2-12:本番
本番の朝がやってきた。
陽は出ているがちらほらと雲があり、雨が降らないかとみんな気にしている。荒野にとって降水は恵みである一方、お客の入りにはマイナスらしい。
開演は午前中だ。
ナスターシャ達は早起きして体をならさなければならなかった。
「いい? おさらいするわ」
大テントの控え室で、ミリィは猫耳をぴこぴこ揺らした。明るい緑を基調としたステージ衣装は、薄暗い部屋のせいか淡く光って見える。燃えるようなオレンジ髪も、今日は入念にセットされていた。
「あんたの出番は、あたしの演技だけ。だからとりあえず、最初はとにかくリラックス」
ナスターシャはふんふん頷いた。
「……まぁ力抜けって言われても無理よね」
「ハ、ハイ!」
「なんでいばるのよ」
ミリィは口元をむにゃむにゃさせた後、これだけ言った。
「練習したと思うけど、もう一度言うわ。一番あがりやすいのは、交代の時よ。あんたにとっては、あたしの番が始まるときね」
ナスターシャは顎をひく。
「最初の入りには気をつけて。ティーチが補助してくれると思うけどさ」
その後、ナスターシャは裏方を手伝った。
観客が入る客席は、円形の舞台をぐるりと囲う構造である。飛竜の骨で組まれた観客席の裏には演者の通り道や物置があり、華やかな舞台とその裏側は対照的だ。
ナスターシャはそんな通路から、少しだけ客席の方を覗いてみる。
「わぁ――」
大テントのゲートが開くと続々と人が入ってくる。
どたばたであまり実感が湧かなかったが、冒険者サーカス団はやはり娯楽の花形であるらしい。
そのほとんどはローブに黒い角帽という魔術師達だった。けれども違う人達も混じっていて、ナスターシャは眉をひそめる。
「あの白いローブ……神官、デス」
ネクロマンサーを嫌っていることも多いので、苦手なジョブだ。
「魔術師学院の貸し切りっていってたケド……」
首をひねってしまう。
不思議ついでにさらに観察していると、魔術師の数人は一抱えの器具を持ち込んだりしていて、なおさら妙だ。魔法的な道具なのだろうか。透明な筒で、中身は水に見えるけれど――。
「うーン?」
そのうち開演の時間が近づいてきて、エイプマンが演者達を集めた。
「諸君」
その言葉に、何人かの演者が顔を見合わせた。
なんだかいつもの元気がない気がする。
「……俺達の仕事は、なんだと思う?」
不思議な質問だった。いつも真っ先に応えるのは、ミリィだ。
「サーカスでしょ?」
「違う」
その否定があまりにも早くて、パレードにかつてない緊張が生まれた。
手を上げたのは、ピエロ化粧をした小人族。
スマイリーだ。
鋭い目つきと太い腕がいつもながら身長とアンバランスである。頬の十字傷も怖い。
「笑顔を作ること」
「そうだ。さすが、笑顔にさせるプロフェッショナル」
エイプマン座長は強く笑った。
「慣れた舞台だが、初心を忘れるなってことさ」
ナスターシャはミリィを見たが、彼女も肩をすくめただけだった。座長の後ろにいるピンク髪の男性、ティーチはいつもの捉えどころのない笑みを浮かべている。
「座長はどうしたんだ?」
「いつもと雰囲気が違うな」
団員が囁きあう。ナスターシャも気になったが、大笛が考え事を中断させた。
開演まで、あと30分。
緊張で喉がひりひりしだした。
「ま、しっかりね」
ナスターシャはミリィと一緒に控室を抜け、大テントの裏口へ出る。
そこでは出番を待つ魔獣たちが檻に入っていた。
「みんなお待たせ」
ミリィは魔獣達に最後のおまじないをするように、一頭ずつを丁寧になでていく。サーベルキャットという巨躯のトラに、大イノシシ、そして縞々の馬。
一つの檻に近づいて、ナスターシャは驚いた。
「ぐ、グリンフォン……っ?」
「こいつはヒポグリフ。足を見て、ヒヅメがあるでしょ?」
「こ、こっちハ?」
「ギガファント。単にゾウとも呼ぶわね。長い鼻が特徴。そっちは、今日他のテイマーから借りたのよ」
ミリィは長い鼻で遊ばれそうになりながら、苦笑した。
「公演が急に決まったから、間に合うかどうかギリギリだったけど……あ、でも、この子は何度も使ってるから心配しないで」
確かに魔獣達はいずれもミリィに慣れていた。それでも子供の腕ほど太さがある鎖で結ばれていて、危険な魔獣ということはわかる。
その鎖を外す作業は、スタッフではなく必ずミリィがやった。小柄な猫耳少女は、確かに腕利きの魔獣使いなのだ。
「銀等級……」
改めて口に出すと、冒険者サーカス団に属する一流の多さに驚く。
他の演者も、レア職の暗殺者とサムライ。彼らを束ねる演者チームの長、ティーチも高位の身体能力なのだ。
ナスターシャがこんなに早く受け入れられたのも、実力者が多いからだろう。腕利きほどネクロマンサーの実態に詳しく、理不尽な差別をしない傾向にある。
そろそろ、演者達がパレードにいる理由を尋ねてもいいかもしれない。
「……この子らってね」
鎖を外しながら、ミリィは呟いた。
「けっこう、怖がられるのよ。当たり前よね、こんなでかくて、強そうで、当たり前に人間なんてずたぼろにしちゃうんだから」
ミリィは最後の魔獣、大イノシシをなでた。
「で、魔王との戦争が終わったらお払い箱。こいつらも主人と一緒にいろんな仕事をまだ請けてるけど、こういうショウにでも出て食い扶持を稼げないと、もう暮らしていけないのよ。人間になれすぎたから、もう元の密林には戻せない」
巨大なイノシシが、人の顔くらい大きな鼻をミリィにすりつけた。鼻息にそこら中の土煙が舞い上がる。他の演者が文句を垂れた。
「げほっ。あたしもこいつらも、生きてかなきゃいけない。だから……『失敗できない』、『パレードの評判を下げちゃいけない』って思い詰めてたのかもしれない」
ミリィは背中を向けたまま尻尾を揺らめかせた。オレンジ髪からひょっこり飛び出す猫耳も落ち着かなそうに動き回っている。
2回目の大笛。
「ナスターシャ!」
翡翠色の瞳はきらきらしていた。
「最初けなして、悪かった。昨日の魔法は……か、かなり素敵だったよ」
2回目の興行が始まった。
エイプマンの挨拶が済むと、まずはピエロがジャグリングを行う。次に、軽業師のクレア&ナレアが小さな鉄の箱に入って見せた。さらにはサムライの剣技が炸裂し、双子が入ったはずの鉄の箱が真っ二つになる。
あわや大惨事と思われたが、クレア&ナレアはトリックを用いて脱出していた。
なお、鉄の箱を切断したサムライの剣技は、トリックではない。
次々と演目が入れ替わる。すぐにミリィの順番が来た。今回の目玉公演だ。
「さぁお待ちかね!」
エイプマンが胸を膨らませて叫ぶ。
「はるか東の密林からやってきた、ビースト・マスタァ!」
大テントに暗闇が訪れた。
ナスターシャの演出を際立たせるため、全ての天窓が閉じられたのだ。
とん、とん、とん、とん。
リズムを思い出しながら、最初の魔法を唱える。
「灯明」
空中に光の玉が生まれる。ナスターシャは錫杖を下げ、そこから一条の光を降ろした。
その先にはうずくまった獣人がいる。
演技、開始。
「濃霧」
天井付近に霧を出す。攻撃魔法を応用し、雷と水をごく弱く散らした。
「スコールだ!」
客席から声。実はエイプマンが忍ばせたサクラだ。
「空音」
大テントを包む雨音。
客から見れば一気に密林の中にやってきたように感じるだろう。
緊張を肌で感じる。
失敗したら、どうしよう。
不安が巻き起こりそうになったその時、ステージの反対側の隅に、ピンク色の髪を見つけた。
演技指導ティーチは小さな棒を持っていた。
楽団用の指揮棒を、歌姫らから借りてきたらしい。
いよいよ難しいタイミングというところで、ナスターシャと目が合い、にこりと笑う。
ティーチの口が動いていた。
――1。
最初のリズム。ドラムと共に、指揮棒が振られる。
――2。
次のリズム。
ミリィが足に力を込めた。限界まで張り詰めた弓のように。
――3。
魔獣使いは地を蹴り、猪の頭に足をかけ跳躍。
――4!。
客席がどよめく。
霧の中に入ったミリィをナスターシャは次の灯明で照らした。
まるで影絵だ。
揺れるロープ。舞い踊る装束。
濃霧で生んだ雲に、灯明で照らしたミリィの陰が映し出される。ごろごろと恐ろしげな雷音は、魔法以外にも、周囲のスタッフが小石で鳴らしていた。
客席から次々と拍手が起こる。ナスターシャはミリィと息を合わせて、照らし方を次々に変えた。
視界の端にティーチがいる。指揮棒を真下に下ろしたのを見て、ナスターシャは一条の光をステージ中央に下ろした。
ミリィがそこに着地する。
ナスターシャは、その位置が床ではないことを知っている。
「おお!」
どよめきが上がった。
ステージがミリィを押し上げたのだ。
端から見ていると、ステージに身を乗り出そうとしたり、前の人を押しのけようとしている学徒が見える。なんだか気分がいい。
さぁ仕上げだ。
着地から3つ拍を数えて、ナスターシャは光を最大限に。
客は気づいただろう。
狭いステージには魔獣がひしめき、彼等がミリィを押し上げたのだ。学徒が悲鳴をあげていた。どうやら最も強面の大虎――サーベルキャットと目が合ったらしい。
ゾウの背中でミリィが声を張った。山猫のような声に、魔獣達が呼応する。
魔獣の山を征し、その上に立つビースト・マスターだ。
ミリィが一礼して手を振ると、ステージの緊張が段々とほぐれていく。魔獣達は円形の客席によく見えるように、ステージをぐるりと回りだす。
その間にミリィを高く押し上げていたのは、ゾウの長い鼻であった。
「皆様、魔獣使いの演技、いかがでしたでしょうか?」
エイプマンが帽子を振る。
「今は遠くなりにし、冒険の世界! そこでの魔獣達の、まさしく獅子奮迅の活躍、その一端を皆様にお見せしましょうっ!」
エイプマンのその言葉で、次の演目が始まった。
陽気な太鼓のリズムに乗って、獅子が火の輪をくぐる。イノシシは団員達を空に向かってかち上げた。
ミリィが演技にこめる気持ちが、伝わってくる。
――この子達を忘れないで!
冒険時代を共にした魔獣達を、その活躍を、ミリィはきっと伝えたいのだ。笑顔を生む、興行の中で。
「あっ!」
ミリィがわざとらしく声をあげた。
エイプマンが、これまたわざとらしく頭をなでる。いつもの帽子を、小さな猿が取っていた。
「皆様、座長の帽子を取り戻すことに、ご協力をっ!」
猿が客席に帽子を放った。帽子は1人がキャッチし、それからまた別の人に投げられる。観客との距離が近いからこその振る舞いだろう。
最後にミリィか座長、どちらに帽子を返すか、客が選べるという趣向だ。
「すごい」
熱気が伝わってきて、ナスターシャはゾクゾクした。
ここで手順を誤るわけにはいかない。
演技の締めくくりに、ナスターシャは緑の光りを注ごうとした。
けれど熱気とは正反対の、冷ややかな空気がナスターシャの背筋を震わせる。
「……え?」
金ドクロの首飾りが揺れている。ウィスが騒いでいるのだ。
「まさカ――」
天井に注目すると、濃密な死者の気配を感じた。微かに黒いもやが生まれている。
「死霊……!」
どす黒い雲が大テントの天井に広がった。
お読みいただきありがとうございます。
ここまででご評価、感想などいただけますと、たいへん励みになります。
ページ下部にWeb拍手もありますので、押していただけると作者が勝手に喜びます。
次回は9月13日(日)に投稿予定です。
ナスターシャが活躍します。




