ファンタジック・インド。
「ようこそ旅人さん、ここはアレイスの町ですじゃ」
「あ、ご丁寧にどうも」
通りすがりのNPCのセリフで町の名を知った。
そこは城壁にぐるりと囲まれた中世ファンタジー系の町。
石造りの建造物が多く建ち並ぶ風景は、いかにもって感じだ。
その町は――R0最初の拠点・アレイスは、このワールドが祭の舞台であることを象徴するかのような賑わいを見せている。
元よりこの地にいるAI操作のNPCたちに、R0を次々と訪れるプレイヤーたちが加わって、町の中はまさにお祭り騒ぎ。
仮想世界に展開された、明るく派手で賑やかな光景。
それを見て俺とエニグマは楽しい気分に……は、ならなかった。
「人が多い、多すぎる……!」
「人で酔うね……!」
普通に歩くだけで肩がぶつかりそうになるほどの大混雑。
常に耳を打ち続ける音声の奔流。
人間には二種類いる。
賑やかなのが好きな人と、そうでない人だ。
俺とエニグマはどちらかと言うと後者らしい。
お祭り騒ぎは目が回る。
早いとこ、やることやって落ち着ける場所に行こう。
モニター顔にぐるぐると目を回すアイコンを表示させたエニグマの手を引きながら、人の波をかきわけ少しずつ前へと進む。
やがて町の広場に出た。
ここも人でごった返しているが、開けた場所なので人口密度は多少マシ。
俺たちはその広場の中心を目指す。
「こ、これだな、この町のリスポーン地点」
そこに建っていたのは銅像だ。
左右にびよんと伸びるヒゲ、雄々しく地平線の彼方を指差す右手、小太りボディ。
銅像の台座には文字が刻印されている。
《アレイス初代市長 ストロングス・F・アレイスの像》
NPCとの会話により、この初代市長像がリスポーン地点として登録できるオブジェクトであると判明した。
この銅像に触れてリスポーン地点を再設定すれば、次に死んでもこの広場で復活できるのだ。
俺とエニグマは銅像の台座部分に触れる。
視界の端に、リスポーン地点の登録が完了しました、というシステムメッセージが表示された。
「……よしオッケー! これで死んでも大丈夫だ」
「ようやく一息つけるよ……」
俺たちはふらふらと移動し、広場の端に備え付けられたベンチに腰を下ろす。
「はぁー……」
「ふへー……」
人混みから視線を外し、空を見上げる。
ほどよく雲が流れる青い空、さんさんと輝く太陽。
現実の空とほとんど変わらない。
気持ちのいい快晴だ。
「あ、やべ、天気が良すぎて眠くなってきた」
仮想世界でも眠くなる。
そして眠ることも可能。
現実ではなく仮想世界で睡眠を取るという人はわりと多いらしい。
静かな星空の下や豪華なベッドルームといった”快適に眠るための仮想世界”が、FDVR用の快眠ソフトとして売っているくらいだ。
不眠症の治療とかにも役立っているとか。
すごいね、FDVR技術。
と、エニグマが俺の肩をがくがくと揺さぶった。
「さっき急いで攻略するとか言ってませんでした!? オキローネタラシヌゾー!」
「わかってるわかってる冗談だって揺らすな揺らすな。……ふぅ、目が覚めた。よし行動を開始するぞ」
「あいあい。まずはやっぱアレかな、装備を整えなきゃ」
装備を整える。
それはこの手のゲームの基本となる行動だ。
使いやすい武器がなければ敵を倒せず、適切な防具がなければ簡単に死んでしまう。
特殊な効果を持つ装飾品などを揃えれば探索が楽になり、回復アイテムがあれば怪我をするたびいちいち宿屋に戻らずに済む。
ゲームは準備の時点から始まっているのです。
というわけで、武器や防具を売っている店に向かいたいところだが、しかし場所がわからない。
こういう時はと、俺は周囲を見回し、近くに居たNPCの男性に声をかけた。
「すいません、そこの方」
「ん? なんだい、旅人さん?」
「この町の武器屋とか防具屋ってどこにありますか?」
「装備を整えたいのか。ならオススメは中央通りにある鍛冶師組合の店だな。質が良く、値段も手頃な武具が揃っている」
「なるほど。他の店は?」
「この町の北側は金持ちとかが住んでいる区画なんだが、そこに”純金の槌”って店がある。売ってるのは金持ち向けのお高い装備だ、旅人さんには手が出せないと思うぜ」
「ふむふむ。この町で装備を揃えようと思ったら、その二軒以外にはありませんかね?」
「そうだなあ、この町の人間はこのどちらかを利用しているが……ああ、あともう一つ、正直オススメはしにくいんだが、裏通りには怪しい商売をしている連中がいる。妙な装備を売ってるらしい。質は保証できないぜ?」
「そうですか、ありがとう。助かりました」
「良いってことよ! 町の外には凶悪な魔物が多い。気をつけろよ、旅人さん!」
そう言い残し、会話を終えたNPCは爽やかに去っていく。
中に人間が入っているんじゃないかってくらい、自然なおしゃべり。
最近のAIの会話能力、やっぱすげぇな。
「……と、いうわけだ、エニグマ。普通の店と高級な店と闇市場っぽいの、どこにいく?」
「闇市場!」
「だよな!」
闇市場、なんて惹かれる響き。
だってなんかもう絶対にすごい装備とか売ってるやつじゃん。
そりゃあ行くに決まってる。
即断即決した俺たちはマップを参照しながら広い街の中をうろうろと移動し、やがて件の裏通りへと辿り着く
建物で陽光が遮られ、昼間でも薄暗い路地。
人通りは少なく、ジメジメしていて、頭蓋骨が転がっていたりもする。
これまたいかにもって感じの場所。
「こういうの、ワクワクするよな。現実じゃ絶対に近づきたくないけど」
「そうだねぇ、ワクワクするねぇ。現実じゃ絶対に近づきたくないけど」
息苦しくなるような重い空気の漂う道を進んでいく。
どこかに怪しい連中がいるはず――いた。
明らかにこの町の雰囲気に似合わないNPC。
「……あれかな」
「……あれだと思うよ」
その外見を一言で表現すると……インド人?
健康的な褐色肌、頭にはターバン、口元には立派な黒ひげをたくわえ、全身に金の装飾品をじゃらじゃらと着けている。
商人っぽいと言えば商人っぽいが、やっぱ商人以上にインド人だよ、あの見た目。
ヨーロッパっぽい町並みの中では浮きまくっており、かなり目立つ。
他より目立つということは、ゲーム的に重要な役割を担っているということだ。
その役目が闇市場の店員なのかは、話しかけてみればわかるはず。
俺は恐る恐るとインド人に話しかけた。
「あのー……」
ギロリと、インド人は鋭い目つきでこちらを見る。
怖っ!
いかにも闇に生きるものって感じの、人をダース単位で殺っていそうな目だ。
ガッシリとした身体を揺らしながら、インド人は俺に近づいてくる。
あれ、殺される? 死ぬタイプのイベントを踏んじゃった?
死を覚悟した俺に対し、インド人は両手を大きく広げると、
「オーウ、トモダチ!」
すごい怪しい日本語でフレンドリーに話しかけながら、ガシッとハグをしかけてきた。
TIPS:NPC
Non Player Characterのこと。
プレイヤーが操作できないキャラクターのことを指す。
敵キャラもある意味ではNPC。
RPGでは町の住民などがだいたいこのNPC。
彼らのセリフからゲーム攻略のヒントが見つかったりするので積極的に話しかけてみよう。
……だいたいは「ここは◯◯の町です」程度のどうでもいいことを喋るだけだが。




