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1-2:分かれ道

 ――当領地では、頭数保護のためドラゴン討伐を禁止にします。


 ナスターシャは何度も目をこすって確認する。しかし紙に書いてあることは同じ。


「……ど、ドラゴンを保護? 人間を保護じゃなくテ?」

「さっきも言ったが、レッドドラゴンは今や絶滅危惧種だ」


 リーダーは目元を揉んでいた。弓使いの娘が引き取る。


「なんかね。国の偉い人がやってきて、本格的に保護するみたいなのよ。一匹もいなくなったらドラゴン素材の武器って作れなくなるじゃない」


 なんとまぁ。

 ナスターシャは呆れる思いだった。

 確かに仲間の言うとおり、こんな景気で魔物殺しが成り立つわけがない。

 重戦士はさっきから何度も頷いている。


「むぅん……潮時」


 リーダーが話は終わりだとばかりに、どんと杯を置いた。


「ナスターシャ、分かったろ? 合流した直後で悪いが、こっちの景気もこんな感じになっちまった」

「デモ、まだ魔物は」

「確かにいる。真実、困っている連中もいるだろう。だがね、あっという間に狩り尽くされる」


 リーダーは目を細くした。ふざけている表情ではなく、パーティーの針路を考えているプロの顔だ。


「店じまいは早いほうがいい。ずるずる続けてカネをすり減らすくらいならまだいいが、こういうご時世だ、妙な厄介事に巻きこまれるセンもある」


 ナスターシャは浮かせていた腰を下ろした。

 呆然としてしまう。酒場が静まりかえっている理由が分かった。この店を使っていた冒険者は、すでに足を洗ってしまったのだろう。

 乱雑で、騒がしく、最初は大嫌いだった場所だが、こうなってしまうと寂しいものだ。


「……言いにくいが」


 リーダーは目をそらした。

 重戦士が下を向き、弓使いも頬をかく。


「実は、俺達3人には、冒険者を辞めた後の求人が来てる」

「えっ」

「弓使いのセレナは、商人の護衛団。重戦士ラルゴは、クニで仕官する。俺は……モーゲンの衛士隊にスカウトされた」


 特に最後のひと言に、ナスターシャは目をまん丸にした。


「スゴイっ」


 この街、聖都モーゲンの衛士隊とは冒険者の憧れだ。辺境への出入り口ということは、活気満ちる新しい都ということでもある。

 そんな都を治める、モーゲン領主の衛士隊。出世して隊長にでもなれば超がつく高給取り。

 入隊するだけでも領主の城館に出入りすることになり、事実上、きらびやかな貴族社会の仲間入りだった。


「……あ」


 直後、ちくりと胸が痛む。


「それで、すぐ解散なんデスネ」


 リーダー達は決まり悪そうに頷く。

 この景気では、うまい話はいつまでも待ってくれるとは限らない。話を受けたら冒険者は辞めねばならず、4人パーティーの3人が抜ければ、当然に解散だ。


「お前を呼び戻した時は一緒に依頼をこなす予定だったんだが、こういう事情になっちまった。手紙は送ったんだが」

「……急いで来たノデ」

「行き違いか。その……すまない!」


 頭を下げるリーダーに、ナスターシャは無言で立ち上がった。

 身長が高めのため、みんなを見下ろす感じになる。1.7メルトールとは、男性と変わらない背丈だ。


「おい?」


 戸惑うリーダーに、静かに、と唇に人差し指をあてる仕草で返した。

 土色のマントや、布地の多い装束を確かめる。

 視線を受けながら、錫杖を取り先端にはめた袋を外した。しゃん、しゃん、と音を鳴らしてから、くるりと舞う。

 マントがふわりと踊り、きれいに決まった。


「おめでとうございマス!」


 門出を祝うのに、舞いで邪気を祓うのは広く見られる風習だ。死霊術師(ネクロマンサー)とはいえ、ナスターシャもまた術師の一人。

 まして仲間とあっては、門出を祝うのは当然のこと。


「お前……お人好しっつーか、なんつーか」

「反対しても、他みんなが同じならしょうがないデス」

「だけどな――ああ、くそっ。ありがとう!」


 一番の出世なのに、リーダーはとても情けなさそうな顔をしている。他のメンバーもナスターシャの笑みにほだされたように、張り詰めた表情を緩めた。


「……ありがとう。そう言ってもらえると、正直、気が楽になるわ」

「ぬぅん、君は器が大きい」


 自分のいない場所で話は決まってしまった。とはいえ、パーティーから一時外れていたナスターシャにどうこう言える話ではない。冒険者とは結局は流れ者なのだ。

 立場としてか、リーダーはナスターシャにも水を向けた。


「こっちから聞くのもなんだが、お前はどうする? 辺境への遠出は、師匠からの呼び出しだったんだろう?」


 ナスターシャの笑顔が陰った。

 一時的にパーティーを外した理由は辺境での仕事だが、それは師匠からの呼び出しでもあった。

 ナスターシャにとって、師匠とはネクロマンサーとしての手ほどきをしてくれた、親代わりの人物だ。非常に厳しくて、普通の親のようであったわけではないけれど。

 師匠とナスターシャは辺境で合流し、死霊を退治する旅をした。


「また師匠のところへは戻れるのか?」


 旅の結果を話すのは、辛い。


「……実は、師匠ハ……」


 努めて明るく言おうとして、かえって声が震えてしまった。


「灰に、なりまシテ」


 その言葉が『死』を意味することを、冒険者で知らぬ者はいない。

 場が凍り付く。

 リーダーは数度口を震わせたが、この業界に月並みな慰めは不要だ。


「すまねぇ」

「イエ」


 ナスターシャは短く事情を話す。

 請けた仕事は全てこなせたが、ナスターシャの師匠は死霊と相打ちになる形で落命していた。

 全てを聞き終えた後、リーダーが冒険者式の短い弔辞を口にする。


「……希代の術師に」


 全員で杯を掲げ、飲み干した。

 噛みしめるような沈黙。

 ナスターシャは思った。死霊術師(ネクロマンサー)の修行を終え、田舎から出てきて、最も長く在籍したパーティーだった。3年は一緒にいたのだ。彼らと同じテーブルを囲うのは、これが最後だろう。

 弓使いが空気を変えた。


「あーあ! 結局、このパーティー名はよかったわね」

「むぅん」

「……ホントに、ドラゴンもたくさん倒しましたしネ」


 竜殺し団は、リーダーが掲げた目標から取られたが、いつしか実績になった。この4人でダンジョンにもたくさん潜った。


「お前の照明魔法とか、幻惑魔法とか、死霊術以外にも助けられたぜ」


 リーダーも懐かしそうに言う。

 そんな間にも手続きは進む。

 脱退金の取り分け、情報交換、そうした手続きを儀式のようにこなす(立場上、ナスターシャはちょっと多めに受け取れた)。

 最初に席を立ったのは、弓使いの女セレナだった。


「じゃ、いくね」


 次に、重戦士ラルゴが立ち上がる。


「……さらば」


 ナスターシャとリーダーが残された。

 寂しくなってしまうと、人生というやつの急転直下ぶりに呆然としてしまう。

 無職になってみると今まで読み飛ばしていた壁ポスターが目に入った。酒場の店員募集や、他の店の宣伝、いずれも古そうで今も求人が有効かは不明だ。

 真新しいポスターは、今日から始まるというお祭りと、そこに来るというサーカス団の広告ぐらいだ。


「……ハァ」


 ため息。でも仕方がない。

 ナスターシャがそろそろ行こうと思い始めた頃、なんだかリーダーもまた妙にそわそわしていることに気付いた。


「なぁ、ナス」


 ナスターシャは唇を尖らせた。


「その呼び方、やめて下サイ。野菜みたい」


 リーダーはやはり落ち着かない様子だった。バンダナから目元に落ちる茶髪を神経質そうに直している。


「師匠殿のことは、残念だった。助けてもらったこともある。無念だったろう」

「デス……」


 リーダーは口許をもごもごさせている。慌てた様子で水を飲み、しかもむせた。


「ごほっ!?」

「き、キーン?」

「あ、ああ、うむ」


 ナスターシャは首を傾げた。

 竜殺し団のリーダー、キーンは隣村の出身だった。冒険者になってから再会したのだが、髪を直すのは迷っている時の癖である。

 さっきから様子がおかしい。


「提案、させてくれ」


 ようやくキーンはナスターシャを真剣な面持ちで見つめた。


「……俺は衛士になる」

「ハイ」

「もし働く宛てがないなら、一緒に、暮らさないか?」


 今度はナスターシャがむせた。


次話は本日22時頃に投稿いたします。

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