2-7:センス
その後、何度かミリィに合わせて魔法を使ってみた。霧を出すタイミングや、光を出すタイミング、音を送るタイミング。
一つでもずれたらミリィの演技さえ台無しにしてしまうようで、ナスターシャは初めて感じる難しさに戸惑う。
「ちょっと。初日から飛ばしすぎでは?」
歌姫オーロラが不安げに言った。
やがてナスターシャは演技に共通するリズムを感得する。
「……とん、とん、とん」
うん、と頷く。
ミリィのどんな動きにも、一定のリズムがある。
とん、とん。
違う。
二拍子ではなく、四拍子だ。
とん、とん、とん、とん。
リズムを口ずさみながら魔法を使っていく。最初は危なっかしかった光と音とタイミングが、みるみる内に合ってきた。
とん、とん、とん、とん。
光、音、音、霧。
リズムに合わせて魔法を使う。
動く相手への魔法の使い方は冒険者時代にさんざんやった。そこに拍を組み込めばいい。
生み出した白霧は演者を隠すもやにもなれば、反対に演者の影を投影する幕にもなる。ロープからロープ、そして霧から霧へと飛び移る猫耳の少女は、密林を駆ける狩人だ。
ナスターシャは自分が生み出している音の意味にも気づく。
飛び移る時に、びゅん、びゅん、と風を切る音を出しているのだ。
これこそまさにミリィが聞いている音だろう。
ナスターシャはいつしか自分が密林の樹木の上を疾走している気になった。つまり五感だ。食い入るように見つめる内に、観客は演者と五感の1つ――音を共有するという仕掛けだ。
「灯明!」
スポットで光を当てた丁度その位置に、ミリィが着地した。
彼女は大きく目を見開いてナスターシャを見つめている。
「よシ!」
小さくガッツポーズした。
驚く演者たちの中心で、一際背の高いティーチが拍手する。
「お見事よぉ! 演技のタイミングを、自分で見つけ出したのね?」
ナスターシャは頬をかく。鼻が世界樹より高くなりそうだ。
「は、ハイ!」
「魔法使いは、大抵ここでつまづくのだけど」
「え、エヘヘ……ワタシ、呪文を使うのに舞いをしたりするノデ」
「ふぅん、なるほど? ダンシング・ウィザードってわけね?」
ティーチの目がきらりと光り気圧されてしまう。
「め、珍しいやり方ですケド」
「ノン! いいじゃない!」
ティーチはナスターシャの両手を取った。あれよあれよという間に、向かい合ったままステージの中央に連れ出される。
「武術でも演舞でも、全てには理論に基づくリズムがあるの。達人同士の戦いでは、お互いの歩みが円を描いたり、一定のリズムで構えを変えたり」
促されるまま、ナスターシャはティーチの動きに合わせて踊らされた。腕を振り、足をあげる。ティーチは2メルトール近い長身、そしてナスターシャも女性にしては長身なので、それなりに動きが合った。
「つまり舞台も、戦いも、大事なのはリズム!」
掴まれた右腕を高く掲げられる。その姿勢のまま、放り出されるように前へ体を動かされた。
つい癖でターン。
顔が戻ってくるとティーチが輝かんばかりの笑顔でいた。
「あなたも舞いでリズムを感得しているならば、それをステージに活かしても何の問題もぉ、ない!」
ティーチはぱちんと指を鳴らした。
「歌姫!」
エルフの歌姫が唱歌を添える。
なにがなんだかわからなくなってきた。
「改めて歓迎するわ、死霊術師!」
歌が終わった。猫と竜のタンゴという冒険者なら知らぬ者はいない曲だ。
踊っておきながらではあるが、ナスターシャは目が点になっている。ティーチは一礼して距離を取り、ナスターシャの姿をしげしげと検分した。
「ふぅむ、装束に騙されていたけれど、予想より足が長いわねぇ。あらごめんなさい、誉めてるの。ただ……」
ぱんっと背中を叩かれる。
「っ!?」
「迷うと背中が曲がる癖、直した方が良いわよぉ! 胸はんなさい、胸!」
黙って見ていたミリィだが、尻尾を揺らして口を挟んだ。
「……こいつ、舞手じゃなくて、魔法の演出担当じゃん」
「そうだった? ま、心構えよ」
ようやく本題である技の練習に戻った。
踊ったせいかさっきよりもリズムが掴めてきた気がする。ただし難度の上昇はそれ以上。
強い灯明、弱い灯明、強い灯明。
客席に濃霧、天井に濃霧、ステージ全体に濃霧。
そして時々挟み込まれる空音。
前の魔法使いが残したメモ書きを頼りに、強弱様々な魔法を使い分けなければならない。
「む、難しっ……!」
目が回った。
指示書の最後の方は、魔法の名前さえ『○』が灯明、『△』が濃霧、『×』が空音と簡略化されていた。
楽譜というものも専用記号で書かれているというし、その発想なのかもしれない。
ナスターシャはしばらくやってみたが、あまりの難度に涙目でティーチに訴えた。
「こ、コレ、前の人は一人でやってたんデス!?」
「むしろ狭いテントじゃ、一人じゃないとムリなのよ。ほら、魔法って狭い範囲に向かって同じ魔法を使うと、共鳴したりするじゃない?」
「あ、ア~……そうでしタ」
あまりにも狭い範囲に術者が集中すると、共鳴が起こって、途端に魔法が安定しなくなる。
「で、ではなんかコツとかハ……!」
「うふん。ないの」
「じゃあ仕方がない……ってならないデスヨっ? 他の人はどうやって」
ティーチはアルカイックスマイルで言った。
「それが練習」
ぎゃぁ、と叫びそうになった。うまい話には裏がある。
後半はマシになってきたが、結局ナスターシャの初日はミリィとの協働で終わってしまった。
「……に。まだやる?」
「ハイッ!」
なかなか投げ出さないナスターシャに、ミリィは最後まで複雑そうな顔をしていた。
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次回は8月26日(水)に投稿予定です。