ヒロインは最初に敵対しているくらいが一番かわいいんですよ!(性癖)
衝撃の賞金一億円イベント開催告知から一夜が開けて、土曜日である。
休日のUNOが昼間から賑わっているのはいつものことだが、その日の騒がしさはいつも以上――と見せかけて、俺とエニグマがテーブルを囲む昨日と同じ酒場には、人の姿が殆どなかった。
「人が少ないなあ……?」
「そりゃそうだよ」
エニグマは眼鏡をかけた知的っぽい顔の絵文字をモニターに表示させ、金属の人差し指をくるくると回す。
「昨日のなんとかばすたーふぇすてぃばる……”MBF”の告知があってから、賞金狙いのプレイヤーは我先にと新ワールド……惑星R0だっけ? に、行ってるよ。そのせいで、特にここみたいな戦闘系コンテンツがメインのワールドは閑散としちゃってるね」
「一番最初にラスボスを倒したヤツが一億円、だもんな。本気で狙うなら行動が早いに越したことはないか」
「そうそう。で、カネツグはどうするのん?」
「どうするって?」
「一億円狙いにR0に行かないのかなって」
「近々、R0に行く気はある。せっかく新ワールドが実装されたんだし、早く遊んでみたいのがゲーマーのサガってヤツだ。一億円は取れたら嬉しいとは思うけど……こっちは厳しいな」
「えー? カネツグの実力ならわりと行ける気がするんだけどなぁ? 課金アイテムが無効化される上に全プレイヤーゼロスタート、完全公平な実力勝負だぜー?」
「ところがどっこい、全プレイヤーが同条件というわけでもないのだよエニグマくん」
俺はエニグマのマネをして、人差し指をくるりと回しながら、
「まず、人脈の差がある」
「人脈?」
「持ち物やキャラの能力がゼロになっても、交友関係がゼロになるわけじゃない。で、例えば俺の場合、いま組んでいるフレはお前だけだろ?」
「うん」
「となると、協力してR0を攻略するとして、戦力は二人。一方でこのゲームの大手ギルドともなると、所属人数は軽く三桁に届く」
「三桁の人海戦術には勝てないかぁ。っていうかカネツグ、ボクの想像以上にフレ少ないね」
「少ない言うな! フレンドリストにはお前の他にも二人分の名前があるんだからね! ……話を戻して、二つ目、リアル事情の差だな」
「リアル……あぁ、そっか。平日夜と土日しかUNOで活動できない学生や社会人じゃ、いつでも好きなだけログインできる暇人より攻略が遅れるって話だね」
「そうそう。プレイ時間が確保できないとなると、まあ勝ち目は薄いだろうな」
「……ふと思ったんだけど、カネツグってリアルだと学生さん?」
「高校生です」
「中学二年生かと思ってた」
「どういう意味だ」
「べっつにぃ? ともかく、それならボクと同じだね。ボクも高校生だからさ。つまり――」
「俺たち二人とも平日昼間に活動できないってことだ! 本気で一億を狙う連中にそんなんで勝てるわけないってな!」
「うーん、言われてみると平等っぽい条件でもなんらかの有利不利が働くものなんだねぇ」
「そう。だから俺たちじゃ一億円は厳しい。最速攻略レースは、俺たちにはあまり関係のないイベントだよ」
というか、殆どのプレイヤーにとっては賞金獲得など夢のまた夢。
最速攻略レース”MBF”は、一部のガチ廃人以外には無意味に等しいイベントなのだ。
……いや、無意味でもないか。
一億円を賞金とするオンラインゲームの話は、今朝のニュース番組で報道されるくらいに世間的な話題になっていた。
そのため、ゲームに興味のない一般の人々でもUNOの名を知ったはず。
一億円を手にするために――そうでなくとも話題のゲームを遊ぶためにと、今朝の家電量販店にはFDVR機器を求める人たちが開店前から長蛇の列だったとか。
話題になればプレイヤーが増えて月額課金の収入アップ、スポンサー企業も増えて広告収入なんかもドン。
賞金一億円で一億円以上の利益が出ると考えて、運営はこの大胆なイベントを企画したのだろう。
かしこい、とは思いつつ、
「そんなわけで俺たちは一億円に惑わされずのんびり活動しようと思います」
「あいあい、じゃあもうちょいダラダラしてからR0に行ってみる?」
「そのつもり。あ、お前が一億円争奪レースに加わりたいっていうなら、そっちにあわせて急行しても良いぞ?」
エニグマは首を横に振る。
「別にいいや。一億円は無理だろうし。それにカネツグと同じく、ゲームはだらだら楽しく遊ぶ派だからね、ボクも」
「フッ、気の合うフレンドだぜ。そう、基本的にゲームは自分のペースで無理せず楽しく遊ぶのが一番だ! たまに無理しなきゃならないこともあるけどな!」
と、俺がヌルゲーマーの信条を熱く語っていたら、
「……そう、競争に参加するつもりもないの。私の不戦勝かしら?」
不意に。
聞き覚えのある声が、俺の聴覚に突き刺さった。
椅子に座ったまま背後を振り返り、声の主を見る。
一言で言うと女騎士だ。
綺羅びやかな黄金の鎧を身に纏う、鮮やかすぎる金髪をなびかせた女性アバター。
リアルなら絶対人間の腕力じゃ扱えないだろってくらいバカでかい大剣を背負っており、なんというか中世ファンタジー系のアニメに出てくるヒロインの一人という感じ。
ゲームの世界だからこそ存在を許される外見可憐な美少女騎士は、そりゃあもう冷たい目をしてこちらを見下ろしている。
俺が彼女の名を呼ぶ前に、エニグマがその名を口にした。
「プレイヤーネーム”アカツキ”、またの名を”フォーハンド”だったかな。かなり名のあるお方ですけど、なになに? 知り合いなの、カネツグ?」
「ああ、知り合いっていうか――」
「昔の相棒よ」
吐き捨てるように、アカツキは俺たちの関係を言葉にした。
エニグマはモニターにビックリマークを表示し、マジカヨ、と小声で呟く。
「カネツグ、すごい人脈あるじゃーん。協力をお願いしたら一億円争奪レースいいとこいけるんじゃない?」
「無理ッ」
「お断りッ」
俺とアカツキは同時に否定を口にする。
「いまさら私と組む気なんてないでしょう? カネツグ」
「そっちもこっちと組もうなんて思ってないだろ? 脳筋」
「誰が脳筋だ!? 滅ぼすわよ!? ……ああもう、相変わらず! ええそうね、組む気はないわよ!」
「はっ! じゃあこんなところに用事もないだろ! 帰れ帰れ!」
「そうさせてもらうわ! たまたま通りかかった場所で! たまたま知った顔を見かけたから! 気まぐれに声をかけただけだし! 私は早くR0を攻略しなきゃだし! ……さようなら、カネツグ。せいぜいダラダラ遊んでいなさい!」
ムキーッと顔を赤くし言うだけ言うと、アカツキは鎧をガチャガチャ鳴らしながら帰っていった。
俺はその背を見送ってから、ため息を吐く。
「何しに来たんだあいつ……」
「気まぐれに声をかけただけって言ってたよ?」
「いや、たまたま通りかかった場所で、って言ってただろ? あいつは廃課金勢、こんな無課金勢ばっかの酒場を通りかかったりしないだろうさ。つまりわざわざここに来たってことで……さては俺に嫌味とか言いに来ただけだなあの野郎!?」
「随分と仲が良さそうだね?」
「目ン玉バグっていらっしゃる?」
「嫌いな相手にわざわざ嫌味を言いに来たりしないと思うよ? 本気で嫌な相手とか顔も見たくないってなるじゃん?」
「仲が良い相手にわざわざ嫌味を言いに来たりもしないだろう。……しかし、そうか。あいつもMBF、参加するのか」
アカツキは去り際、R0の攻略がどうの、と言っていた。
「……ということは、勝負に乗らなきゃあいつの不戦勝になってしまうのか。なあ、エニグマ」
「なんだいカネツグ?」
「さっきと言ってることが360度変わるんだが」
「カネツグ、360度だと一回転して同じ方向だよ」
「……さっきと言ってることが180度変わるんだが、R0のイベント、参加する気になった、って言ったら」
エニグマはモニターにスマイルマークをぺかーっと光らせ、親指をピッと立てる。
「お付き合いしますぜダンナ!」
「サンキューマイフレンド!」
俺、MBF、参戦決定。
あいつに一泡、吹かせてやるぜ!
TIPS:ヒロイン
英雄的な女性のこと。女性のヒーローの呼び名。
日本の漫画やアニメでは主人公の恋愛対象を指すことが多い。だいたいかわいい。
世界には主人公を刺してくるヒロインもいるとか。怖いね。
なお、この作品のヒロインは全員変人である。
変人から逃れられると思わないでください。