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1-7:座長エイプマン

 座長エイプマンは背筋を伸ばして店中を見回す。ナスターシャと目が合うと、にっと白い歯を見せて笑った。なんでも噛み砕きそうな顎だ。


「魔法使いが泊まっていると聞いたが」


 カウンター席で耳を澄ませていたナスターシャは、慌てて立ち上がった。涙を袖でぬぐう。


「それ、ワタシデス!」


 近づくとやはり見上げる程の大男だ。長身のナスターシャよりさらに大きく、肩幅にいたっては3倍はありそうだ。


「ほう、君がそうなのか……」


 大男はナスターシャを見下ろし何度か頷いた。


「俺はエイプマン。冒険者のサーカス団、パレードの座長をしている」

「ワ、ワタシは……ナスターシャと言います。()()使()()デス」


 証明のため冒険者の登録証を見せる。

 プレートの職業欄には、死霊術師(ネクロマンサー)の文字が刻まれているはずだった。


「こりゃ……なるほど」


 店中の関心が集まっている。こうした交渉は日常茶飯事のはずだが、大男はやはり目立つか、文字通り大物なのだろう。

 エイプマンは女将へウインクした。


「失礼、個室を使っても構わないか? 重要な商談があるんだ。テーブル席? いや、個室がいい、手品には秘密のタネがつきものでね」



     ◆



 ナスターシャは持っていた杖の覆いを外し、金の飾りを露わにした。

 錫杖(しゃくじょう)には『(かん)』と呼ばれる金属の輪が付けられており、杖を揺らす度に『しゃんしゃん』と音が鳴る。本格的な儀式を行うなら音は不可欠だが、街中やダンジョンでは注意を引いてしまうため、普段は輪を紐で固定してある。

 今もそうだった。

 だからナスターシャは手で印を作ると、そっと錫杖をなでるだけにした。

 部屋に見えない力が満ちていく。


「防音の魔法か」


 座長エイプマンは興味深そうに太い腕を組んだ。


「ハイ」


 簡単な魔法であれば、手の動きだけで発現させることができた。錫杖を揺らす必要もない。

 ポーチの首飾りからウィスを呼び出して、防音の出来映えをチェックしてもらう。


「んっ? そいつは、まさか死霊……?」

「ウィル・オー・ウィスプ――安全な死霊デス」

「ウィス! ウィス!」


 不気味に思う人がいるのも確かなので、ナスターシャはウィスもポーチの中にしまった。


「な、なるほど。守護霊(ガーディアン)ってやつか」

「それに近いデスネ」


 強力な死霊の無念を晴らすと、分身を残すことがあった。彼らなりの感謝の印、つまりは報酬であると考えられている。『生まれながらの死霊』あるいは『死霊の子供』という、信心深い人が聞いたら卒倒しそうな話だった。


「俺も元々は重戦士――いわゆるヘヴィ・ウォリアー、前衛職だった」


 エイプマンはそこで咳払いをした。そろそろ本題に入るのだろう。いつまでも冒険者時代の思い出話をしているわけにはいかない。


「改めて言おう。俺は、冒険者による興業団を主催している」


 エイプマンはナスターシャを見つめた。新しいパーティーに入るときの面接を思い出す。


「今探しているのは、光や音を出せる魔法使いだ。聞いたと思うが、至急、代役がいる」


 続きを聞いてナスターシャは面食らってしまった。


「仕事は今夜だ」

「きゅ、急ですネ」

「魔法使いに欠員が出ていてな」


 エイプマンは苦笑している。


「普段はあらかじめ代役を手配してるんだが……今回は特殊でな。おまけに、この稼業じゃたまにある、断れない案件ってやつなんだ」


 芝居がかった身振りを交えつつ、エイプマンは詳細を話し始めた。


「倒れたのは、高位の魔法使い。最低でも銀等級でないと替わりがきかないが、俺達もそんな腕利きは倒れた1人しか押さえていない」


 1人、という数字を強調するようにエイプマンは指を立てる。


「もちろん替えの人員で騙し騙しやることもできるが、クオリティは落ちる。重要な興行を控えた、一番まずいタイミングで、キーマンが倒れたってわけだ」


 ナスターシャはごくりと喉を鳴らした。思ったよりも責任が重そうだ。


「ああ、もちろん、配慮はする。具体的には、これくらいかな」


 ナスターシャは提示された報酬に腰を抜かした。


「せ、せ、せん……!?」

「なにせ、興行はモーゲン領主たってのご指名だ。断れないが、まぁ当てればでかい。タイミングが合えば本人も来るそうだ」


 ナスターシャは何度も深呼吸する。落ち着くのだ。これくらいの報酬、何度も見てきたではないか。4等分しないから多額に見えるだけだ。


「そ、ソノ……倒れた方は、大丈夫なんデス?」


 話題を変えたのは、時間を稼ぐためと、純粋に気になるからだった。

 職業柄、死の季節と呼ばれる伝染病の発生時期には敏感だ。幽霊が増えてしまうからだ。

 病があるならば噂を掴んでおく必要がある。


「まずい病気じゃねぇ。ただ、そうだな……妙なことも言ってるな」


 太い指で帽子をかく。


「悪夢を見たそうだ。夢の中に爺さんだか婆さんだかが立っていて、寝てもぜんぜん治らない」


 思わず目を瞬かせてしまった。


「……夢の中ニ?」

「らしいぜ」

「それ、もしかしテ」


 死霊では。

 直感したが、エイプマンが引き取った。


「薄気味悪い話ではあるな。すでに神殿に連絡して、腕利きの神官(プリースト)を呼んでいる。快復の祈祷もするし、本当になにか憑いてても大丈夫だろう」


 おとぎ話に出てくる幽霊も、冒険者にとっては現実の脅威だ。


「まぁ十中八九は大丈夫だと思うがな」


 とはいえ、主に出くわすのはダンジョンや荒野。

 人が多くいればそれなりに死霊はいるものだが、憑りついて冒険者の体調を崩すとなるとかなり強力な霊といえる。たいていの冒険者は魔物との戦いで死霊へも耐性があるからだ。


「……そうですネ。腕のいい方なら、なおさら死霊で体調を崩すとは思えないデス」


 おまけに、仮にも聖都モーゲンと呼ばれる都市なのだ。プリーストの数だって多いはず。

 ナスターシャがしたような除霊を、彼らもぞろぞろとやっているのだ。


「どうした?」


 エイプマンの問いかけに、ナスターシャは慌てて手を振る。


「イエ、大丈夫デス」


 そう。大丈夫のはずだ。

 なのに、ざわり、と直感が不穏を伝えるのはなぜだろう。


「話がずれたな。魔法の話だったか」


 エイプマンはテーブルに載った燭台(しょくだい)を見やる。

 窓を叩く大雨のせいで、日没前だが部屋は暗い。エイプマンの動作で燭台の灯はいちいち大きく揺れた。


「見ろ! この弱っちい灯りを」


 大きな手でロウソクを示すと、それだけで火は消えそうになっていた。


「ステージを照らす光には、より強いものが必要だ。俺が欲しいのは、まばゆい光。一瞬目がくらむような、強烈な補助魔法を使えるやつが欲しいのさ」


 エイプマンは燭台を隅によけると、指でテーブルに大きな円を描いた。どうやらステージを示したらしい。


「ざっと説明しよう。テーブルの角までがステージだ。俺達は端から入場する。このタイミングで、魔法で霧を出してほしい。合図をするから、そのあと、最大級の光」


 簡単だろ?とでも言いたげに、エイプマンは眉を上げて見せた。


「その後は、スタミナの限りステージを照らす。入場が済んだら後は控えの魔法使いに引き継いでもいい。とにかく最初が重要なんだ」


 エイプマンは念を押した。


「まばゆい光は、人を崇高な気分にさせる。だから、ショウの最初に欲しいのさ。魔法の霧を広範囲に展開出来て、なおかつ強烈な光を投射できるか?」


 ナスターシャは腕利きだ。

 そして魔法の威力は腕が左右する。同じ火の玉でも、駆け出しと熟練では威力にまったくの差があるのだ。光の魔法も同じである。


「ステージの、広さハ?」

「直径で80メルトール」


 やれるだろう。

 強大なドラゴン、魔獣と戦う時の戦闘エリアはそれ以上の大きさだ。

 魔法のタイミング合わせも、実戦で何度もやっている。

 そう思ったら、急に胸の奥が熱くなった。


「魔法で、ステージ……!」


 小さな頃見た、パレードの灯りが蘇る。

 自らのスキルを、存在を、伸びやかに誇示する冒険者達。俯いて暗がりをコソコソするネクロマンサーとは、対極の生き様だった。

 ゆえに憧れ、ゆえに眩しい。


「そう。ただし」


 期待を制するようにエイプマンは言い添えた。


「俺達は興業団だ」


 じろり、と大きな目がナスターシャを見つめる。


「そして、言いたくはないが、君たちは嫌われ者だ」

「……ハイ」

「もちろん、俺も死霊術師(ネクロマンサー)が冒険者ギルドが認めた職業(ジョブ)だとは知っている。ゾンビやスケルトンのイメージが強いが、死者を埋葬したり、除霊したり、不可欠な存在だと思う。特に敵の死霊術には、君らがいないと対抗できなかったろう」


 座長はかなり理解がある。

 ゾンビをネクロマンサーが愛用するというのも、よくある誤解だ。死体を使役するのは、ほとんどが敵にいる魔物である。

 再び肉体を得てしまった死者は、一度でも辛い死を二度も経験することになるからだ。もちろん常に守られているか怪しいのはどんな心得とも同じだが、少なくともナスターシャは一度もゾンビを使ったことはない。


 一方で骨の兵隊、いわゆるスケルトンは付近の岩や土から生き物の骨を創造する。つまり衛生を悪くする心配がない。肉――というか脳――がないので死者への負荷も少ない。

 よってスケルトンはよく使われるが、こちらは逆に便利な存在としてネクロマンサー以外も用いる。


 ネクロマンサーは魔法にまつわる不気味なイメージを、必要以上に押し付けられた存在ともいえた。

 ナスターシャは己の錫杖に刻まれた古代語を見る。


 ――われら死霊術師。


 ――邪ゆえに破邪の法を識る。


 死霊術師(ネクロマンサー)は限りなく禁忌に近い技を、己を律し、外道に堕ちないよう使いこなさなければならない。

 死者の声に耳を傾けること。理解されなくても、それがナスターシャの誇りだった。


「……ネ、死霊術師(ネクロマンサー)は、ダメですカ?」

「いいや」


 エイプマンは笑う。その時だけ、大男がいたずら小僧に見えた。


「むしろ面白い。だが……」


 エイプマンは足を組み替えた。身を乗り出すと、木のテーブルが軋む。

 ナスターシャは無言で大男の直視に耐え、最後は見つめ返した。


「ふむ」


 仲間の反応や客に対するリスクを色々考えているのかもしれない。

 次の言葉まで、ナスターシャには永遠のように感じられた。


「ガッツはあるな」


 ぼそりと言われて、今のが『試練』だったことに気づく。


「よし、次は実力だ。銀等級の魔法使いといえば相当な腕のはずだが、もう少し詳しく見せられるか?」


 ナスターシャは冒険者登録票を見せながら、覚えている魔法を告げる。照明、霧、音、ありとあらゆる幻惑魔法を網羅していた。


 闇夜で魔物を探す照明魔法、灯明(ライト)

 魔法の霧で姿を隠す、濃霧(フォグ)

 偽物の音で注意を引く、空音(ブランク)


 どれも攻撃力のないコケ脅しの魔法だが、一流の魔力で全力行使すれば、かなりの効果だ。

 試しに灯明(ライト)を使ってみせると、エイプマンはその強さに目を見張る。松明くらいの強さから、敵の目を潰す強烈な光まで、銀等級ともなれば自由自在なのだ。


「なるほど。こりゃあ、申し分ない」


 エイプマンが目をこすりながら言う。


「は、ハイ! エヘヘ、エヘヘ……」

「…………他にもアピール点はあるか」


 昔の記憶が蘇り、ぽろりと言ってしまった。


「踊リ……『死者の舞踏』が使えマス」


 エイプマンは目を瞬かせた。ナスターシャの全身をさっと視線がなでる。


「身長は」

「い、1.7メルトール、くらいデス」


 男性と同じくらいだ。ナスターシャはこの大きめの体が、たまに呪いのように思える。


「ふむ、珍しい魔法の使い方だな。師匠は誰だ」


 ナスターシャはずきりと胸が痛んだ。でも、これだけは避けて通れない。


死霊術師(ネクロマンサー)ザラー、デス」


 エイプマンは目を丸くした。


「不死王、ザラーか」

「ハイ」

「驚いたな。何度か助けられたが……そうか、あの人か」


 エイプマンは、目を錫杖にやってくる。

 師匠はとても有名なネクロマンサーで、多くの戦績を残している。忌み嫌われる職業でなければ、勲章をいくつももらっていたと言われていた。

 その分、力に固執していたようにも思うけれど。


「話が逸れるが、君の師匠は今は何を?」


 ちくりと胸が痛んだが、話さないわけにはいかない。


「……灰に」


 エイプマンは質問自体を悔やむように、山高帽で目元を隠した。


「そうか。終戦間際に、散ったかよ……すまねぇことを聞いたな」

「イエ」


 しばらく沈黙があった。

 師匠の話をすると辛い。駆け出しの頃、ナスターシャは攻撃のための死霊術がド下手で師匠には苦労をかけたものだ。

 エイプマンはぽつりと言った。


「どうやら君は適任だな。縁もある」


 エイプマンが顔を上げる。


「窓を見てみな。雨が上がったぜ」


 傾いた陽が窓に残る水滴をきらきらさせていた。


「晴れるぞ。ショウに相応しい夜になるな」


 どうする、と大男は問うた。


「来るか?」


 ナスターシャは杖を手に取った。


〔冒険者登録票〕


名前:ナスターシャ

性別:女性

年齢:16


職業:死霊術師 レベル14(最大は15)


スキル:除霊(迷える死者を除霊する)

    死者の舞踏(一定時間、死霊術を強力に作用させる)

    骨兵召喚(スケルトンを召喚する)

    ほか、各種攻撃魔法、補助魔法。



アルカナの暗示:太陽(成功と祝福の神様デス!)


アルカナの暗示は、ナスターシャが暇な時にカードで占っている運勢。

20種類ほどの暗示があり、それぞれ意味が異なる。


――――――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!


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次話は明日に投稿予定です。

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