表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/50

1-5:水商売(?)

「あっはっは!」


 あっけらかんとした女性の笑いに、ナスターシャの方が驚いてしまった。


「気にしなくてもいいのよ。私も元冒険者だし、ダンジョンで見慣れているからね」


 手を招くように振りながら女性は微笑した。白い肌と艶やかな唇が目を引く。とびきりの絵画から抜け出てきたと思うほど、抜群にきれいな人だ。


「今のは除霊でしょう? 舞いで魔法を使うなんて、古風なやり方ね」


 ナスターシャは、舞いによって死霊術を使う。

 これはスキルでいうと、『死者の舞踏』と呼ばれるものだ。ネクロマンサーがそう呼ばれる前、辺境のシャーマンたちが降霊術を使っていた時には、この舞踏で術を用いていたという。

 死霊術の源流ともいえるが、今ではほとんど使い手を見ない。

 踊りへの素質が必要なためだ。

 そこまで詳しいということは、この女性もまた冒険者だろう。


「元冒険者よ。そんなに構えられると、困るわ?」


 くすりと首を傾げてくる。白くて長い指が、優雅にナスターシャの後を指した。


「そこ、どいてもらってよろしくて? 私の荷物入れなのよ」


 ナスターシャは慌ててどいた。

 女性は後の物入れから、壺やら水差しやら、色々なものを地面に並べる。

 本当にきれいな人だ。

 屈んで壺を並べる動作さえ美しく、神様はナスターシャの倍くらいは造作に時間をかけたに違いない。


「ね。私、ここいらで水売りをやっているの」

「水、売リ?」


 そ、と女性はイタズラっぽく笑った。


「水を汲んで売るの。これくらいの町だと、井戸までずぅっと歩くより、ちょっとのお金で水買う人がいるのよ。まぁまぁの副業ね」


 女性は、小さく呪文を唱えた。空中に水の球が生まれ、きれいに水差しの中へ落ち込む。

 続いて呪文を唱えると、透明な氷が生まれて、水の中へ入った。

 目をぱちくりさせてしまう。


「へぇ……!」

「氷入りのお水、魔法使いの特権よ」


 差し出された水差しには、澄んだ水と、透き通った氷。

 水を汲む商売は昔からあるが、氷を浮かべてくれた人は初めてだ。


「氷を生み出すのッテ、高度な魔法……」


 この人、かなりの実力者だ。空腹でぼんやりしていてもそれくらいは分かった。

 当人は謎めいた微笑である。


「魔法は使い道よ」


 魔物がいなくなっても、スキルに他の使い道を見つけた人もいるのだ。


「ね。こういう商売って、なんていうかわかる?」


 出し抜けに女性は尋ねてきた。つややかな唇が、にま~っと左右に引き伸ばされ、


()商売っていうのよ~~! あっはっはぁ!」


 ナスターシャは呆気にとられた。とんでもない美貌では、冗談が冗談になっていない。

 女性はしばらく肩を震わせていた。

 こっちはたじたじである。


「……ふぅ。あなたも、お仕事探し中なの?」


 だから急に問われた時、無防備にも、ぴしっと固まってしまった。


「い、いやぁ~」


 目を泳がせるが完全にお見通しだろう。ついでにお腹までぐぅと鳴って、赤面した。


「……わかりマス?」

「人とたくさん会うからね。なんとなく雰囲気が、ね」

「……ハイ」

「ふぅん? なら、エイダの匙に行くといいわ」


 しゅんとしていたナスターシャだが、思わぬ提案に顔を上げた。


「第3地区、つまり平民街の端にある宿屋さんよ。場所の割りに行儀もいいし、壁の掲示板に依頼が張られることがある」

「ギルドの酒場でもないノニ、デスカ?」

「全ての困りごとをギルドが解決してくれるわけじゃないからね。ギルドのはあくまで依頼で、エイダの匙のは、そうねぇ、求人っていうことになるかしら」


 女性は肩をすくめてみせる。

 ナスターシャは慌てて腰を折った。


「ご、ご親切に、どうもデス。お水のお代ハ……」

「除霊のお礼よ、タダでいいわ。ついでに、水売りディアナの名前も覚えておいて? あなたとはまた会える気がするわ」


 ナスターシャは何度も礼を言って裏路地を後にした。


「やりたいこと、見つかるといいわね」


 騒がしい表通りに戻ってくる。少しだけ、勇気が出た。

 魔物がいない世界でも、何か、やれることがあるかもしれない。


「よシ!」


 ナスターシャがまずやったことは、大急ぎで冒険者ギルドにとって返すことだ。


「ホブさん!」


 ばたばたと戻ってきたナスターシャに、幹部ホブは目を丸くした。


「ど、どうなさいました?」

「さっきの、パレードっていうの。紹介だけでも、してもらえませんカ?」


 ネクロマンサーは続けたままでいたい。

 ナスターシャは色々な魔法が使える。このような冒険者としてのスキルに、何か新しい使い道があるかもしれない。


「た、確かにワタシ、死霊術師(ネクロマンサー)デス……! それデモ、なんでも、やってみマス!」


 モーゲンに本来の仕事はないし、別の街に移っても不景気は同じだ。

 ならば、ジョブを変えないまま働けるところがいい。

 ダンジョンやクエストがなくなったからこそ、別の可能性を試すのだ。

 ホブは目を細める。


「挑戦するのはよいことです」


 ですが、と付け加えた。


「本当によろしいのですか?」


 応接セットを勧められた。顔は怖いが意外と親切なのかも知れない。


「……パレード。冒険者による、興行団。戦争中から存在していた、いわゆる慰安と宣伝を兼ねた一団が、魔王討伐を期に他の冒険者を吸収、旗揚げしたものです」


 ナスターシャの頭で、記憶の結び目がほどけた。


 ――パレード。


 そういえば、とようやく思い出す。やはり確かに、ナスターシャはその言葉を聞いたことがあった。

 まだ師匠が健在だった頃、一度だけ目にしたことがあったのだ。


「しかし、手癖の悪い盗賊(シーフ)暗殺者(アサシン)、用済みの魔獣を押しつけられた魔獣使い(テイマー)、そんなはぐれ者も多いと聞きます」


 ホブは低い背からナスターシャを見上げてくる。


「全ての過去を捨て、普通に生きる。そんな選択肢も考えましたか?」


 ナスターシャはあごを引き、決意が変わらないことを告げた。考えてみれば、それこそキーンとの同棲を拒んだ理由かもしれない。


「なるほど。根っからの自由好き――いわゆる冒険者というわけですな」


 いいでしょう。

 ホブは手紙を書き始めた。


「あなたの元を訪れるよう、こちらから座長に伝えますよ」


 ナスターシャは連絡先を『エイダの匙』と告げた。ホブも知っている名の知れた宿屋のようだし、他の求人を参考にしながら待つのもいい。

 鼓動と期待が高まってきたが、ホブは釘を刺すのを忘れなかった。


「過度な期待は禁物です」


 ナスターシャは口を引き結び頷いた。

お読みいただきありがとうございます!


ここまででブックマーク、評価、感想など頂けますと、励みになります。


次話は明日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ