なかよし? 兄妹。
なんやかんやでアルを仲間に加えた直後、エニグマがあっと声を上げた。
「ど、どうしたエニグマ!?」
「明日、ちょっと用事で早起きしなきゃなの忘れてたよ! ごめん! そろそろ落ちる!」
挨拶もそこそこに、エニグマはメニューウィンドウを慌てて操作しログアウト、仮想世界からいなくなる。
時刻を確認すれば、いつの間にやら夜の11時。
「む、もうこんな時間か。ペスカ、俺たちもそろそろ落ちるぞ」
「えー? これから狩りに行こうと思ってたのにー?」
「夜ふかしはお肌に悪いでしょ!」
「へいへーい」
ペスカはぶーぶー言いつつもログアウト処理を始める。
「そういうわけだが、アカツキ、アル、二人はどうする?」
「私もログアウトするわ。少し疲れたから」
「私は、もうしばらく、こっちにいる」
「わかった。今日のところはこれで解散だな。本格的に動くのは明日からだ」
了解、とだけ残して、アカツキもログアウト。
「じゃ、また明日」
「ばーい!」
俺とペスカもアルに別れを告げ、仮想世界を後にする。
視界が暗転。
しばらくしてから、俺の意識は現実世界の肉体へと戻ってきた。
「ふぅー……」
椅子から立ち上がり、体を伸ばしてストレッチ。
凝り固まった体をほぐす。
「……あ、まだ風呂に入ってない」
ゲーム中の熱中症対策としてクーラーを動かしてはいたのだが、座りっぱなしだったせいか背中が汗でびっしょり濡れている。
風呂でこの汗を流してこないと。
そう考え、着替えを取り出そうとタンスをごそごそ漁っていた、その時。
「つぐ兄ぃ、起きてるー? いや起きてるよねこの短時間で寝てたらビビるわ」
コンコンと扉をノックした後、妹が部屋へと入ってきた。
「おっじゃまーしまー」
「ノックだけじゃなく入っていいか聞くくらいしなさい! 俺が着替え中だったらどうするの! 絹を裂くような悲鳴が響いてましたよ! 俺の!」
「それはウチが悲鳴をあげるとこだよつぐ兄……」
「で、どうした、奈緒?」
奈緒は俺のベッドにぽふんと腰掛ける。
それから、足をパタパタと動かし、部屋をぐるりと見回し――と、何かするでもなく、沈黙。
一分間ほど経ってから、ようやく妹は口を開く。
「どうしたってわけでもないけどさー? ありがとね、って」
「な、なんだ急にあらたまって。気持ち悪いな」
「ひっどくなーい? ……ゲームの話だよ」
「なんかお礼を言われるようなことしたっけ……?」
「誘ってくれたじゃん、仲間に」
「それはむしろこっちがお礼を言うことでは……?」
「いや、ね?」
また少し黙ってから、奈緒はぽつぽつと語り始めた。
「ウチさ、ずっとつぐ兄たちに避けられていると思っていたから」
避けられてる、と、奈緒がそう感じていた理由に心当たりはある。
「……俺は、お前が俺たちと遊ぶの、嫌がると思っていたんだ」
昔の話だ。
俺も天音も今よりずっと幼くて、奈緒はそれよりも幼かった頃の、とある夏のお話。
その夏、八坂家と東雲家は合同でキャンプに行った。
川のほとりにテントを張って、バーベキューをしたり、川遊びをしたりの、なんてことはない夏のイベント。
当時、俺は奈緒に冷たい態度を取っていた。
幼い妹ばかりが両親に世話を焼かれて、自分がないがしろにされていると、そう感じていたのだろう。
あの頃の俺にとって、奈緒は目の上のたんこぶだったのだ。
だから俺は奈緒を仲間はずれにして、天音と二人で遊んでいた。
面倒を見るよう、親に頼まれていたのに。
なおちゃんのことをみなくていいのか、と、天音が何度も警告してくれたのに。
泳ぐのが好きだった奈緒は、俺たちが見ていないうちに川の流れが急なところまで行ってしまった。
言うまでもなく、自然の川で幼い子供が泳ぎ回るのには限界がある。
奈緒は溺れた。
最悪なことに、流されていく妹の悲鳴を聞いて、当時の俺が最初に思ったことは「親に怒られる」だ。
クソ兄貴め。
とにかく怒られるのが怖くて、だから慌てて助けようと奈緒を追いかけた。
しかし当時の俺の体力では川の流れに逆らうことができず、兄妹揃って溺れる羽目になる。
後のことは気絶していて覚えていない。
次に目覚めた時には病院のベッドの上。
目覚めてから最初に目にしたみんなの泣き顔が、強烈に記憶に焼き付いている。
罪悪感のせいか胸が痛い――と思ったら、流されている最中に川底に引っかかっていた木の枝に激突したらしく、物理的に胸部を怪我していた。
その時の傷跡は、今でも俺の胸に残っている。
俺にとってそれは、妹を守れないクソ兄貴であった過去を証明する恥の傷跡だ。
同じように、奈緒も背中に傷跡が残ってしまった。
幸い、服を着ていれば見えることはなく、水着でも露出の少ないものならば隠せる位置だが、一生消えない身体の傷であることに変わりはない。
そして、傷は奈緒の心にも。
あの事故の後、妹は泳げなくなった。
水に入ると溺れた時の記憶がフラッシュバックしてしまうらしい。
以前は水が平気どころか、海や川が大好きだったのに。
全て俺のせいだ。
奈緒は、傷に関してはもう気にしていないと言う。
俺が保身のために妹を助けようとして溺れた間抜けなクソ兄貴だったと知っても、助けようとしてくれたことに変わりはないと、奈緒は笑って許してくれた。
できた妹だ、本当に。
おかげで、今では仲の良い兄妹をやれている。
けれど。
「俺たちと一緒に遊んでいたら、お前は、あの時のことを思い出してしまうんじゃないかって、ずっと思ってたんだ。だから、一緒に遊ぼうって言えなかった」
俺の言葉を聞いて、奈緒はくすりと笑う。
「んもー、心配性だなぁ、つぐ兄は。あとついでにあま姉も。奈緒ちゃんがオメガ可愛いからそうもなろうとは思うけどさー? ウチはウチなりに、あの時のことをとっくに乗り越えちゃってるわけですよ。だから……つぐ兄たちが、ウチといたら嫌なこと思い出しちゃうんだろうって。だから避けられているんだろうって、ずっと思ってた。ずっと不安だった」
「……妹を避けるようなクソ兄貴はいねえよ」
「知ってるよクソシスコン。まあ、だから、避けられていたわけじゃないって、わかって良かった。そんで、仲間に入れてもらえて嬉しかった。だからありがと」
なるほど、そういう理由での感謝の言葉。
本当に、俺には勿体ないくらいできた妹だ。
「…………んもう! お兄ちゃん感動して泣いちゃうぞそういうこと言われると!」
というかすでにちょっと泣いてる。
奈緒は釣られて涙を流しつつ、こっちを指差しあははと笑う。
「うわこいつマジ泣きしとる! キモっ! あははっ、はは。あーやべ、真面目な話をしてたら目にゴミが。ぐすっ」
「こっちも泣いとらんわ心のタマネギをみじん切りしてただけだわばーかばーか! ぐすっ」
「ふへへ、はいはい。うん、そういうわけで、お礼を言いたかっただけっすわ。それが終わったらこんなしみったれたところにもうようはねーよ! ぺっ!」
「兄の部屋をなんだと思ってやがる」
「物置! じゃ、ウチが先にお風呂に入っちゃうんでよろしくー。ばーい」
言うだけ言って、目の下を指で拭って、奈緒はぱたぱたと部屋を出ていく。
と思ったら、戻ってきた。
部屋の扉をちょっとだけ開けて、廊下からこちらをじーっと覗き込んでいる。
「聞くの忘れてた。そういえば、なんで急にウチのこと誘ってくれたの?」
「……そういえば、なんでだろうなぁ? まず、お前の力が必要な状況が出来たから? で、俺はゲーム内のカネツグとして行動してたから、いつもより勇気があって? あと、ゲーム内でアバターの姿をしているお前が相手なら、現実世界よりも誘いやすかったのかも?」
「んー、つまりは、仮想世界だからなんとなくいろいろと大丈夫な感じだった?」
「……たぶん?」
「あはは、それなら仮想世界ってヤツに感謝だね」
「だな」
R0を攻略するため、BDRに勝たなければならない。
だからレース系コンテンツが得意な”レーサー”を――奈緒を、仲間に誘う必要ができた。
そういう”必要性”が、俺と奈緒が再び一緒に遊ぶきっかけとなったのだ。
正直、攻略を進めるためにBDRでの勝利が必要とわかった時は厄介にしか感じなかったが、今ではちょっとだけその厄介な進行条件に感謝している。
「奈緒」
「なーに、つぐ兄?」
「明日からよろしくな」
「任せなさい! ……あとウチのシャンプーがなくなってたからコンビニ行って買ってきて? 急ぎで」
「今から!?」
ここで世界の真理を一つ。
兄とは、妹のパシリとなるために存在している生物である。




