デッドな空間。
カサイBSLは地下へと伸びるダンジョンらしい。
先を目指す俺の前にはエレベーター。
躊躇なく乗り、地下へと降りる。
突如、カゴの天上にある脱出口を突き破り、巨大なハサミをシャキンシャキンと鳴らす人型の怪物が降ってきた。
『ギャー!?』
エニグマの悲鳴を聞き流しつつ、俺は真顔でハサミ男の首を跳ねる。
勝利。
エレベーターが止まった。
最下層に辿り着いた、というわけではなく、どうやらこれより先は階段を使えということらしい。
エレベーターを降りると、真っ暗な空間におぞましい顔をした少女の怨霊が立ちふさがっている。
『ギャー!?』
エニグマの悲鳴を聞き流しつつ、俺は二個目の超電光システムでカタナに属性を付与、目の前の敵を叩き切った。
悲痛な絶叫だけを残し、少女の怨霊は強制成仏させられる。
勝利。
ドローンアイのライトの輝きに先導され、暗闇を進んでいく。
突如、このダンジョンを探索していたのであろうプレイヤーたちが、通路の向こうから走ってきた。
彼らの表情は恐怖に染まっている。
「ヒィィィモウヤダァァァ!」
「タスケテェェェェェェ!」
「ママァァァァァァ!」
俺には目もくれず一目散。
なにかから逃げているようだった。
と、彼らの後を追うように、バケモノが現れた。
全身に大量の目玉をギョロつかせている触手の塊、とでも表現すればいいのだろうか?
見るからにヤバい物体だ。
『ギャー!?』
俺はエニグマの悲鳴を聞き流しつつ、触手を蠢かせてワシャワシャ近づいてくるバケモノに対しカタナを振るう。
相手の触手の何本かを切断――が、傷口は即座に再生してしまう。
ならば。
槍のように伸びてきた触手の突きを回避し、バケモノの本体を狙おうとカタナを突き刺す。
手応えがない。
……これアレだな、絶対に倒せないタイプのエネミー。
攻撃しても倒せず、プレイヤーは逃げ回るしか無いという、恐怖のモンスター。
ものによってはプレイヤーにトラウマ扱いされるような連中で、ホラーゲームではわりとよく見かけるし、UNOでもたまにいる。
俺は無敵の触手ちゃん(仮)の討伐を諦め、逃げながらダンジョン内を探索することにした。
暗い通路を駆ける俺に、触手ちゃんは無邪気な子犬のごとくついてくる。
たまに距離が詰まるとこっちの心臓に向けて触手の一突き。
余裕で回避。
何度か攻撃されて気づいた。
どうやら触手ちゃんは攻撃後にしばらく動きを止めるらしい。
俺は動きが止まった触手ちゃんの周囲で反復横跳びや屈伸を繰り返す。
「ヘイヘーイ!」
『煽ってる場合かっ!』
「ハッ!? つい! 完全に対処できるようになると無敵のバケモノもかわいく見えてきてつい意地悪しちゃうホラ―ゲーマー特有のクセが!」
『これだからホラーゲーマーは!』
エニグマの声で正気に戻った俺は、再び触手ちゃんと追いかけっけしながら先を目指す。
通路を進み、壊れた壁を入り口がわりに室内を通り、また別の通路に出て、近くにあった階段を降りてまた通路、途中でゾンビに遭遇したので適当にいなして――と、どんどん下へ。
そうして何十階層か降りた後、ふと振り返ると触手ちゃんがいなくなっていた。
無敵の追跡者系エネミーには行動範囲が設定されている場合が多い。
プレイヤーが特定のエリアから外に出ると、それ以上は追ってこなくなるのだ。
追いかけっこの果てに、俺はいつの間にか触手ちゃんのナワバリを抜けたらしい。
「よし、これで落ち着いて探索できるな」
『見ている方が心臓に悪かったよまったく……』
エニグマに悪い悪いと平謝りする。
「もう慣れちゃってな、この手の恐怖演出」
『ホラーゲーム作ってる方もお客さんがキミみたいな人ばっかりじゃ怖がらせ甲斐がなくてやる気でないだろうね……』
「それは俺も思う」
仕方ないでしょ、本当に怖く感じないんだから。
……しかしさっきの触手ちゃんの目を多用したデザインセンス、見覚えがあるような?
妙な感覚に後ろ髪を引かれつつ、ともかく先へ進もうと階段を降りていく。
そして地下へと下り続けて……さてここは地下何階なのだろう?
辿り着いたエリアは、今までの階層とは明らかに違う様相となっていた。
『うわキモッ!?』
そのエニグマの言葉がわかりやすくこの場所を表現している。
赤い非常灯で真っ赤に照らされるフロアにおいて、まず目を引くのは一面の肉塊だ。
施設の壁、床、天井が、脈動する不気味な肉塊でぐっちゃりと覆われている。
キモい。
その肉の壁が発するものなのか、閉鎖空間には吐息のような生暖かい空気が漂っていた。
キモい。
さながら、巨大生物の腹の中にいるかのよう。
また、フロアを覆う肉塊には、そりゃあもう大量の目玉がくっついている。
侵入者が珍しいのか、目玉は俺たちの方をじーっと凝視しており、視線だけで威圧感を感じるほど。
キモい。
エニグマが泣きそうな声で言う。
『帰りたい……』
「耐性のない人にはキツいデザインしてるからな……」
俺は肉床の上でコサックダンスを踊り始めちゃう程度にこの場所も平気だが。
「なんならドローンアイを戻してもいいぞ? このダンジョンは俺一人でもなんとかなりそうだ」
『い、一応はついていくよ。それがボクの役目だからね。うぅ……』
「ナイスガッツ」
ドローンアイと共に、俺は肉塊フロアの奥へと向かう。
途中、肉塊に虫の足が生えたようなエネミーが襲ってきた。
そいつらは俺に接近すると爆発し、飛び散らせた血肉で物理ダメージと精神ダメージを与えようとしてくる。
自爆系のエネミーか。
自爆される前に撃破するか、自爆されても回避すれば問題ない。
特に気にせず前へ。
そうして進むと、行き止まりに辿り着く。
『あれ? 行き止まり?』
「……いや」
肉に覆われていて見にくくなっているが、そこには扉があった。
巨人が通るために作られたかのような、巨大な金属製の扉だ。
扉の横には人間が操作できるサイズのコンソールがある。
0から9までの数字キーが並ぶ、パスワードを入力してねとでも言いたげな機械。
「なるほど、これに正しいパスワードを打ち込むことで扉が開くってことだな。ありがち」
『そうだね。ちゃっちゃとやっちゃおう』
「ああ」
俺はコンソールの前に立ち、指先でキーを打ち込もうとして……そこで手が止まった。
「……エニグマ」
『どうしたの?』
「いや、その、な……」
何が起きたのかを答えようとした、その瞬間。
背中に気配を――冷たい殺意を感じた。
咄嗟に振り向いた俺に対し、
「はああああああああああッ!」
気合の掛け声と共に、殺意の主が巨大な剣を振り下ろして来た。
「危なッ!?」
咄嗟に横へと跳んで回避。
しかしエニグマのドローンアイが逃げ遅れてしまう。
破砕音と共に、機械の目玉は大剣に叩き潰される。
『しまっ――――――』
同時、通信機からの音声が途絶えた。
ドローンアイによる電波の中継がなくなり、俺の通信機は交信可能範囲外となってしまったらしい。
やられたと舌打ちしつつ、俺はカタナの柄に右手を添えて、油断なく大剣の主と向かい合う。
「……まさかお前がこのダンジョンを突破できるとは思っていなかったぜ、アカツキ」
刃を叩きつけられ傷ついた床が、大量の血液を噴出させている。
その赤い噴水を浴びて、彼女は金の髪と銀の鎧を真っ赤に染め上げながら、冷たくうつろな目でこちらを見つめていた。
「……負けてない、私はもう負けない。あなたには、絶対に負けないからね、カネツグ」
「……アカツキ?」
様子がおかしい。
いつもより、目が真剣だ。
これは、
「…………決着をつける気にでもなったか?」
「……決着? ふふ、うふふふふふ。ええ、そうね、それがいいわ、そうしましょう。そろそろ、いよいよ、決着をつけましょう、つけてしまいましょう」
今までなあなあで済ませてきたことを、どっちが上かの決着を、この場で決しようと。
ゆっくりと大剣を持ち上げて、アカツキは戦闘態勢を取る。
そうか、この場でか。
そうしたいというのなら構わない。
いつ挑まれても応じれるよう、またいつでも挑めるよう、こっちだっていつも備えていたのだ。
俺は腰を沈め、一息で踏み込むための構えを取る。
空気が張り詰めていた。
心臓のないアバターの身体に変わり、周囲の肉塊がドクンドクンと脈打っている。
お互い一歩も動かず、しばし。
まるで、そんな俺たちを急かすかのように、あの自爆型の肉塊エネミーがそれぞれの足元に一匹ずつ接近してきた。
動かないなら爆破してやるぞ、と、肉塊は自爆の前兆としてブルリと震える。
次の瞬間、俺は足元の肉塊エネミーをアカツキの顔面めがけてサッカーボールのように蹴り飛ばす。
同時、アカツキも俺と同じ行動を取った。
俺はさらに姿勢を低くすることで、顔面を目掛けて飛んでくる爆発物の射線上から逃れる。
一方、アカツキは首を傾けて回避。
直後、俺たちにぶつからなかった肉塊エネミーが、それぞれの背後で爆発した。
二つの破裂音が響き渡った、次の瞬間、
「――ッ!」
俺は抜刀と共にアカツキの懐に飛び込む。
「――はぁぁぁぁぁぁッ!」
アカツキが大剣を振り下ろして迎え撃つ。
俺たちの、三年ぶりの”勝負”が始まった。




