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本番に弱い人。

 やば。


 胃がキリキリしてきた。


 わたくし八坂奈緒ちゃん――いまはペスカちゃんだけど――は、とにかく本番に弱いのです。


 グマさんの作戦は何度も確認した。


 今だって、その作戦に従いスタート地点では最後方で待機中。


 ルート選択、みんながどう動くか、ぜんぶ覚えてる。バッチリ。


 愛車・スクアロJ9のボディを撫でる。


 鮫肌を意識した表面はちょっぴりザラザラしているのだが……ライダースーツだと手が覆われていてわかりにくいなぁ。


 ともかく、調整は完璧。バッチリチリ。


 何より、ウチには仲間がいるのだ。


 ツグ兄、ツキ姉、グマさん、アルっち――レース中には、みんながウチを助けてくれる。


 全ては万全、だから恐れることなんてなにもない、と、行きたかったんだけど。


 ……やっぱり緊張するもんは緊張するって!


 ほんと苦手なの、テストの本番とか、合唱コンクールの本番とか、とにかく何事も本番ってやつが。


 ああもうマジで嫌だ、この世の全てが練習だけで終わればいいのに。


 そんなことを考えながら、ウチはお腹を抑えてため息を吐いていた。



「――あーら! 景気の悪い顔をしていやがりますわねえペスカさん?」



 突然、少女漫画のお嬢様みたいな口調で話しかけられる。


 聞き覚えのある声だ、イヤというくらいに。


 露骨に嫌そうな表情を形作りながら、ウチはそいつの方を見た。


 くるくるとロールさせた金髪が目を引く、白と青のライダースーツを着た女アバター。


 そいつはウチのスクアロJ9とよく似たデザインの青いバイクに跨っている。



「…………いたんだ? ルカ」


「さっきからずっとここにいましてよ!? あからさまにわたくしを無視して!」



 相変わらずうっさいなぁこいつ。


 彼女は”ルサルカ”、私と同じスピードを愛する”レーサー”だ。


 たびたびあっちこっちのワールドで同じレースに出場し、最速を競い合ってきたライバルでもある。


 ……うわこれがライバルとか超イヤなんですけど。


 訂正、ウチが走るレースに必ずいるストーカーである。


 ルカはウチの態度が癪に障ったらしく、こっちに人差し指を突きつけキーキー喚く。



「今日もわたくしが勝ちますからねッ! 無様に敗北し遙か後方で泣きわめくがおよろしいですわ!」


「今日もとは言うけどさー、ウチとアンタの対戦成績、86戦中52勝でこっちが勝ち越してるからね?」


「誤差! 1000本勝負と考えればたかだか86戦中の52勝など誤差でしてよ!」


「1000回もアンタと勝負する気はねえよっ!」



 まったく、相手してると疲れますぜこの女。



「……にしても、アンタも出場してるとはね、このレース」


「R0にレース系コンテンツがあると知ればいずれあなたもやってくると踏んで、ここ数週間毎日エントリーしていたのです。わたくしの予想通りになりましたわね」


「ウチ、妨害ありのレースって好きじゃないから理由がなければたぶん来なかったけど?」


「んな!?」


「ま、理由があるから出場してるんだけどさー? ……しかし、そっか。あんたもいるのなら、マジで負けらんないっすわ、このレース」



 ルカと話しているうちに、気づけば胃痛が収まっていた。


 どうやらウチは、絶対に負けたくない相手との”勝負”でなら、いつもの調子が出せるタチらしい。


 戦闘民族かっつーの。


 何にしろ、彼女のおかげで本気が出せそう。


 ちょっとだけ感謝してやるのもやぶさかではない。



「……さんざんウチに偉そうな口をきいた挙げ句にスタート直後に事故ってリタイアなんてなったらオメガかわいそうだから忠告しとくけどさ、スタートの瞬間は目を瞑っといた方がいいっすよん?」


「は?」



 ルカは怪訝な顔をしていたが、直後。



『――っと、ついにスタート30秒前! 選手諸君、心の準備はできているか!? 出来てなくても始まっちまうけどな!』



 スタートが近いことを伝える実況の声を聞いた瞬間、彼女は表情を引き締め、フルフェイスタイプのヘルメットを頭に被る。


 ……よくあの毛の量がヘルメットに収まるよね。


 ゲームだからっちゃその通りですけど。


 他人の髪の毛のことはどうでもいいか。


 私も額にのっけていたゴーグルを下ろし、スクアロJ9のハンドルを握りしめ、前傾姿勢に。



『レーススタート10秒前! 9、8,7!』



 周りのマシンもエンジンをふかしたり、あるいは馬が蹄で道路をこつこつと鳴らしたりと、スタート地点は音で溢れ、どんどん賑やかになってくる。



『6、5、4、3!』



 ちらりと高架道路周辺のビルを見る。


 仲間を優勝させるために、出場選手に妨害行為を仕掛けようと準備している外野のプレイヤーたちがちらほら。


 その中にはウチのお兄ちゃんのアバター――カネツグの姿も。


 ツグ兄は、両手に大量のボールみたいなものを抱えている。



『2、1!』



 スタートの一瞬前、ツグ兄がボールを盛大にばら撒いた。


 それは建物の上層階から重力に引かれて落下し、スタート地点に降り注ぐ。



『BDRゥ、スタートォォォォォォォォォッ!』



 レースが始まったその瞬間。


 ツグ兄がばら撒いた無数のボールが――フラッシュグレネードが炸裂し、世界を白一色に変えた。

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