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2-10:次なる舞台

 ミリィと話した夜から、迎えての朝。

 大テントでの練習はさらに激しくなった。昨日も十分きつかったが、それでもミリィはテンポを新人に合わせていたらしい。今日は全開だった。


「いくよ!」


 ミリィは準備運動が終わったすぐ後に、口笛で大イノシシを呼ぶ。


対空(エアリアル)!」


 魔獣のかち上げを利用して大テントの遙か天井まで飛び上がってしまった。

 ついてきてみな、と言われているようで、ナスターシャは頬がかっと熱くなる。


「よシ!」


 と、気合。

 灯明(ライト)濃霧(フォグ)空音(ブランク)

 戦いのための3つの魔法が、獣人(アニマ)の動きと合奏になる。ミリィが霧を破れば光が追い、空隙を埋めるように応じて音。

 真剣な練習に、この少女が少し分かってきた。

 すごく真面目で演技にたくさんのものを賭けている。サーカスで表現したい何かがあるのだ。


「……ちょっとはやるじゃん」


 褒めてくれたけれど、動きが優しくなる気配はまるでない。


「デモ、ワタシだっテ……!」


 昨日の教訓を元に魔法を使う。コツは『動きを見てから魔法』ではなく、頭にリズムを流して『動きを予知して魔法』の状態をつくること。

 ミリィの縦横無尽な動きと魔法による演出は、いわばどっちも主役なのだ。2つが同時に決まってこそ、舞台は1つの世界になる。


 ――ステージに立つ気はないか?


 じりじりと高まってくるのは、憧れ。エイプマンからの誘いは変わらずナスターシャの胸にあった。

 でも今は、目の前の仕事だ。

 誰かを輝かせるのがナスターシャの役目だった。

 できるだけうまく、そう、次の興行までに――


「あれ」


 ふと気づき、魔法が乱れた。


「次のステージっていつデス?」

「知らなかったのかよ!」


 ミリィが天井から降りてきた。

 オレンジ髪から飛び出す猫耳が困ったように揺れる。


「に……休憩がてらに教えてあげる」


 動きを止めると、2人ともどっと汗が出てきた。

 スタッフから水をもらって小休止となる。ミリィは布で汗をぬぐいながら説明してくれた。


「ふぅ……。いい? この後の目玉は、1月後にある天陽祭」


 そういえば、初めて参加したパレードで領主がそんなことを言っていた。


「これは、聖人モーゲンの祝日で、この地方じゃ一番大きなお祭りよ。私達は、そこでもう一度、あの元闘技場の大きなステージに出るの。もちろん通常巡業ってことで、天陽祭以外の日もテントでのサーカスはやるけど……」


 ナスターシャは暦を思い出す。

 天陽祭は、おそらくは夏至の日になるのだろう。辺境でもその日の祭りは多い。ミリィの説明によれば、天陽祭の前にもいくつか祝日があり、そのたびに中規模の祭りが行われるということだった。

 つまり、今は街全体が天陽祭に向けて盛り上がっていく、モーゲンが最も賑やかな時期ということだ。


「ちなみに、これから7日間は興行の予定はないの。平穏週間――つまりできるだけ静かに過ごすべしって、街の神殿が勧めてるのよね」


 だから私達は練習できるってわけ。

 そうまとめてミリィは片目でナスターシャを見上げた。


「な、なるほどデス!」

「わかった?」

「ハイッ」


 話していると、エイプマン座長が舞台の柵を乗り越えてくる。

 巨体から演者らを眺めて、練習の進みを感じ取ったようだ。


「今日はずいぶん調子がいいな」


 汗だくのミリィは憎まれ口を叩く。


「あら座長。遅い登場ね?」


 確かにもう昼前という時刻だった。

 ナスターシャは妙に思う。エイプマンは苦笑で返したが、その仕草にいつもの覇気がない。


「少しばかり街に呼び出しがあってな。やれやれ、肩が凝ったぜ、代わってみるかい?」

「遠慮しとくわ」


 筋肉ではち切れそうな胸にも張りがないように見える。

 エイプマンの手に巻物が握られているのを見て、ナスターシャは目をぱちぱちした。


「……巻物、デス?」

「ああ。スクロールじゃないぞ?」


 スクロールとは、魔法を封じ込めた巻物だ。これは単なる書状のようだが。


「諸君、聞いてくれ」


 エイプマンは演者を集めた。大きく咳払いをして、


「うぉっほん! 連絡だ。少しばかり急だが、臨時で興行の依頼があった」


 続きにナスターシャ達は飛び上がりそうになる。


「4日後だ」

 

 練習期間がいきなり半分になってしまった。

 ミリィが手を上げて割り込む。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」


 ナスターシャも質問がたくさんあったが、ミリィが立て板に水のごとく全て言ってくれた。


「ここ7日は平穏週間じゃなかったの!? 急に決まり過ぎだし、この子は練習足りないし、座長もそんなの断りなさいよ!」


 エイプマンは腕を組む。


「そう。あくまで興行の目玉は、1月後の天陽祭だな。そこまで俺達は大いに稼ぐが、最初はおとなしくしているつもりだった。そうなのだが……」


 ただ、とエイプマンは眉を下げる。


「実は大テントを貸しきりで興行して欲しいと、依頼があった」

「誰から?」


 エイプマンは布告人のように巻物を広げてみせる。

 演者の面々がどよめいた。ミリィは演者達の股下をくぐって最前列に行き、


「げっ」


 と呻いた。

 ナスターシャも前に行く。そこには見事な筆致である人物の名前がサインされていた。


「領主……?」

「モーゲン領主ドラクマ、うちのスポンサー」


 ミリィが苛立たしげに足踏みした。

 演者のリーダー、最長身のティーチが前に出てくる。音楽チームのリーダー、歌姫オーロラもだ。


「確かに、私達はいつでもできるように準備はしているけれど、領主が急に……?」

「わたくし、楽隊にお休みをあげたばかりですわ」

「うむ。日程については交渉した。これでも1日延ばした。領主たっての希望でな……1月後までこの街で興行することを思えば、機嫌を損ねるのはよろしくないだろう」


 エイプマンがそう言うならならば、よほど無理がある交渉だったのだろう。ひどく疲れて見えるのはそのせいかもしれない。


「客も、特別だ」

「へぇ? 誰に? 領主様一人に、あたし達全員でやるってわけ?」

「ミリィ、領主は来ない。魔術師学院が客だ。日頃からモーゲンに貢献している魔術の研究者らに、領主が慰安興行を申し出たってことだ」


 話がとんとん進んでついていけない。ナスターシャは慌てて口を挟んだ。


「ど、どういうことデス?」

「4日後に、魔術師を相手にショウを見せるってコト」


 ミリィの言葉に、ナスターシャはきゅっと杖を握りしめる。

 とにかく次の舞台が決まったのだ。

 期待が不安に勝っている。


「が、がんばりマス……!」


 おっと演者達が注目する。ティーチがにんまりした。


「……あら。ド新人がこういうなら、私達が嫌ってわけにもいかないわね」


 大テントは再び練習に活気づいた。

お読みいただきありがとうございます。


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ページ下部にWeb拍手もありますので、押していただけると作者が勝手に喜びます。


次回は9月6日(日)に投稿予定です。

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