そして八坂兼続と東雲天音は元通りのお隣さんに戻るのでした。めでたし、めでたし。
結構な深さのあるカサイBSLを二度も踏破し、おまけにアカツキと全力でやり合ったのだ。
次の日、俺の身体には結構な疲労感が蓄積していた。
学校に行くため起きねばならないのだが、眠い。
つらい。
っていうかもう少し寝ていてもいいでしょう。
俺は再び夢の世界へ。
色とりどりの触手ちゃんがキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスを踊っていた。
銀河の果てのタコヤカズ星系からやってきた神さまを歓迎するための儀式だという。
俺は屋台のディープワンズ焼きを食べながらその儀式を見守って――、
「おはよう、兼続」
……聞き覚えのある声で、意識が一気に覚醒した。
慌てて起き上がり、声の主の顔を見る。
眼鏡に黒髪の委員長顔、学生服姿の東雲天音がそこに立っていた。
俺の部屋の中に。
同年代の女子が。
「きゃあああああああああ!?」
「なによいきなり悲鳴を上げて!?」
「そりゃあビックリするでしょうが起きたら自分の部屋の中に女子おったら! どうやって入った!?」
天音はスカートのポケットから一本の鍵を取り出す。
「ほら、私、小春さんにこの家の合鍵を渡されているから」
「そういえばそうだった……」
東雲天音の母親と、我が母上様は大親友の幼馴染である。
母さんの東雲家に対する信頼っぷりたるや、何かあった時のためにと合鍵を渡しておくほど。
ちなみに”何か”とは、朝に弱い八坂家全員が寝坊した場合などを意味する。
寝過ごして学校とか遅刻しそうになってたら起こしに来てください、ということ。
我が家のことながら、それでいいのか八坂家。
実際、危うく寝過ごして遅刻しそうだったところを東雲さん家の娘さんに起こしてもらっているので……文句は言えねえな!
「さ、兼続。わかったらさっさと起きて」
「わかった。……ちょっと! 部屋から出てってよ! 俺の着替えを見ていく気!?」
「そんなつもりないわよ! 出ていく! いま出ていくから! ……これ、普通の漫画とかだと立場が逆じゃない?」
いまいち納得のいかないという顔をして、天音は部屋を出ていく。
……部屋に異性が居て悲鳴をあげるのも着替えを見られて怒るのも、漫画とかだと女の子の方ですよね確かに。
でも寝顔を見られたり裸を見られたりしたら男だって恥ずかしいのだ。
そんなわけで一人お着替えをして、学生服姿。
部屋を出てリビングへ行くと、天音が朝食の準備をしていた。
「いつも悪いねぇ、うちの母がだらしないばっかりに……」
「だらしなさで言うとあなたも人のことを言えないと思うけど。もう少しで出来上がるから座ってて」
「はーい」
言われた通り座って待とうとテーブルの方を見たら、寝ぼけ顔の我が妹・八坂奈緒がすでに着席していた。
俺は奈緒の隣の椅子に座る。
「おはよう」
「あいおはようつぐ兄……今朝はジンベエザメがお買い得だよ……」
「ジンベエザメはワシントン条約で取引禁止だぞ。なんの夢を見ているのこの子……?」
奈緒の頬をつねって伸ばす。
よう伸びる。
「いひゃいいひゃい……はっ!? こ、ここは!? 今まで見ていたサメのエロ映画は!? あ、おはようツグ兄!」
「ようやく起きたか二度目のおはよう。今日は部活の朝練、休みなのか?」
「うん、休み。今の時期はあんまりやることないしねー」
「プール使えない時期の水泳部って何やってるの……?」
「ランニングとかの陸トレで体力づくりっすわー。陸トレのしすぎで私とかもう陸上部より足速いよ?」
「陸上部が遅いのか俺の妹の足が早いのか」
「たぶん前者。つぐ兄も知ってるでしょ、ウチの学校があんまり部活に力を入れていないって」
奈緒が通っている中学は、去年の春ごろまで俺が通っていた母校でもある。
あの学校は部活に力を入れていないというか、目標を大会などに設定していないと言った方が正しいだろう。
興味を持った生徒が気軽に入部し、スポーツをゆるーく楽しめる場、というのが、あの学校での部活動の位置づけである。
おかげでまったく泳げないうちの妹でも水泳部に入れた。
大会成績重視の学校では、「泳げるようになりたいから」なんて理由で入部しても、才能ある優秀な生徒をサポートするだけの雑用係で三年間終了、なんてことになっていただろう。
「そういえば泳げるようになったのか?」
「ふふーん、ウチの長年の努力を甘く見てもらっちゃ困るよー? なんと……!」
溜めに溜めて、妹はババーンと宣言する。
「水の中で目が開けられるようになりました!」
「やるじゃあないか我が妹!」
「でしょー!?」
いま「長年努力してそれだけ?」とか思った人は兄になる資格はない。
兄失格。兄の屑。魂が一人っ子。来世から出直してまいれ。
実際の成果ではなく妹の努力を褒める、褒めて伸ばす、それが兄の役目である。
「このペースならバタ足で泳げる日も近いかも! 具体的に言うと高校卒業するまでにはできそう!」
「その調子だ! 足がつっちゃうのに気をつけつつ頑張れ!」
「おうともさ! ところでつぐ兄、話が360度ほど変わるんだけどさ」
「うん?」
奈緒はキッチンで作業している天音に聞こえないよう、顔を近づけ小声で問うてくる。
「いつの間にあま姉と仲直りしたん?」
「昨日」
「喧嘩し始めた時も唐突だと思ったけど仲直りも唐突だなこいつ……、まあ良かったよ。おかげでまたあま姉が朝ごはん作りに来てくれるようになったし」
「そういえば三年ぶりだな……」
喧嘩をする前は週1くらいのペースで八坂家全員が寝坊して……じゃなくて、朝食を作りに来てくれていた天音。
彼女がうちの台所に立っているその光景を見て、本当に仲直りしたんだなと実感した。
「……お母さんが朝に作る料理、だいたい焦げてるからキツいんだよね」
「……ジャムと間違えてトーストに豆板醤を塗ったりするしな。お茶と間違えてめんつゆの原液をコップに注がれていた時もあったな。だから天音と喧嘩してからの三年間はコンビニ飯にせざるを得なかった……」
「私もだよコンビニ飯生活。つぐ兄、マジであま姉と仲直りしてくれてありがとう……!」
「俺も仲直りして本当に良かったと思い始めている……! すばらしきまともな朝食……!」
と、兄妹でひしっと抱き合っていたら、三年間の朝食暗黒期の元凶ががリビングへやって来た。
地面を這いずりながら移動する女性は間違いなく我らが母・八坂小春。
呪いのビデオを見ているとテレビ画面から出てくる怨霊みたいな動きだ。
そのままずるずると移動して、テーブルを挟んで俺たちの向かい側の椅子によじ登る。
「おはよう、母さん」
「おっはよー」
「おはようございます、小春さん」
俺たち三人の挨拶に、母は言葉なくゆらゆらと手だけを振って答えるのだった。




