廃課金勢は宿敵の首刈りニンジャにお金をかけずとも勝てますか?
楽しい時間はあっという間だ。
夜も更け、オフ会はお開き。
花月さんと灯は、今日は東雲家に泊まることになっている。
二人と一緒に奈緒とはてなも東雲家へ、今頃は本人たちいわく”二次会”の真っ最中だろう。
天音は後片付けを手伝うと八坂家に残った。
天音一人だけ残していくのもどうかと思ったので、俺も片付けを手伝うことに。
祭りのあとの八坂家には、俺と天音だけが残っていた。
「あー終わった! 皿洗いだのなんだのめんどい!」
「それを理解したのなら、家事をする者に感謝することね、兼続」
「母さんと天音さんにはいつもお世話になっております本当に」
「よろしい」
「……ところで母さんは?」
「私も二次会に混ざっちゃおう~、って言いながら隣に行ったわよ」
「半数ほど初対面の集団によく混ざろうと……それなら俺たちも向こうで二次会に参加するか?」
「……待って、兼続。お願いがあるの」
ふと、天音が俺の手を握る。
「二人きりになれるの、今くらいしかないだろうから」
彼女はうつむき、何かを言おうとして……しかし、言葉が続かない。
その反応を見て、俺はすべてを察した。
「……わかった。俺の部屋に行こう」
俺たち二人は二階、俺の部屋へ。
俺は自分の椅子に、天音は俺のベッドに腰掛け、視線を交差させる。
「……そろそろだと思っていたよ、天音」
「……そうね。私もそう思っていた。あなたが同じ気持ちでいてくれて、良かったわ」
互いに胸を高鳴らせ、俺たちはある者を手に取った。
それは、FDVRゲームを遊ぶための機器。
俺は自分の部屋にあるものを、天音は自分の家から持ってきたものを、それぞれ自分の頭に装着する。
「今度こそ、どっちが強いかハッキリさせてやるぜ」
「こっちの台詞よ、兼続」
俺たちが二人きりになってやることなんて、一つに決まっていた。
「勝負だッ!」
「勝負よッ!」
……え? 他にすることあるとでも?
俺たちの意識は、仮想世界へとダイブする。
俺は――”カネツグ”は、UNOの世界に存在する街のリスポーン地点に立っていた。
隣を見れば天音が――”アカツキ”がこちらを睨んでいる。
「今ならみんなもこっちの世界に来ないはず。二人きりで、心置きなく決着をつけられるわ」
「そうだな。場所を移すぞ」
俺たちは人の少ない場所へと移動。
選んだのは、円形に岩が並んだ奇妙なランドマーク。
例えるならば”ストーンヘンジ”のような場所。
大した敵もおらず、目ぼしいアイテムも手に入らない、ゲーム的には単なるオブジェだ。
仮想世界の星空の下、ストーンヘンジの中央で、俺とアカツキは向かい合う。
「いつぞやのダンジョン以来ね」
二本の大剣で二刀流の構えを取りながら、アカツキはいつぞやを振り返る。
俺は左右の腰にそれぞれ”四色刀”と”蛇鴉”を帯刀、右手だけを四色刀の柄に添えつつ、彼女の言葉に応えた。
「そうだな。あの時は引き分けだった。俺もお前もアバターが完全じゃなかった。あの勝負は、俺たちの決着とするには不完全すぎる」
あの勝負のおかげで俺たちは和解できたのだけれど、どちらが上かの決着はまだついていない。
いつか再戦しようと約束した。
今日が――今が、その時なのだ。
「…………」
「…………」
沈黙し、向かい合ったまま、呼吸を整える。
夜風が頬を撫でていく。
先に動くのは、金ピカ脳筋女騎士の方だ。
「はぁぁッ!」
アカツキが、叫ぶと共に飛び込んできた。
見開いた目で俺をまっすぐに見つめ、右の大剣を振り下ろそうとしている。
それに合わせ、俺は左手でフラッシュ・グレネードを投擲。
閃光による目眩ましでアカツキを怯ませようとするが――フラッシュ・グレネードが炸裂する直前、アカツキは目を瞑っていた。
そりゃ、何度も同じ手は通じないよな。
俺も瞼を閉じて閃光から目を保護しつつ、こっそり地面にスティッキー・マインを転がしておく。
そのままバックステップ。
直後、俺が一瞬前まで立っていた場所にアカツキの大剣が振り下ろされたが、
「回避成功! その上に……ッ!」
さらに、スティッキー・マインがアカツキの足元で炸裂。
その両足を地面に接着する。
「足止めもな!」
「ちっ!?」
アカツキが足元に気を取られた。
そこが狙い目。
俺は四色刀の属性付与ギミックを起動させ、投擲。
モードは白雪刀。
氷の力を宿した刃は、アカツキの鎧の右肩、装甲の隙間に突き刺さる。
「痛っ!?」
四色刀からアカツキの体に送り込まれる氷の力。
パキパキと、アカツキの右肩が凍りつく。
それにより、彼女は右腕を満足に動かせなくなった。
二刀流の片方を封じられた今のアカツキにできるのは、左の大剣を片腕のみで振るうことだけ。
片腕だけで重量のある武器を扱おうとすれば、攻撃速度も攻撃精度も低下する。
おまけに両足がトリモチに捕らえられ、回避も不能。
勝利を確信し、俺は”蛇鴉”を右手で抜刀。
アカツキの懐に飛び込み、その首を目掛けて振るった。
「俺の勝ちだッ!」
しかしその瞬間、アカツキがにやりと笑う。
「……いいえ! 私の勝ちよ! アーマーパージ!」
アカツキがそう宣言した直後、彼女の黄金の鎧が爆発した。
鎧のパーツがバラバラになり、弾丸のように周囲にばらまかれたのだ。
パーツの一部が俺の腹部に直撃する。
硬くて重い金属塊の着弾は、俺のHPをゴリッと削り取っていく。
「がはっ!?」
そのまま俺は後方にふっとばされ、背後にあった岩に背中が激突。
衝撃によるダメージも追加され、一瞬で俺のHPは1に。
死避けのお守りがなければ即死していたところだ。
しかし、HPが1となったことで”窮鼠の牙”が発動。
俺の能力は大幅に上昇する。
勝負はここからだ、ここから――、
「あなたの負けよ、カネツグ」
――――あ、ほんとだ。
無理だコレ。
体が動かない。
足元を見ると、俺の両足がトリモチで地面に接着されている。
俺に大剣を突きつけながら、アカツキが言う。
「スティッキー・マイン。私も使ってみることにしたの。さっき、フラッシュ・グレネードが炸裂した時、あなたも一瞬だけ目を瞑ったでしょ? その間に、あなたの背後に投げておいたのよ」
「……スティッキー・マインを使うには、少しだけDEXとINTが必要なんだけどな」
「そうね。だからそっちにステータスを割り振ったの、少しだけ。初めてSTR以外のステータスを成長させたわ」
「なるほどね。さっき鎧が爆発したのは?」
「そういう改造をしてあるの、あの鎧。いざという時、鎧を爆発させて、その破片で周囲を攻撃できるギミックを仕込んでおいた。バサラさんは”アーマーパージ”と呼んでいたわ」
「姉御の好きそうなギミックだなぁ。ま、だいたいわかった。お前も単なる脳筋じゃなくなったってことか」
「ええ、あなたの戦い方とかを見て学んだの。小細工用のアイテムを扱えるよう練習もした。……今の私、インチキじみた性能の課金アイテムを一つも使っていないのよ? あなたに実力で勝ったと言えるよう、お金をかけずに勝てるよう、頑張ったんだから」
「……やっぱり最後は、お前の方が上を行くな」
昔っからだ。
いつだって、最初は俺がアカツキの――天音の先を歩く。
けれど天音は、いずれ俺を追い抜いていく。
今回もそうだった。
天音は俺を追い抜いた。
昔だったら、劣等感で頭を抱えていたかもしれない。
けれど、今の俺は、素直に彼女の努力を称賛しようと思えるくらいには能天気になれている。
俺は軽く笑いながら、敗北を認めた。
「俺の負けだよ、天音」
天音は、仮想世界の身体で無邪気に笑った。
「そうね、私の勝ち。……ふふふ、やった、やったやった! やっと勝てたわ!」
そこまで喜ばれると敗者冥利に尽きる。
……ただ、そこまで喜ばれるのもちょっとムカつく。
ちょっぴり嫌がらせしてやろう。
「……ところで天音、さっきのアーマーパージで鎧が壊れて今のお前は下着姿なわけですが。まだそのエロ下着を変えてなかったの?」
「え? ……あっ!?」
いつぞやも見た黒のT。
天音は相変わらずそれをアバターの下着に設定しており、やたらエロい下着姿を俺の前に晒している。
着替え忘れたの?
それとも気に入ってるのそれ?
痴女?
……なんにしろ、人に見られたいものではないらしい。
天音はアバターの顔を赤く染めながら、STRを強化しまくることで獲得した筋力を利用し、片腕で大剣を頭上に掲げ、
「ほ、滅べバカッ!!!」
俺のアバターを真っ二つにぶった切った。
「ぎゃー!!」
HP0。死亡。
俺の完全敗北でございます。
こうして、俺たちのゲーム内での勝負は決着した。
けれど、いつぞやのように決裂することはない。
これから先も、俺たちは――。