2-4:ステージの魔法
「ナスターシャ。ステージに立つ気はないか?」
エイプマンが告げた言葉に、ナスターシャはぽかんとしてしまった。
「……へ」
「ステージだ。舞い手、つまりダンサーとしてな」
事態が脳に届くまで、しばらくの間があった。
「え、えええ!?」
また立ち上がろうとして、ナスターシャは棚に頭をぶつけそうになるわ、書類を踏みそうでこけるわ、散々な醜態を演じた。
入口のカーテンがさっと開く。
「座長っ!?」
「なんでもねぇよっ」
「……大男と娘って絵面がやばいっすね」
「人聞きの悪いこと抜かしてると魔獣洗いさせるぞ」
顔を出した男は去って行った。ナスターシャは尻餅をついたまま、しばし呆然としてしまう。
エイプマンは決まりが悪そうに頭をかいた。
「……す、ステージ?」
「そうだ」
エイプマンは新たなタバコに火をつけた。
「ふぅ。俺はいろんな冒険者を見てきたが、魔法を踊りで表現するのは、とても珍しい。しかも君の場合、死霊術師」
「……嫌われてマス」
「そう!」
大男の勢いに目を瞬かせた。
「嫌われている? けっこう! それこそが話題性ってやつだ」
ナスターシャが椅子に座り直すのを待たず、エイプマンは大きな身振りで話し始めた。太い指をステッキのように振る。
「噂ってのは、俺に言わせれば2種類しかない。1つ、有名人がオチるか」
エイプマンは立てた指を下に向けて動かした。その後、指を逆に上へ向け、
「もう1つは、嫌われ者がアガるか。つまり、変化なんだ。客はそれを見に来るんだ」
ナスターシャは、はぁ、と気のない返事をしてしまった。エイプマンは止まらない。
「何かが変わるとき、『どんなものなんだ?』と思う気持ちは必ずある。好奇心は本能なのさ。それが起こると宣伝し、呼びかけ、ついでにチケットを売る! ……っとまぁこういうのが俺の仕事さ」
エイプマンは眉を上げ、どうだ、とでも言いたげな顔つきだった。
ようやく働いてきた頭で、ナスターシャはなんとか話を理解しようとする。
「……エエト。つまり、珍しいからデス?」
見世物小屋。失礼だとは思うが、経験上どうしてもそんな単語がちらつき、警戒の眼差しを送ってしまう。
が、エイプマンはそれさえも読んでいたようだ。
「ふむ、珍しさ、か。それもいい線だが……まぁいい。君を推す理由はもう一つある」
大男は上着を整え、背筋を正す。大きな目が見つめてきて戸惑ったが、少なくともそこには、真摯な光があった。
「見事な舞踏だ」
誉められた、と気づくのにすこしの間を要した。
死者の舞踏は戦闘か、あるいは除霊でしか見せない。だから正面から誉められるのは珍しい体験だ。
「ミゴト……デス?」
嬉しい。でも、うまく表情や言葉に出せない。むしろ『本当に?』と疑り深く聞き返しそうになって自分でもぎょっとした。
ナスターシャの反応が鈍いせいで、エイプマンは急に恥ずかしくなったらしい。
ばつが悪そうに煙をはきだしてから、鼻の頭をかいた。
「……急に言われても困るよな。こっちの話もしようか」
話の始めどころを探しているようだったが、結局は諦めたように首を振る。
「俺は元冒険者、重戦士だったが、その前からサーカス団とは縁があった。物資の輸送や場所取り――要するに裏方をやっていた。座長を引き継いだのは、魔王討伐後だ」
ナスターシャは意外に思った。もう10年くらい座長をやっていそうな貫禄がある。
「意外か? まぁ俺もまだまだ座長としては1年と少しだ。それでも、分かることはある」
エイプマンは大きな手をナスターシャに向けた。
「君は踊ることが好きだろう」
なぜか、とてもどきりとした。
そうだ。好きだ。
「……ハイ」
「うむ。愛する何かを披露する時、人間は誇り高い気持ちになる。それは所作を見ればわかる」
死霊術師の踊りとは、死者のために奉じるものだった。
人前で、それも大勢に見せるのは、普通なら考えられないことだ。その意味で昨日のステージはやはり特別だった。
「手、足、それがきれいに動く。優美さってやつがあった」
顔が熱くなり、ごくりと喉が鳴る。
「それだ」
「え」
「気づいているかは分からないが、踊っている時の君の顔は、まるで別人だ。丁度、そんな顔だよ」
ナスターシャは頬に手を当てた。ちょっと熱い。
「おまけに君は魔法も使える。舞踏と魔法、一緒に使える演者はほとんどいない――いや、まったくいないと言っていい!」
続いてエイプマンは、ナスターシャの足を示す。ゆったりとしたチュニックとズボン越しにも分かることがあるらしい。
「そして筋肉、特に足だ。幽霊に襲われてもすぐ立ったし、ふくらはぎの筋肉がしっかりしてる。つまり体幹、そしてジャンプ。こんな筋肉している舞手がいい踊りをしないはずがない!」
エイプマンは何度も頷いている。
「長身もステージにおけるポイントだ。顔が大きいように見えるがそれは首が長いからでもある」
「っ……!」
気にしていることをズバズバ言われ、ナスターシャは口元を震わせた。
目立ちたくない職業で、長身は必ずしもメリットではない。
さすがにエイプマンも口をつぐむ。しかし目付きは真剣である。
「う、うぉっほん。しかし、魔物との戦いは減って、冒険者は仕事が減っているのは事実だろう」
エイプマンはナスターシャをまっすぐに見つめた。
「戦いは終わった。磨いたスキルで輝きたいと思ったことはないか?」
古傷が開いたように胸が痛む。
就職先を決めて、去って行った仲間達。彼らに嫉妬しないわけにはいかなかった。
もちろん親切にしてくれた。でもそれは、『どうせ無理だ』という気持ちの裏返し。見まい、気づくまいとしていた気持ちをはっきりと自覚してしまった。
――私だって、見返したい。
急に広がった可能性は、まるで猛烈な風のように、ナスターシャの心にわだかまっていたものを暴き出した。
気づくと顔を伏せていた。
「わ、ワタシ……ネクロマンサーですシ……」
大勢の前で死霊術の舞を披露して、気味悪がられないだろうか。そもそも死霊術の師匠はなんと言ったか。『まがい物』と呼んだのではなかったか。
迷うナスターシャに、エイプマンは右手を差し出す。
「信じてみろ」
思わず顔を上げた。
「魔法使いの君にだからこそ、知ってもらいたい。魔法はステージにもあるってことをな」
ナスターシャの胸に昨日の喝さいがよみがえった。
元ウォリアーの大男が奇術師に、テイマーの魔獣が曲芸に、シーフの跳躍が軽業になった。戦闘スキルが魅せ方次第で輝く。それこそ魔法のように。
差し出された大きな右手。
胸が高まったが、肩は凍り付いたように動かなかった。
「……すぐに決められる話じゃないことは分かっている」
エイプマンは立ち上がり、山高帽子をかぶった。
「今のは腹案、あくまで君の役目は魔法の演出だ。いずれにしても舞台に立つには覚悟がいる。演者を見てから考えてもいいだろう」
行くぞ、と声をかけられてナスターシャはきょとんとした。
「え。どこへ、デス……?」
エイプマンは大げさに手を広げた。
「おいおい、冒険者式のやり方をもう忘れたのか? 俺達の団員に、君を改めて紹介する。パーティー編成ってわけさ」
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次話は8月16日(日)に投稿いたします。
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