1-4:路頭に迷う
「パレード?」
一瞬、ナスターシャの記憶にさざ波が立った。
これはなんだろうか。すごく昔、まだ子供だった頃に――。
「おや、聞いたことが?」
「……イエ」
しかし明確な思い出が浮かんでくることはない。
ホブは小さな腕を組む。
「パレードとは、冒険者による興業団です」
「コウギョウ?」
「サーカス、という人もいますね。見事な跳躍。素晴らしい刀捌き。そうした冒険者のスキルは、カネをとれる芸でもある」
確かに冒険者の身体能力は普通の人間とは段違いだ。
ナスターシャは先ほどの酒場で、祭りのポスターがあったことを思い出す。そうか、この街にはサーカス団が来ているのか。
さっき思い出せなかったのは、このことかもしれない。
「昨日頃から、その冒険者サーカス団の座長より、ギルドに魔法使いの照会が来ていたのです。希望の職業は魔術師ということでしたが、銀等級のあなたなら魔法の実力は十分でしょう」
そこまで言われても、なかなか話が見えない。
「どんな仕事なんデス?」
「演出用の魔法使いを探しているようでした」
演出。つまり、舞台を光で照らしたりすることだろうか。
「魔法の霧や、音、光、そういったものを舞台に展開するのですよ。この街は今、お祭りを控えておりまして、彼らにとっては書き入れ時でしょう」
「お祭り……」
「死者があの世から帰ってきて、一緒になって騒ぐというものです。もちろん、本物の霊ではありませんがね」
ナスターシャはようやく合点した。
そうした類のお祭りはナスターシャの故郷にもあった。辺境の術者がそういう時に儀式をして、ちょっとしたセレモニーを行うのだ。
辺境にも『ハレ』と『ケ』、つまりめでたいものと忌みものという考え方がある。祭りの時には、その2つが交錯し、たとえば生者の世界に死者が現れる、という伝承も多いのだ。
モーゲンにもそのようなイベントがあるのだろう。
ホブは付け足した。
「ただ、勧めにくい理由もあります。考えてください、興行団――つまり人気商売なのですよ? そしてあなたは……」
嫌われ者。
ようやくホブがすぐに勧めなかった理由を察した。
即決できずに迷ってしまう。
「……私も忙しい。もし心を決めたら、ご連絡ください」
幹部に急かされて、ナスターシャは追い出されるようにギルドを後にした。
パレード。
その内容は気にかかるが、興行団とは少なくとも初めてやる仕事だった。どんな内容かも分からないし、そもそも受け入れてもらえるかも不安だ。
ナスターシャは頭を振り、現実的に考えることにした。
「……次、デス」
他の仕事を探してみようと街を歩く。だが――
「仕事なんてねぇよっ!」
「今回はご縁がなかったということで――」
「ほう、魔法使い、しかも銀等級! え? し、死霊術……? あ、あぁ~……」
その後も魔術師の集まりや、簡単な薬草集めまで当たってみたが、成果はなかった。銀等級の実力に目を見張る人がいても、死霊術師と知ると最後はナスターシャを追い出した。
あるときにはわざわざ冒険者登録票を回し読みされて、指差して笑われた。
半日も経つと足取りに元気がなくなる。
「う、うぅ~……」
うなってしまう。これではゾンビだ。
ついでとばかりにお腹もぐぅと鳴る。
祭りが近いせいか、あちこち屋台が出ていて美味しそうな香りが胃袋を苛めてきた。そういえば正午の鐘が鳴ってけっこう経つ。
しかし掲げられている値札を見れば、そこは大都市の物価。仕事が決まらなければ安心してご飯を食べられない。
「ま、まだまだ、デス!」
そうやって自分を励まし、拳を天に突き上げた。
錫杖を包んでいた袋が緩み、しゃん、と金属音が転がる。
「……アレ?」
ナスターシャの頬を冷たい気配がなでた。足を止める。都会の急ぎ足の人々は、迷惑そうに避けていった。
ナスターシャは道のはしっこに寄り、もう一度気配を確かめる。
「……やっぱリ、死霊デス」
死霊とは、死んだ後もまだ現世をさまよっている魂のこと。
「近くニ、イル?」
気配をたどってみると、どうやら大通りを外れ、裏路地へと続いているようだ。
ナスターシャは杖の覆いを外し、ポーチからは金ドクロの首飾りを取り出した。死霊術師の職業を隠すため、普段はこの首飾りを外している。
なにしろ卵サイズとはいえ、金ドクロは不気味だ。剥き出しの歯は、にぃ、と思い切り笑っているように見える。さすがにこれを四六時中つけているほど無神経ではなかった。
あと地味に重い。
「ウィス」
呼びかけると、ドクロから光が飛び出す。大きさは手のひらくらい。
光はすぐに震え、何かを探すように裏路地へと飛び込む。まるで獲物を探す猟犬だ。
「……やっぱり幽霊がいる。探しテ」
ナスターシャが呼び出した光球は、ウィル・オー・ウィスプという死霊の一種だった。いわゆる人魂で、危険な個体もいるが、ナスターシャが操るのは善良なものだ。
ウィスと名付けており、普段は金ドクロの首飾りに隠していた。
「ウィス! ウィス!」
力を貸してくれるのはありがたいが、この子は少しうるさい。
ナスターシャは咳払いして唇に指を当てた。
「静かニっ」
その時、がたりと音が鳴る。ナスターシャは杖を構えた。
木箱の陰で2つの目が光る。警戒したが、
「にー」
木箱の裏から抜け出てきたのは、猫。
「猫、デス……?」
ナスターシャは目を外しかけて、死霊の気配が猫から出ていることに気付いた。
「こ、この子ニっ!?」
ダンジョンで、墓場で、荒野で。
ありとあらゆる場所でネクロマンサーとしてやってきたが、猫に憑いた死霊は珍しい。
「ウィス! ウィス!」
ウィスが騒ぎ始める。うるさい。
ナスターシャは意識を切り替えた。
一銭にもならないがここまできたらやるしかない。
「除霊しまスっ」
足をかかとで揃え、つま先を左右に開く。錫杖は右手に。ふっと息をはいてから、左足で思い切り踏み切った。
回転、つまりターン。
軸は右足。
杖の金飾りが円を描く。一拍遅れて、しゃん、と涼やかな音。
「アルカナの神々よ!」
円の軌跡が輝いた。
「にぃっ!」
光を受けて猫がひるむ。
その体から白いもやが出てきた。姿を隠した死霊も、除霊の舞いで見えるようになったのだ。
「……その子に憑いちゃダメデス」
白いもやが猫から離れる。
肉体を失った魂は、こうして他の生き物に憑くことがあった。
でも憑かれた方は体調を崩すし、憑りついた霊にもいいことはない。彼らに必要なのは、道案内だ。
「ソッチじゃないデス」
そう言ってやると、一瞬だけ光を残し、死霊はこの世を離れた。魂が休まる場所へ向かったのだ。
「フゥ……」
一仕事終えてナスターシャは汗を拭う。
幽霊の気配が消えて、ウィスも首飾りに隠れた。
「ねぇ」
びくりと動きが止まったのは、呼びとめられたからだ。
慌ててマントの前を閉め、振り返る。女性だ。頭巾で顔立ちはよくわからないが、艶やかな唇が目を引いた。
「今のは死霊術かしら?」
冷や汗が流れる。
ナスターシャは慌てて背を向け直した。首飾りを外してポーチに突っ込む。杖に覆いもつけた。
「ま、まずい、カモ……!」
街中で除霊すると、すぐこれだ。
ネクロマンサーというだけで警戒され、酷いときには邪悪な儀式をしていたと疑われ、そのまま神殿に引っ張られる。死霊を放っておけないナスターシャは、いつも説明に苦労した。
「ええと! こ、これは、デスネ」
あたふたと言い訳するナスターシャに、女性は口を開く。