1-5:水商売(?)
「あっはっは!」
あっけらかんとした女性の笑いに、ナスターシャの方が驚いてしまった。
「気にしなくてもいいのよ。私も元冒険者だし、ダンジョンで見慣れているからね」
手を招くように振りながら女性は微笑した。白い肌と艶やかな唇が目を引く。とびきりの絵画から抜け出てきたと思うほど、抜群にきれいな人だ。
「今のは除霊でしょう? 舞いで魔法を使うなんて、古風なやり方ね」
ナスターシャは、舞いによって死霊術を使う。
これはスキルでいうと、『死者の舞踏』と呼ばれるものだ。ネクロマンサーがそう呼ばれる前、辺境のシャーマンたちが降霊術を使っていた時には、この舞踏で術を用いていたという。
死霊術の源流ともいえるが、今ではほとんど使い手を見ない。
踊りへの素質が必要なためだ。
そこまで詳しいということは、この女性もまた冒険者だろう。
「元冒険者よ。そんなに構えられると、困るわ?」
くすりと首を傾げてくる。白くて長い指が、優雅にナスターシャの後を指した。
「そこ、どいてもらってよろしくて? 私の荷物入れなのよ」
ナスターシャは慌ててどいた。
女性は後の物入れから、壺やら水差しやら、色々なものを地面に並べる。
本当にきれいな人だ。
屈んで壺を並べる動作さえ美しく、神様はナスターシャの倍くらいは造作に時間をかけたに違いない。
「ね。私、ここいらで水売りをやっているの」
「水、売リ?」
そ、と女性はイタズラっぽく笑った。
「水を汲んで売るの。これくらいの町だと、井戸までずぅっと歩くより、ちょっとのお金で水買う人がいるのよ。まぁまぁの副業ね」
女性は、小さく呪文を唱えた。空中に水の球が生まれ、きれいに水差しの中へ落ち込む。
続いて呪文を唱えると、透明な氷が生まれて、水の中へ入った。
目をぱちくりさせてしまう。
「へぇ……!」
「氷入りのお水、魔法使いの特権よ」
差し出された水差しには、澄んだ水と、透き通った氷。
水を汲む商売は昔からあるが、氷を浮かべてくれた人は初めてだ。
「氷を生み出すのッテ、高度な魔法……」
この人、かなりの実力者だ。空腹でぼんやりしていてもそれくらいは分かった。
当人は謎めいた微笑である。
「魔法は使い道よ」
魔物がいなくなっても、スキルに他の使い道を見つけた人もいるのだ。
「ね。こういう商売って、なんていうかわかる?」
出し抜けに女性は尋ねてきた。つややかな唇が、にま~っと左右に引き伸ばされ、
「水商売っていうのよ~~! あっはっはぁ!」
ナスターシャは呆気にとられた。とんでもない美貌では、冗談が冗談になっていない。
女性はしばらく肩を震わせていた。
こっちはたじたじである。
「……ふぅ。あなたも、お仕事探し中なの?」
だから急に問われた時、無防備にも、ぴしっと固まってしまった。
「い、いやぁ~」
目を泳がせるが完全にお見通しだろう。ついでにお腹までぐぅと鳴って、赤面した。
「……わかりマス?」
「人とたくさん会うからね。なんとなく雰囲気が、ね」
「……ハイ」
「ふぅん? なら、エイダの匙に行くといいわ」
しゅんとしていたナスターシャだが、思わぬ提案に顔を上げた。
「第3地区、つまり平民街の端にある宿屋さんよ。場所の割りに行儀もいいし、壁の掲示板に依頼が張られることがある」
「ギルドの酒場でもないノニ、デスカ?」
「全ての困りごとをギルドが解決してくれるわけじゃないからね。ギルドのはあくまで依頼で、エイダの匙のは、そうねぇ、求人っていうことになるかしら」
女性は肩をすくめてみせる。
ナスターシャは慌てて腰を折った。
「ご、ご親切に、どうもデス。お水のお代ハ……」
「除霊のお礼よ、タダでいいわ。ついでに、水売りディアナの名前も覚えておいて? あなたとはまた会える気がするわ」
ナスターシャは何度も礼を言って裏路地を後にした。
「やりたいこと、見つかるといいわね」
騒がしい表通りに戻ってくる。少しだけ、勇気が出た。
魔物がいない世界でも、何か、やれることがあるかもしれない。
「よシ!」
ナスターシャがまずやったことは、大急ぎで冒険者ギルドにとって返すことだ。
「ホブさん!」
ばたばたと戻ってきたナスターシャに、幹部ホブは目を丸くした。
「ど、どうなさいました?」
「さっきの、パレードっていうの。紹介だけでも、してもらえませんカ?」
ネクロマンサーは続けたままでいたい。
ナスターシャは色々な魔法が使える。このような冒険者としてのスキルに、何か新しい使い道があるかもしれない。
「た、確かにワタシ、死霊術師デス……! それデモ、なんでも、やってみマス!」
モーゲンに本来の仕事はないし、別の街に移っても不景気は同じだ。
ならば、ジョブを変えないまま働けるところがいい。
ダンジョンやクエストがなくなったからこそ、別の可能性を試すのだ。
ホブは目を細める。
「挑戦するのはよいことです」
ですが、と付け加えた。
「本当によろしいのですか?」
応接セットを勧められた。顔は怖いが意外と親切なのかも知れない。
「……パレード。冒険者による、興行団。戦争中から存在していた、いわゆる慰安と宣伝を兼ねた一団が、魔王討伐を期に他の冒険者を吸収、旗揚げしたものです」
ナスターシャの頭で、記憶の結び目がほどけた。
――パレード。
そういえば、とようやく思い出す。やはり確かに、ナスターシャはその言葉を聞いたことがあった。
まだ師匠が健在だった頃、一度だけ目にしたことがあったのだ。
「しかし、手癖の悪い盗賊、暗殺者、用済みの魔獣を押しつけられた魔獣使い、そんなはぐれ者も多いと聞きます」
ホブは低い背からナスターシャを見上げてくる。
「全ての過去を捨て、普通に生きる。そんな選択肢も考えましたか?」
ナスターシャはあごを引き、決意が変わらないことを告げた。考えてみれば、それこそキーンとの同棲を拒んだ理由かもしれない。
「なるほど。根っからの自由好き――いわゆる冒険者というわけですな」
いいでしょう。
ホブは手紙を書き始めた。
「あなたの元を訪れるよう、こちらから座長に伝えますよ」
ナスターシャは連絡先を『エイダの匙』と告げた。ホブも知っている名の知れた宿屋のようだし、他の求人を参考にしながら待つのもいい。
鼓動と期待が高まってきたが、ホブは釘を刺すのを忘れなかった。
「過度な期待は禁物です」
ナスターシャは口を引き結び頷いた。
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