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登校日!

 登校日ってなんであるんでしょうね。


 夏休み中にわざわざ学校に呼び出さなくてもいいじゃないかと八坂兼続さんは思うわけです。


 ペスカ――奈緒がBDRに優勝した次の日、俺は眠い目をこすりながらリビングで朝食をもしゃもしゃ食べていた。


 テーブルの反対側に座る天音が、ちょっと厳しい顔で俺を急かす。



「もう少し急いで食べて。登校時間に間に合わなくなるわ」


「朝に弱い人間はどれだけ美味しい朝食でも食べる速度はゆっくりになるんですよ……」


「お、美味しい、ふふっ………じゃなくて、しゃ、喋る暇があったら口を動かす!」



 怒りつつ、天音は顔を赤くする。


 そこまで怒らんでもいいじゃないのと思いつつ、言われた通りに口を動かし、完食。



「ごちそうさま」


「お粗末さまでした。……ほら、かばんを持って。行くわよ」


「はいはい。そんじゃ母さん、奈緒、行ってきます」


「行ってきます」



 目の下にクマを作り、瀕死の状態で朝食を食べていた母と妹は、手をひらひらと振って俺たちを見送ってくれた。


 学生鞄を片手に、靴を履いて登校開始。


 8月の空はどこまでも青く晴れ渡り、太陽光がさんさんと降り注ぎ、



「……暑い」



 そう、暑い。


 爽やかな朝とか言える状況じゃない暑さだ。


 朝にも暑さにも弱いもやしっ子の俺はともかく、天音ですらも今日は気だるそうにしている。


 彼女は服装でスイッチが切り替わるタイプなので、いつもなら制服を着ている時はもっとキリッとしているのだが。



「さすがに辛いわね、この暑さは。汗が……」



 天音は手で後ろ髪をかるく流し、うなじに風を通そうとする。


 髪が長いと夏場は本当に大変そうだな……。


 少し歩いただけなのに、白いシャツにも汗がにじみ始めていた。


 そこでふと思う。



「……そういえばさ、白いシャツって濡れると下着が透けるって話を聞いたことがあるんだが」


「何よ、いきなり」


「いや、実際に女子の下着が透けてるの見たことないなと思って」


「あなた夏場はそういう目で周りを見ているの?」


「ばっ!? ちげーし!? 奈緒に借りた漫画でそういう話があったから気になっただけだし!?」


「思春期か」


「思春期じゃねーし! 反抗期だし! バリッバリの!」


「あなたが小春さんに反抗してるとこ見たことないんだけど」


「ばっかおめー、俺がこの三年間に何度、嫌がる母さんを無理やり――」



 天音は知らないのだ。


 彼女が家にほとんど来なくなっていたこの三年間、俺がどれほどのことをしていたのか。



「――朝に起こしてきたと思っていやがる!?」


「ただの良い子じゃない!」


「いやもううち全員が朝に弱いから俺が頑張らないと完全に社会生活ムリってなるし……父さんは相変わらずいつ帰ってくるかわからないし……なのでまたお前が来てくれるようになってマジで助かってます。まともな朝食も食えるし」


「私も母さんに少し八坂家のこと気にしてやってくれってお願いされているからね。……放っておくと死にかねない水槽の熱帯魚のような一族だからって」


「否定できないのが悲しい」



 母さん、ちゃんと見てないと仕事に集中しすぎて気づいたら数日断食状態とかやらかすしな……。


 俺と奈緒もご飯を作るのが面倒で一週間コンビニ弁当で済ませたりすることあったしな……。


 エサを定期的に貰わないと死ぬ辺り、確かに水槽の熱帯魚。


 ”東雲の飼い犬”という昔の嫌なあだ名、今にして思うとわりと的を得ていたのかもしれない。



「ダメ人間になっていく気がする……!」


「気づけただけでも大したものよ。……それで、何の話だったかしら。そう、シャツが濡れても下着が透けないって話だったわね。単純よ。みんな、下にインナーを重ね着したり、透けにくい色の下着を選んでいるだけ。最近はYシャツ自体も改良されているしね。インナーを着けず、おまけに派手な色の下着を選ぶ、なんてことをしない限りは大丈夫なの」


「派手な色の下着……黒のT」



 ボソッと呟いた直後、天音が額に青筋を浮かべてものすごい顔でこっちを睨んできた。



「脳細胞ごと記憶を滅ぼされたくなかったら忘れなさい?」


「はい! 忘れます! ごめんなさい! 顔が近い! 怖い!」



 泣きそう。


 メデューサってたぶんこんな顔してると思う。



「……まったく。どうでもいいこと話しながら歩いているせいで遅れそうだわ。少し急ぐわよ」


「はい。頑張って歩きます。マジでごめんなさい」



 そんなこんなで、ちょっと急いだおかげで遅刻せずに済んだ。


 およそ二週間ぶりに足を踏み入れた教室は、夏休み前と変わらぬ景色。


 誰も来ていない二週間で大きく様変わりしていたらそっちの方が怖い。



「あ、東雲さん……と、八坂くん。おはよー」


「おはようございます」


「おはよ」


「あ、東雲……と八坂、おはよーおひさー」


「おはようございます」


「おはよ」



 クラスメイトたちと軽く挨拶。


 なんか俺の扱いが天音のおまけみたいになっている気がする。


 実際、クラス内での立ち位置は、その外見と真面目な生活態度から委員長の異名を持つ優等生の天音と、その他モブ生徒の俺みたいな感じなので、そうなるのも仕方ないのだが。


 仲が良いと言えるほど親しい友達も天音しかいないしな。


 ……ぼっちじゃないですけどね!


 頭の中で主張しつつ、俺は天音の隣の席に座る。


 と、俺の前の席に座っていた女生徒が、くるりと振り返りかわいらしく話しかけてきた。



「おはよう、八坂くん。元気にしてた?」


「おはよう九鬼丸さん。夏の暑さで死にそうです……」


「あはは、すっごく暑いからねぇ。東雲さんもおっはー」


「ええ、おはようございます」


「相変わらずクールだねえ、東雲さんは」


「普通にしているだけですよ」



 見ようによっては冷たいとも思えてしまうような天音の対応にも特に気分を害すことなく、女生徒は人懐っこい笑顔を浮かべて、愛らしく言葉を紡ぐ。


 俺たちに話しかけた以外にも、近くを通る生徒に男女問わず愛嬌を振りまいていく。


 さすが、雑誌でモデルなんかやっている人はコミュニケーション能力もすさまじい。


 完全運命性のくじ引きによる席替えにより、俺の前の席に座ることとなった彼女。


 その名を”九鬼丸はてな”という。

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