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2-9:勤労意欲


 ナスターシャはふっと息を吸った。

 夜めく空気が肺に満ちる。パレードのテントから離れ、荒野には誰も居なかった。

 満天の星空と鳴いている虫たちが観客だ。もっともナスターシャにしか知覚し得ない、もう何人かの観客もいるのだけど。

 足の位置を整える。

 両足の膝と爪先に真横をむかせ、軸となる右足を半歩前に出す。股関節がとても柔らかくないとできない動作だ。


「第4の位置」


 声に出して復習する。今の立ち方は、第1から第6まで定められた立ち方の、4番目。

 ターンを決める立ち方でもある。

 膝を曲げて力を貯めた。腕を上げ脇から全身を引っ張るように。


 ――膝の位置と、目に気をつけてっ。


 ティーチの言葉を思い出してから、ナスターシャは踏み切った。

 夜空に飛び上がるような力が、体の動きを通じて水平方向へと変換される。

 本当に回転がうまく決まった時は、肩で風を切ったように感じるものだ。腕輪が金の円を描く。


 ――すごい!


 演者のリーダー、ティーチのアドバイスは適切だった。

 会心のターンの効果はすぐに現れる。

 周囲に、微かに人魂が生まれていた。舞いで表現された除霊の効果で、死霊が目に見えるようになったのだ。

 ただ、ロウソクの灯りよりも小さな、とてもとても小さな人魂である。


「……ここでずっと迷ってたんですネ」


 ナスターシャは現れた死霊に語りかけた。

 ごく弱い霊だ。金ドクロの首飾りにいるウィスも反応しない。

 恐らく荒野で行き倒れ、魔物にもなりきれず、かといって完全な死も受け容れられず、ずっと彷徨っていたのだろう。


「モーゲンはあっちデス」


 城壁の方を指差してやる。

 死霊には街を目指すものも少なくない。死霊も生者も、孤独を恐れるのは同じことだ。だから彼らは看取りを求めて人が多い場所へ移動する。

 けれど、彼らがモーゲンに辿り着くことはない。


「アルカナの神々よ」


 舞いによる除霊を継続する。

 人魂として目に見えるようになった死者達に、ナスターシャは語りかけた。


「今から旅立つ魂に、安らぎを」


 ナスターシャに看取られた死者はゆっくりと薄くなり、夜にとけるように消えていった。

 ほうっと息をつく。

 今のは本当にごく弱い死霊だったが、出くわす頻度はやはりちょっと多い。この街の神官(プリースト)達も大忙しなのだろうか。

 そのくせ、初日にパレードを探した時には幽霊は一人も見つからなかったのだが。


「……アレ?」


 何かが違和感を告げた。けれど言葉にできないタイプの直感、胸騒ぎで、すぐに原因は分からない。

 ぼんやり考えていると、後から声をかけられた。


「なにやってるの」


 腰に手を当てたミリィが岩場の上に立っていた。

 驚くナスターシャの元に獣人(アニマ)の少女が降りてくる。ナスターシャは月に照らされる髪が黒なのに気づいた。


「ああ、これ?」


 ミリィは頭をなでる。黒髪から飛び出す猫耳と、同じく黒い尻尾がなんだか夜の妖精みたいだった。


「昼間のはウィッグよ。ステージ用にオレンジの髪をつけてるの。起きてるときはだいたいいつも付けてるわ、慣れないと演技でしくじるかもしれないしね」


 へぇ、とナスターシャは思う。やっぱりすごく熱心な人なのだ。


「っと、それより」


 ミリィは目を険しくした。金ドクロの首飾りを不気味そうに見つめている。


「なにやってるの? いやな気配、感じたんだけど」


 半眼にナスターシャはあっと思った。


「し、死霊を除霊してまシタ」

「死霊?」


 ミリィは鼻を鳴らして周囲を見回す。その肩では小さな白サルがいて、同じく辺りを見回していた。


「あ、アノ、さっきまではいて……」

「ふぅん。それで人魂がでた後に消えたのね」


 どうやらミリィは一部始終を見ていたらしい。腕を組み首を傾げ、疑り深い視線をナスターシャに送ってきた。


「でもどうしてこんな夜更けにわざわざ外に出てまで、そんなことやるのよ? あんた達、死霊がいた方がいいんでしょう」

「け、気配を感じたノデ。除霊して、きちんと看取ってあげないト、いつまでもこの世界を彷徨うこともあるカラ」


 除霊、とミリィは意外な回答を得たように、眉をひそめた。


「……さっきも聞いたけど、死霊を操るんじゃないの?」

「操るといいますカ……力を貸してもらう代わりに、無念を看取って除霊もしマス」

「幽霊を退散させるのって、神官(プリースト)だけかと思ってたわ」

「そう思ってる人も多いデス。ワタシ達もやりマス」


 ミリィはそれでも警戒を緩めない。自然と睨み合う形になり、なんだか決闘でもしているみたいだった。

 ふいに冷たい風が吹いてきて、ぶるりと震える。


「……とにかく、戻りましょ」

「デスネ」


 二人はテントの方へ歩いた。

 昔の川の跡らしいちょっと落ちくぼんだ場所にいたせいで、戻るときには大回りしなければならない。

 ミリィの肩にいたサルが小さな体で先導してくれた。


「聞こうと思ってたんだけどさ」


 坂を登り切りパレードのテントが見えるようになったところで、ミリィが足を止めた。


「あんた、なんでパレードに来ようと思ったわけ」


 翡翠色の瞳はごまかしは許さないぞと告げていた。


「……う」

「この際だから、あたしははっきり言っておきたい。一回だけならまだいいと思う。あんたは昨日のステージはうまくやった。でも、死霊術師(ネクロマンサー)よ?」


 ずきりと胸が痛んだ。


「怖くて、不気味で、死体を使ったりするから不潔。少なくとも評判はそうよ。おまけに人間を裏切って魔物の側についた、本物の裏切り者だっているじゃない」


 魔物との戦いでは人間側からも裏切り者がでた。

 より強い力や、魔法の薬に魅せられて、腕利きの冒険者が離反をしたことがある。ネクロマンサーの裏切り者は特に有名だった。

 最果ての南にあるダンジョン、その地下最下層に実験室を構え、多くの冒険者を返り討ちにしたダンジョンマスター『死霊術師ワグナー』だ。

 もちろん数多い裏切り者の一人、ではある。

 だが悪名高い裏切りネクロマンサーは同業への風当たりを強くした。


「サーカス団の評判は落っこちてからじゃ遅いの」


 ぐっと言葉に詰まる。

 でも実際、そういうことなのだ。

 ナスターシャはネクロマンサーとして平和のために戦った。最後の戦いである魔王城への遠征にも、パーティーと参加し功を挙げている。16才での冒険者ランク銀等級は伊達ではない。

 でも職業全体の悪評は、個人ではどうしようもないのだった。


「わ、ワタシ……」


 ナスターシャはぎゅっと錫杖を握った。


「やりたい、デス……!」

「なんでよ」


 だから職業について語るとき、自信がなかった。どうせ嫌われるのは分かり切っている。


「それデモ、見つけたんデス」


 いつも人目から隠してきた金ドクロの首飾り。その輝きが、不思議と誇らしげに見えた。

 ナスターシャは背中をまっすぐに伸ばしミリィを見据える。


「ネクロマンサーでも、ワタシ、やりたいコト見つけたんデス」


 ひゅうっと涼しい風が吹く。

 はっきりと意思を告げてみると思った以上に腑に落ちた。自信がなかったのは『ネクロマンサー』にではない。好きなものを好きといえなくなる、自分に対してだったのかもしれない。


「キキ!」


 先行していたサルが戻ってきて、ミリィとナスターシャの手を引く。


「あ、あんた」


 戸惑ったミリィが後ずさる。彼女はしばらくサルとナスターシャを見つめていた。


「……戦後は邪魔者、か」


 やがて首を振った。


「意思は確かってわけね。わかった」


 ミリィはパレードに向けてずんずん歩き出した。慌ててナスターシャは続く。


「上等よ。なら明日から本当にばしばしやるからね。いい? あたしの演技を演出する以上、半端な引き継ぎは許さないよ!」


 厳しく言うミリィの口元は、心なしか上がっているように見えた。



〔冒険者登録票〕


名前:ミリィ

性別:女性

年齢:17


職業:魔獣使い レベル14(最大は15)


スキル:アニマル・フレンズ(魔獣と一緒に戦うと本人の能力もアップする)

    対空(魔獣と行う対空攻撃)

    デイ・ブレイク(鳥型の魔獣に朝を告げる鳴き声をあげさせる。死霊特攻)

    ほか、本人にも戦闘スキル多数。



アルカナの暗示:女帝(意味は愛情、家族を守る、わがまま、など)


アルカナの暗示は、ナスターシャが暇な時にカードで占うもの。要は運勢、あるいは生き様。

冒険者登録票の記載事項ではない。

20種類ほどの暗示があり、それぞれ意味が異なる。


――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!


次回は9月2日(水)に投稿予定です。


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