1-3:パレード
ナスターシャは、ぽかんと口を開けてしまった。
「……キーン」
パーティーリーダー、キーンからの誘いである。いや、正確に言えばもうリーダーではないのだが。
「い、一緒に?」
「そうだ」
キーンは重々しく頷く。ナスターシャも16歳の娘である。幼馴染の誘いにはそれなりにドキリとした。
頬が熱くなったが頭の奥がざわつく。
あれ、罠つき宝箱を前にしたようなこの胸騒ぎはなんだろう。
キーンはまだ前髪を気にしている。まだ迷っている、つまり後ろめたさがあるということ。
「でも……衛士って、一番最初にすごく支度金かかりますよネ? 騎士みたい二」
「うぐっ」
キーンは目をそらした。
ナスターシャは半眼になる。嫌な性格になった自覚はあるが、冒険者暮らしで、この類いには勘が働くようになってしまった。
「そういえバ、2人に、脱退金払ったハズ……」
「あ、ああそうだ」
つまり、カネの話だ。
キーンの頬がひくつく。
やはり臭う。ナスターシャは追い詰めるように身を乗り出した。
「きれいな武具も必要ですシ、確か、高額な前金みたいなものあるッテ」
人間同士の戦争では、戦いの後に捕虜を取る習慣があった。領主に仕える時には奉納金を納める習わしがある。捕虜になった時、このカネから領主が身代金を払ってくれる――という建前だったが、その大半は使途不明金つまり領主のムダ遣いに消えるとか。
「……じ、実は」
大きな体を縮こまらせて、キーンは頭を垂れる。
落ちたも同然なので、ナスターシャは残りのナッツをかじりながら待つことにした。
「部屋を貸すから、さっきの脱退金と未払いの報酬は……一部貸してもらえると助かる」
「やっぱリ」
先ほどの威厳はどこへやら。
そういう裏があったらしい。
小さくなるキーンに、ナスターシャは腕を組んで嘆息した。
「……あくまデ、貸しデスヨ」
「うう、すまねぇなぁ」
キーンはほっとしたようだ。
が、すぐに茶髪をかきむしった。
「って違う!」
「エ」
「そうじゃねぇ! か、カネの話もあるが……言いたいのはな」
恥ずかしさもあってか唇を尖らせている。
「心配なんだよ」
キーンは咳払いした。
「……こう言っちゃ何だが、俺は師匠と縁が切れたのはいい機会だと思う」
ナスターシャは眉根を寄せたが、キーンに撤回するつもりはなさそうだった。
「冒険者全体が苦しいが……死霊術師は、もうダメだ」
ネクロマンサーそのものを悪く言われては、ナスターシャも黙ってない。
「確かに、キーンみたいな戦士や、普通の魔法使いに比べれば、評判は悪いですケド……」
冒険者は、その特性に合わせた職業を持つ。ナスターシャは死霊術師、いわゆるネクロマンサー。対するキーンは肉体派の戦士だった。
「その普通の冒険者がこうして店じまいをしてるんだ。わざわざネクロマンサーに依頼をするやつがいるか?」
正論に、ナスターシャはたじろぐ。
「それに……死霊術の評判は悪いなんてもんじゃねぇだろ」
「う……」
「最悪だ。俺も言いたかねぇし、残念ではあるけど」
ナスターシャは俯いてしまった。
死霊術とはその名の通り、死霊を操ることだ。
ゾンビ、スケルトン、いわゆる死体。そんな不気味なイメージだけが無暗に先行し、冒険者ギルドが付与する職業ではあるが、とにかく気味悪がられる。
――死霊術師が近くにいると不幸になる。
――死霊術師は病気をまき散らす。
そんな迷信さえある。
もちろん実際は違う。死体を使役すると言われるが、力を貸してもらうのは死んだ人の魂、霊魂だ。墓から死体を掘り起こして動かすというのも誤解である。ダンジョンをうろついているゾンビはネクロマンサーではなく敵の魔物が生み出したものだ。
そもそも人間の死体を使役する存在がパーティーに入れるわけがない。衛生的に。
ネクロマンサーの主流はもっと別のものだ。
霊魂と対話し、その力を攻撃や補助魔法に貸してもらう。対価として、霊魂の無念を晴らしたり、望んだとおりに埋葬したりする。時にはそんな対話の中で、罠の存在を知ったり、敵の弱点を知ったりもする。
ネクロマンサーは、無念の魂を看取ることができる数少ないジョブなのだ。
死霊術師ではなく、降霊師、あるいは巫者――シャーマンと呼んでもらえればといつも思うのだが、この名称変更はいつも神官の反対で立ち消えになるという。
「……言いたいことはわかるぜ。でも、現実だろう」
ナスターシャは口を結んだ。
そう、実情は理解されていない。
ギルドは『ジョブに貴賤はない』としているが、現実は違う。
人気のあるジョブと、そうじゃないジョブがある。
「お前にも悪い話じゃない。少なくとも宿の心配はない」
ただ、とキーンは口を濁した。
「いっしょに来るならネクロマンサーはやめてもらわなければならん。衛士隊は評判を気にするし、冒険者なら登録票を出さないわけにはいかないからな」
それが決め手だった。
「……わかりマシタ」
ナスターシャは言って、立ち上がる。
「わかりマシタけど、わかりまセン!」
「…………は?」
「1人でも、仕事がないかやってみマス」
「おい。話聞いてたのかよ」
「聞いてましタ。デモ、ワタシ……最初から諦めるってしたくないデス」
ナスターシャは死霊術に誇りを持っている。
霊とは、すでに亡くなった者達。いわば決して省みられない存在だ。
ネクロマンサーをやめれば、言葉を聞いたり無念を晴らしたりして、彼らを救う人がいなくなってしまう。
冒険者登録票を返上するなんて、半生を否定されたようなものだ。
「ネクロマンサーも、立派な仕事デス」
「……そういう気はしてたよ」
キーンはがりがり頭をかくと、文字を刻んだ布切れを差し出した。
「これハ?」
「衛士隊の詰め所だ。名前を出せば、取りつぐくらいはしてくれる」
「おカネは……」
「ぐっ! ま、まぁ自分でなんとかするから、困ったら来い」
そっぽを向いた横顔に、ナスターシャは昔の兄貴分を思い出した。
「ありがとデス」
「へっ! じゃあ達者でな、冒険者よ!」
酒場を出ると、昼前の喧噪がナスターシャを包む。荒野に近いモーゲンは乾燥しており、初夏の風が土埃を飛ばしてきた。
ナスターシャは数年ぶりにフリーの冒険者に戻ったのだ。
これからはソロになる。しっかり自分で決めて、やらなければ。
「さて……!」
ナスターシャはすでに目的地を決めていた。
まずは冒険者ギルドに行くべきだろう。
酒場共々に閉鎖した支部はあれど、さすがにモーゲンほどの大都市で全て店じまいすることはありえまい。
ほどなく、ナスターシャは中心街の支部へ辿り着いた。
「さすが、モーゲンともなるとギルドも大きいデス」
名だたる商館と並びレンガ造りの立派な建物が構えている。冒険者ギルドの象徴である職業神カーンの神像が、誇らしげに天へ経典を広げていた。
冒険者の組合、つまり、冒険者ギルド。
職業神カーンの名のもとに、冒険者を支援し、その成長を助ける機関だった。職業への適性もここが判断する。
駆けだしはまずこのギルドを訪れ、戦士、魔術師、神官、盗賊といったジョブを付与されるのだ。
ナスターシャもまた、この場所で死霊術師――ネクロマンサーのジョブになった。
「……アレ?」
感心したのも一瞬、ナスターシャはすぐに異常を悟った。
長蛇の列が建物から溢れている。これでは依頼が張り出されている掲示板に近づけもしない。
呆気にとられていると、ギルド職員が近寄ってきた。
「申し訳ありませんが、依頼もありませんし、窓口もあの行列です」
「依頼を探してるんデスケド」
「ですから……」
返答に職員は「おや」という顔をした。独特な訛りのせいで、ナスターシャは大抵の人に南方出身だと見抜かれる。実はけっこう気にしていた。
「……コレ、登録票デス」
ナスターシャは冒険者の登録票を渡した。
そこには蛇が巻き付いたドクロが刻印されている。
「ね、死霊術師の印……」
男は露骨に身を引いた。棒があったらそれに突っかけて登録票を返してきただろう。
「銀等級デス」
要するに上から2番目の等級だ。これには特権がある。
「幹部への面会を希望デス。掲示板に出ていない、非公開の依頼があるはずデス」
「……わかりました」
ナスターシャは、しばし応接室で待たされる。やがて背の低い老人が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ありませんねぇ。冒険者ギルド、モーゲン支部長のホブと申します」
クチバシのように鼻が大きく、ゴブリンのように見える。
幹部ホブは片眼がねを直しながら、ナスターシャの登録証を見る。ぎょろっと顔の割りに大きな目玉が動いて不気味だった。
「死霊術師。ほうほう、しかもお若いのに銀等級、大したものです」
ホブはくつくつと笑いながら、登録証をナスターシャに返す。製本された書類を取り出して、ぱらぱらとめくった。
聖都モーゲンの冒険者ギルドには、あちこちから冒険者の情報が送られてくるようだ。
「経歴。ベルベチカ山岳地方出身。13歳の頃から見習い制度を活用し冒険者として登録。15才で正式登録、魔王討伐で多くの冒険者と共に参加、功績を積みあっという間に銀等級。その後もパーティーを組んだりソロ活動をしたりしながら、功績をお積みに……」
ぶつぶつと、まるで呪文を唱えるようだ。
夜に出会えば十人中九人がゴブリンと空見するに違いない。残る一人はゴブリンかと納得する。
「なるほど、実力は疑いません。ですが、昨今はどんな依頼も少ないのですがねぇ」
ナスターシャは意を決して尋ねた。
「……ま、街の死霊退治の依頼は、ありますカ?」
ホブは本を置き、目を細めた。
ちなみに死霊とは、文字通り人や動物が死んで魂だけになった存在をいう。
「ダンジョンではなく、街の死霊?」
片眼がねの奥で、皺につつまれた目が光る。
「なるほど、なるほど。確かに死霊がいるのはダンジョンや荒野だけに限りません。街でも人は死ぬもの、特にモーゲンのような都市であれば、確かに幽霊騒ぎという依頼はありますね」
よい着眼点、とホブはナスターシャを褒めた。
「しかもたいていの依頼は非公開。掲示板に張り出されることなく、秘密裏の斡旋になります。ま、その分、ギルドへ払う口利き料は多いのですが、幽霊が出た建物や路地にも持ち主はいますからねぇ……評判を気にするのでしょうな」
死霊術とは戦闘だけではない。迷える霊魂を除霊するのも、立派な死霊術の役割だった。
「な、なラ……!」
期待を持ったナスターシャに、ホブはそっけなく告げた。
「ですが、ご紹介はできかねます」
ナスターシャは前につんのめった。
「い、依頼ハ?」
「確かにあります。しかし、あなたに斡旋はできない規則です」
いよいよわからない。
ホブは眉を下げ、少しだけ哀れむように言った。
「申し訳ありません。確かに街の幽霊退治の依頼はありますが、別の方々が独占しているのですよ」
「べ、別ノ……?」
「神官、そして魔術師です」
ホブは制するように手を出した。
「どちらも聖都モーゲンでは大きな権力を持っています。魔術師学院もありますし、神殿もあります。ただでさえ不況、なので少ない依頼から嫌われ者は閉め出される……そういうことです」
どうやら冒険者ギルドへの期待は捨てねばならないらしい。
「残念ながらあなたの場合、持って生まれた職業は変えられませんしねぇ」
ネクロマンサーへの適性は特別で、これがあると他のジョブに転職できない。珍しい才能の反面、一生を日陰で過ごす烙印でもある。
ホブはしばらくの間、がっくりとうなだれるナスターシャの登録票を読んでいた。
「ふむ。とはいえ、珍しい職業。実力も確か。であれば、もしかしたら――」
片眼鏡がきらりと光る。
「パレード、という言葉を聞いたことは?」
お読みいただきありがとうございます!
ここまででブックマーク、評価、感想などいただけましたら励みになります。
続きは明日に投稿いたします。