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16/50

2-7:センス


 その後、何度かミリィに合わせて魔法を使ってみた。霧を出すタイミングや、光を出すタイミング、音を送るタイミング。

 一つでもずれたらミリィの演技さえ台無しにしてしまうようで、ナスターシャは初めて感じる難しさに戸惑う。


「ちょっと。初日から飛ばしすぎでは?」


 歌姫オーロラが不安げに言った。

 やがてナスターシャは演技に共通するリズムを感得する。


「……とん、とん、とん」


 うん、と頷く。

 ミリィのどんな動きにも、一定のリズムがある。


 とん、とん。


 違う。

 二拍子ではなく、四拍子だ。


 とん、とん、とん、とん。


 リズムを口ずさみながら魔法を使っていく。最初は危なっかしかった光と音とタイミングが、みるみる内に合ってきた。


 とん、とん、とん、とん。

 

 光、音、音、霧。


 リズムに合わせて魔法を使う。

 動く相手への魔法の使い方は冒険者時代にさんざんやった。そこに拍を組み込めばいい。

 生み出した白霧は演者を隠すもやにもなれば、反対に演者の影を投影する幕にもなる。ロープからロープ、そして霧から霧へと飛び移る猫耳の少女は、密林を駆ける狩人だ。

 ナスターシャは自分が生み出している音の意味にも気づく。

 飛び移る時に、びゅん、びゅん、と風を切る音を出しているのだ。

 これこそまさにミリィが聞いている音だろう。

 ナスターシャはいつしか自分が密林の樹木の上を疾走している気になった。つまり五感だ。食い入るように見つめる内に、観客は演者と五感の1つ――音を共有するという仕掛けだ。


灯明(ライト)!」


 スポットで光を当てた丁度その位置に、ミリィが着地した。

 彼女は大きく目を見開いてナスターシャを見つめている。


「よシ!」


 小さくガッツポーズした。

 驚く演者たちの中心で、一際背の高いティーチが拍手する。


「お見事よぉ! 演技のタイミングを、自分で見つけ出したのね?」


 ナスターシャは頬をかく。鼻が世界樹より高くなりそうだ。


「は、ハイ!」

「魔法使いは、大抵ここでつまづくのだけど」

「え、エヘヘ……ワタシ、呪文を使うのに舞いをしたりするノデ」

「ふぅん、なるほど? ダンシング・ウィザードってわけね?」


 ティーチの目がきらりと光り気圧されてしまう。


「め、珍しいやり方ですケド」

「ノン! いいじゃない!」


 ティーチはナスターシャの両手を取った。あれよあれよという間に、向かい合ったままステージの中央に連れ出される。


「武術でも演舞でも、全てには理論に基づくリズムがあるの。達人同士の戦いでは、お互いの歩みが円を描いたり、一定のリズムで構えを変えたり」


 促されるまま、ナスターシャはティーチの動きに合わせて踊らされた。腕を振り、足をあげる。ティーチは2メルトール近い長身、そしてナスターシャも女性にしては長身なので、それなりに動きが合った。


「つまり舞台も、戦いも、大事なのはリズム!」


 掴まれた右腕を高く掲げられる。その姿勢のまま、放り出されるように前へ体を動かされた。

 つい癖でターン。

 顔が戻ってくるとティーチが輝かんばかりの笑顔でいた。


「あなたも舞いでリズムを感得しているならば、それをステージに活かしても何の問題もぉ、ない(ナッシング)!」


 ティーチはぱちんと指を鳴らした。


「歌姫!」


 エルフの歌姫が唱歌を添える。

 なにがなんだかわからなくなってきた。


「改めて歓迎するわ、死霊術師(ネクロマンサァー)!」


 歌が終わった。猫と竜のタンゴという冒険者なら知らぬ者はいない曲だ。

 踊っておきながらではあるが、ナスターシャは目が点になっている。ティーチは一礼して距離を取り、ナスターシャの姿をしげしげと検分した。


「ふぅむ、装束に騙されていたけれど、予想より足が長いわねぇ。あらごめんなさい、誉めてるの。ただ……」


 ぱんっと背中を叩かれる。


「っ!?」

「迷うと背中が曲がる癖、直した方が良いわよぉ! 胸はんなさい、胸!」


 黙って見ていたミリィだが、尻尾を揺らして口を挟んだ。


「……こいつ、舞手じゃなくて、魔法の演出担当じゃん」

「そうだった? ま、心構えよ」


 ようやく本題である技の練習に戻った。

 踊ったせいかさっきよりもリズムが掴めてきた気がする。ただし難度の上昇はそれ以上。


 強い灯明(ライト)、弱い灯明(ライト)、強い灯明(ライト)

 客席に濃霧(フォグ)、天井に濃霧(フォグ)、ステージ全体に濃霧(フォグ)

 そして時々挟み込まれる空音(ブランク)


 前の魔法使いが残したメモ書きを頼りに、強弱様々な魔法を使い分けなければならない。


「む、難しっ……!」


 目が回った。

 指示書の最後の方は、魔法の名前さえ『○』が灯明(ライト)、『△』が濃霧(フォグ)、『×』が空音(ブランク)と簡略化されていた。

 楽譜というものも専用記号で書かれているというし、その発想なのかもしれない。

 ナスターシャはしばらくやってみたが、あまりの難度に涙目でティーチに訴えた。


「こ、コレ、前の人は一人でやってたんデス!?」

「むしろ狭いテントじゃ、一人じゃないとムリなのよ。ほら、魔法って狭い範囲に向かって同じ魔法を使うと、共鳴(ハウリング)したりするじゃない?」

「あ、ア~……そうでしタ」


 あまりにも狭い範囲に術者が集中すると、共鳴(ハウリング)が起こって、途端に魔法が安定しなくなる。


「で、ではなんかコツとかハ……!」

「うふん。ないの」

「じゃあ仕方がない……ってならないデスヨっ? 他の人はどうやって」


 ティーチはアルカイックスマイルで言った。


「それが練習」


 ぎゃぁ、と叫びそうになった。うまい話には裏がある。

 後半はマシになってきたが、結局ナスターシャの初日はミリィとの協働で終わってしまった。


「……に。まだやる?」

「ハイッ!」


 なかなか投げ出さないナスターシャに、ミリィは最後まで複雑そうな顔をしていた。


お読みいただきありがとうございます。


次回は8月26日(水)に投稿予定です。

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