2-2:天陽祭
「皆様、本日はお楽しみいただけたようでなにより」
演技が終わったステージの、中央。さっきまでエイプマン座長が立っていた位置だ。
そこの床に穴が開き、男がせり上がってきた。
「え、えぇーっ」
ナスターシャは驚いてしまった。あんなのあったんだ。周りにいたパレードのスタッフが苦笑しながら教えてくれた。
「地下に仕掛けがあって、床ごと上にでてくるようになってるのさ。せり出しっていうんだ」
「へぇ……」
とにかく目立つ男性だ。
背は高くないのに大きく見えるのは、それだけ存在感があるということだろうか。髪は煤けた金色だが、それもまた年相応の知性と落ち着きを思わせる。遠目にも彫りが深く、整った顔立ちであることが察せられた。
男はざわめきが静まるのを待ってから、口を開いた。
「ごきげんようみなさん。私は、このモーゲン領主、ドラクマです」
深く、染み渡るようなバリトン。
帽子やローブに金糸が入っているのか、きらきらと輝いている。
それを際立たせるように、領主にだけは今も魔法の光が注いでいた。お抱えの魔法使いがいるのだろう。
「氷、デス……」
いつの間にか、空中には氷の塊が生み出されていた。クリスタルのようなきれいな形だ。
魔法で作ったものに違いない。
そこに照明魔法灯明を当てているのだ。
氷の内側で光が反射し、ステージが不規則に照らされている。幻想的な演出が、領主の存在感をいっそう高めていた。
「魔王討伐から、1年が経ちました。辛い戦いを終え、われわれは待ち望んだ平和な1年を勝ち取ったのです!」
領主ドラクマは芝居みたいに手を広げた。
「1月後には、聖モーゲン神殿と共に天陽祭を行う予定です。その日は、かつての聖人モーゲンの祝日でもあります」
そこで領主は観客に合わせて間を置いた。
「本日は、まだその前祝いにすぎません! これから1月の間、大いに集まり! 商い! 歌い! 聖都モーゲンの天陽祭を、最大の祭りにしましょう!!」
おおお、と観客がどよめいた。
領主ドラクマは手を振りながら去って行った。その後に神官や魔術師のローブ姿が続く。まるで街の英雄だった。
「天陽祭……?」
これよりもさらに大きなお祭りがあるのだろうか。
「やられたな」
ふと気配を感じて振り返ると、座長エイプマンが大きな体を壁に預けていた。山高帽をとって頭をなでている。
「登場タイミングは知ってたが、まさかせり出しで上がって来るとはな」
天井からどよめきと拍手が降ってきた。演者の待機スペースのすぐ上は観客席になっているのだ。
「領主ドラクマは、辺境の町だったモーゲンをここまででかくした一族だ。見て分かるとおり、かなりのやり手ってわけさ。最後の拍手を持っていかれたな」
エイプマンは太い親指でステージの反対を指した。
「さて、待機部屋に戻るぞ。ショウがはねたら、俺達も締めの挨拶をやらんとな」
待機部屋に戻ると、演者の熱気がまだこもっていた。ナスターシャは遠慮して一番端っこに座る。
エイプマン座長は堂々と前に出ていき、全員の視線を受け止めた。
「みんな、お疲れさま」
おう、とか、ふん、とかまちまちな返事があった。フランクな雰囲気である。
「一大興行だったわけだが、最後まで色々な変更が重なったな。しかし、どうだ? 久しぶりのでかいステージでも、みんなの演技は最高だった」
エイプマンは演者を見渡し、外した帽子でそれぞれを指した。
「魔獣、剣技、軽業、どの演技も申し分なく決まっていた。もちろん細かいところ言えば色々あるが――まぁ、こんだけ場所がでかければ、ご愛敬かな」
一頻り笑いが起こる。
ナスターシャは赤くなった。どう考えてもナスターシャの死霊術のことだったが、演者にとってみれば客にウケたから不問という扱いらしい。
猫耳少女の耳が、ぴこぴこ動いていた。
その流れでエイプマンは帽子をナスターシャに向ける。
「代役のナスターシャも、よくこなしてくれた」
帽子は他の魔法使いも順番に示す。ナスターシャの照明は最後までもったが、他の魔術師もそれぞれの持ち場で細かな魔法を使っていた。
ちょっとした火花や煙幕は彼らの担当だ。
「他の魔法も、準備どおり完璧だ。芸がよくても、ウケるかどうかは照明と演出がものをいうからな」
また天井から拍手が降ってくる。領主が去り際、一礼でもしたのかもしれない。
「最後の領主には俺も驚いたが、それも日頃の好演があってこそだと思う。諸君、今日はありがとう! もちろん――」
エイプマンは近くにあった樽を開ける。きらりきらりと輝く中身。
樽いっぱいに詰まった銀貨を、エイプマンは水のようにすくってみせた。良質の銀がぶつかりあう澄んだ音が部屋に跳ね回る。
「ボーナスは期待しておいてくれ」
この瞬間が一番盛り上がった。
そのあと細かい講評が終わると、本当に解散となる。演者達が続々と部屋を出て行くが、なぜかナスターシャだけ呼び止められた。
「ああ。君はそこに残ってくれ」
ナスターシャは報酬の話をして終わると思っていた。エイプマンはナスターシャに歩み寄り、手頃な木箱にどっかと座った。
「時に、だが」
エイプマンは葉巻タバコを取り出し、マッチで火を付ける。ちなみちに『マッチ』とは、魔術師が遠征者のために開発した、携帯できてすぐに火が起こせる道具だった。
「……と、すまん。タバコは大丈夫か?」
「あ、ハイ」
「そうか」
エイプマンは白い煙を吐き出す。迷っているのか、なかなか話を切り出さない。
「……アノ?」
「君は今夜の宿は決まっているかね」
ナスターシャはきょとんとして首を振った。『エイダの匙』はすでに引き払ってしまっている。
エイプマンは安心したように、煙を深く吐き出した。
「ならば、今夜はパレードのテントに来てもらいたい」
「て、テント?」
ここは街中なのに。どこか広場に天幕を張っているのだろうか。
「ははっ、城壁の外に俺達のテントがあるのさ。テントが俺達の拠点だ。資材も魔獣もいるから、城壁の中には入れないのさ。もちろん、女性用の天幕は用意する。他にも要るものがあったら手配しよう」
話の見えないナスターシャに、エイプマンは肩をすくめる。
「理由は2つ。1つ目、さっきの死霊の件で冒険者ギルドから連絡があるかもしれないだろ。明日の朝くらいまでにはいてくれた方が助かるのさ」
「あ……」
そういえばそうだった。
ナスターシャ達が退治した死霊、泣く者については、人を使い冒険者ギルドへ一報した。人に害をなす悪霊ではないが、街中にいるにしては強い死霊だったからだ。
「理由2つ目、こっちがメインだ。死霊術師としての君に、頼みたいことがある」
「な、なんでショウ?」
「ああ」
エイプマンは少しの間、沈黙した。タバコの香りがゆっくりとたゆたってくる。
「ごほ」
「お、すまんな……うむ、君も聞いたか?」
「え。何を、デス?」
「君が退治した死霊――泣く者が消えるとき、気のせいかもしれんが、微かにパレードと言っていたように思うんだ」
ナスターシャははっとした。それこそまさに、ナスターシャが聞いた言葉だったからだ。
パレードに臨む前に、エイプマンにはナスターシャが聞いた言葉を念のために伝えてあった。
「今思えば、俺も同じ声を聞いた気がするんだ」
二人して同じ言葉を聞いたとなれば、偶然や聞き違いである可能性は低い。
エイプマンはまた沈黙した。やがて不愉快な事実を渋々認めるように、切り出してくる。
「君は、ウチの魔術師の一人……本来の演出担当について聞いたとき、どう思った?」
すぐに思い出した。ナスターシャが代役となったそもそもの理由だ。
「体調を崩しテ、夢に人影を見た人デス?」
「うむ、そうだ」
「ワタシ、直感的デスケド、死霊に取り憑かれたカモと思いマシタ」
夢に現れる、つまり夢枕に立つというのは霊がよく選択する手段だ。
「やはりか……実はそう心配する団員もいたんだ。腕利きの魔術師だし、おまけに街中だ、まさかと思ったんだがこうも死霊と縁があってはな」
エイプマンは顎をなでる。
「捨て置けない、デス?」
「そういうことだ」
「ワタシも、死霊が気になりマス」
ナスターシャの懸念はショウの中にもあった。
「ワタシ、ショウの最中に、死霊の気配を強く感じましタ。『パレード』って言葉を聞いたのと合わせると、偶然じゃないカモデス」
しばらく沈黙があった。
突然行く先に現れた死霊。体調を崩した団員が夢で人影を見ている。そして、パレードの最中でもナスターシャは死霊の気配を強く感じた。
死霊に関する不可解な現象が、一度に3つも起きている。
「調べてみマス?」
エイプマンは頷いた。
「その方が良さそうだな。体調を崩した魔術師は、自分で除霊ができる神官を呼んだそうだ。よって君には、俺達のテントを調べてもらいたい」
ようやく最初の話と繋がった。
「……ナルホド、デス。ワタシに、夜の間にパレードのテントを調べてほしいんデスネ?」
「そうだ。考えたくはないが、俺のサーカス団に死霊がとりついているかもしれん」
エイプマンは先んじて太い指を立てた。
「無論、その分のカネは上乗せするぜ」
ますますけっこうである。
しゃん、と錫杖を揺らして胸に手を当てた。
「任せてくだサイ!」
「よし、妥結だ」
エイプマンはでかい手を叩いた。
「それとなくテントを案内する。ついてきてくれ」
ナスターシャは真面目に頷きながらも、内心では冒険者らしく呑気な打算もしていた。
この流れ。
朝食と夕飯は心配をせずに済みそうだ。
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