「…………考えてみてほしいのだけれど、あなたの友人はそれくらいのことで怒ると思う?」


「……どう、だろう。わかんない」


「イメージしてみましょう。男だと思っていたフレンドが実は女の子だったと知ったカネツグ。良く言えばバカ、悪く言えばクソバカのあいつがどういう反応を返すか? ……間違いなく、三年間も正体を隠すとかなんかカッコいいな、俺もやろうかな、とか言うわよ?」


「さ、流石にそんなに単純なわけ……」


「ないと言い切れる?」


「……いえない」


「なら前提が崩れるわ。正体を知られてもあなたは嫌われない。だから、正体がバレたところで、何の問題もないんじゃないかしら?」


「…………で、でも、それでも、万が一、ボクのことを知って、カネツグが、怒ったら。それが、怖いの、ボク」


「確かに兼続が怒る可能性も絶対にないとまでは言い切れないし、リスクを回避したいのなら黙っておいた方が確実ね」


「う、うん。けど、それじゃ、一緒に遊べなくて……」


「ええ。だからもう、私に言えることはないのよ。あなたが安全策を取ってカネツグと一緒に遊ぶのをやめるか、いつ正体がバレるかとビクビクしつつ一緒に遊び続けるか。……あるいは、あいつのクソバカっぷりを信じて正体をバラし、隠し事をなくした上で今後も付き合っていくか。これからどうするかの選択肢を提示することはできるわ。でも決めるのはあなた。それだけよ」



 私の言葉に、九鬼丸さんは沈黙し、俯いて、考え込む。


 あとは彼女次第。


 話は終わりだ。


 強いて言うことがあるとすれば、



「……エニグマのフレンドとして言っておくけど」


「え?」


「あなたがいないと少し困るわ、パーティメンバーが減ると色んなことの効率が落ちるもの。だから、あなたが安心して復帰するためなら、兼続と話し合う時、かげながら見守っておく、くらいのことはしてもいい」



 ……こういうのは私のキャラではない。


 らしくないことを言っている気がして、私は顔を赤くしてしまう。


 それを見て、九鬼丸さんは少しだけ表情を明るくした。



「……あはは。ありがとう。それじゃ、その時は、お願いしようかな」


「……重ね重ね言っておくけど、見守るだけよ」


「うん」



 彼女の笑顔は、同性の私ですらもドキッとしてしまうほどの愛らしさだ。


 ……これだから顔のいいヤツは!


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