竜退治にはもう飽きてそう。
「におう、におうぞぉ~? 新鮮なレアアイテムのにおいがするのぉ~ッ!!」
まるで知性を感じさせない奇声と共に乱入してきたのは、すげぇ頭が悪そうな外見の大男だ。
頭はモヒカンヘアー、着ているのはトゲとサビに飾られた凶悪な外見のアーマー、手には火炎放射器。
核戦争で文明が滅んだ後の世界を本能のままに生きる悪漢のような――映画や漫画なら実力差も考えず主人公に襲いかかり一瞬で返り討ちにあっていそうな、そんなイメージの外観。
それ系のコーディネートを総称して、”ウェイストランド・レイダー・コーデ”だったか。
マッドでマックスな感じがたまりませんね。
と、少し慌てたフレンドの声が聞こえてくる。
『げっ。知ってる、その人。プレイヤーネーム”モヒカンキング”、悪漢ロールプレイでそこそこ有名な廃課金プレイヤーらしいよ』
「マジかよ……」
つまり目の前の大男・モヒカンキングさんは、キャラの強化にガッツリ金をかけるUNOでもっとも強いタイプのプレイヤー”廃課金勢”。
同時に、その課金力で得た能力を駆使して他のプレイヤーを狩り殺す、危険なハンターなのだ。
UNOの自由度は、そういう悪役ロールプレイも許容している。
「ぐぅふふふぅ~! いいアイテムを拾っているではないかキサマァ! このモヒカンキングさまが貰ってやろう! ありがたく渡すがいい!」
モヒカンキングの血走った眼は、俺が手にしたレアなカタナをねっとりと凝視。
渡しても渡さなくても殺してきそうな雰囲気してますけど。
他のプレイヤーを襲うなら命まで取った方が利益がでるし。
……まずいな。
「――ここはじゃんけんで勝った方が相手の言うことを聞くというのはどうでしょう? 平等に」
「我が右手のデッドボルケイノはグーもチョキもパーもまとめて焼き尽くす最強の手である。つまり無条件に俺の勝ち!」
たけしクラスの横暴さやめろ。劇場版の腕っぷしが強くて頼りになる優しい方のたけしに戻って。
交渉も無理そうだ。
俺は耳にかけたマイクとイヤホン一体型の通信機に小声で囁きかける。
「……エニグマ、逃走ルートのナビゲートを頼む。袋小路に追い詰められないように」
『あいあーい。しっかしカネツグも運がないね、ようやくお目当ての装備を入手したと思ったら、直後に廃課金のプレイヤーハンターにエンカウントとかさ』
「今度どっかの神社でお祓いしようかな……というかエニグマ、なんであのモヒカンが接近してるのに気づかなかったんだ? そっちの目なら周囲のプレイヤー反応がわかるだろ?」
『あーたぶんモヒカンさん課金でしか手に入らない最高級のステルスキット使ってるね。同じく課金のレーダー持ってこないと他プレイヤーからは探知できないってヤツ』
「ちくしょう無課金に優しくない課金アイテムの野郎め」
『無課金に優しいオンラインゲームなんて存在しないのさ、あはは』
ゲームも財力の時代とは、なんとも世知辛い。
そんな世知辛い世界で貧乏人が生き延びるためには、小細工が必要不可欠だ。
貧者の戦術を見せてやるぜ。
「ぐふふふふふ、そろそろ返事を聞かせてもらおうではないか。ハイか? それともイエスか~?」
こちらに向けられた火炎放射器の銃口で、炎がめらめらと踊っている。
その炎を恐れること無く、俺は不敵にニヤリと笑うと、腰に着けたポーチから球体型のメカを取り出し、
「俺の答えはこれだ!」
と、それを地面に叩きつけた。
直後、球体が破裂し、溢れ出た光が世界を白く染め上げる。
フラッシュ・グレネード。
炸裂と同時に強烈な閃光を放ち、相手の目を眩ませるという投擲アイテムの一つだ。
「ぬおおっ!?」
目を焼く閃光を直視してしまい、モヒカンキングが顔を手で覆う。
「いまだ必殺の全力逃走!」
『カネツグ、部屋を出たら左ね!』
「了解!」
巨体が怯んだ隙をつき、その股下をスライディングでくぐり抜け、そのままナビゲートに従いダンジョンの通路を駆け抜ける。
絶対に勝てない相手からは逃走あるのみ、これホラーゲームの常識なり。
いや、UNOはホラーゲームではないのだけれど、こっちの攻撃がまったく通じない無敵の廃課金勢から逃げ回る状況は、もはやホラーと言っても良いんじゃないかなって。
ホラーゲームにはよくあるのだ、絶対に倒せない無敵の敵から逃げ続けるという恐ろしい場面。
さて、俺のニンジャの如く身軽なアバターが本気で走る速度はかなりのもの。
馬鹿でかい火炎放射器と重そうなアーマーを身に着けた重武装キャラが簡単に追いつけるはずがない。
「待たんかぐおぅらぁぁぁぁぁ!!」
「あれぇー!?」
前言撤回。
モヒカンキングは怒声を撒き散らしつつ、その見た目にそぐわぬ足の速さで俺を追ってきていた。
少しずつ距離を詰めて来ており、このままでは追いつかれそう。
あっちの方が足が速い。
「あの野郎、課金で素早さもバッチリだ!」
『ガチの廃課金勢は高火力・高耐久・高機動を当たり前のように実現して来るからこわいねぇ。あ、次の三叉路はそのままはまっすぐ』
「おおせのままに!」
このまま普通に逃げていたら追いつかれてしまう。
火炎放射器の射程に捉えられたら一瞬で素敵なステーキに。
状況を好転させるため、ここで小細工第二弾。
俺は先ほどのフラッシュ・グレネードと同様に、今度は手のひらに乗るようなサイズの小さな円盤を取り出し、その場に転がしていく。
俺を追うモヒカンキングがその円盤の近くを通り過ぎようとした、その瞬間、
「ぐぉう!?」
円盤は破裂音と共に”白い物体”を周囲に飛び散らせた。
粘着質なその物体に足を取られ、モヒカンキングが転倒する。
スティッキー・マイン。
何かが近くを通ると炸裂し、周囲にトリモチをばらまいて相手の動きを封じる非殺傷型の地雷。
足止めできる時間は最短でも三秒ほど。
その三秒の間にモヒカンキングとの距離を離しつつ、追加でスティッキー・マインをいくつか通路にばらまいていく。
相手が何度もトリモチでコケてる間に逃げ切ろうという算段だ。
ついでに、途中で後ろを振り返り屈伸する。
これは”屈伸煽り”と呼ばれる行為で、ゲーマーの間に古から伝わる由緒正しい煽り方だ。
良い子は真似すんなよ! マナー最悪だからな!
「ふはははは! ばーかばーか! これが妨害特化アイテムの恐ろしさだぜ!」
『煽っとる場合かー!?』
「わかってるって! エニグマ、次のルートは!」
『その先の階段を登って左! そしたら後は直進で出口に到達オツカレーッス!』
「オーケー!」
外に出たらこっちのものだ。
閉鎖空間のフロンティア・セブン内部と違い、外なら逃走ルートは無数、隠れる場所もよりどりみどり。
油断しなければ追いつかれはしない。
俺は一心不乱に足を動かし――――見えた、出口の扉。
さようならモヒカンの人。
俺が心の中で追跡者に別れを告げると同時、
「ぐふふふふふぅ……逃さんぞぉ……」
パッと、目の前にモヒカンキングがワープしてきた。
「…………そういえばさ、エニグマ」
『うん。そういえばあったね、パーソナルテレポーター。選択したプレイヤーのすぐ近くに一瞬でワープできるとかいう――』
「課金アイテムな」
恐るべし、金の力。
小細工に翻弄された上に屈伸煽りまでされたモヒカンキングは、額に青筋立てながら俺の眼前に火炎放射器を突きつけている。
太い指がすでに引き金を引いており、
「ファイヤァ――――ッ!!!」
課金の炎が俺を一瞬で灰にした。
炎の中で思う。
こ、このクソゲーが――――――ッ!
TIPS:モヒカン
髪型の一種。
とある名作漫画においては、登場する悪漢キャラのほとんどがこの髪型だった。
それに由来して悪漢キャラを”モヒカン”と呼ぶこともある。
世界にはモヒカンをブーメランのように投げつけてくるモヒカンもいるという。まんたーんドリンクっ!