2-1:ステージ
開演は、星が見える刻限から!
――冒険者サーカス団『パレード』、入場券に書かれた言葉。
これは夢ではないだろうか。
ナスターシャはそう思わずにはいられなかった。
思い返すのは、今朝から始まった別れと出会い、そしてずっと前に見たサーカスの光景。
冒険者による演技はまだ続いている。
光の魔法を使い続ける内に、ナスターシャは自分自身もまたステージの一部になったように思えた。ナスターシャが魔法を使っているのか、それとも歓声と興奮がナスターシャに魔法を使わさせているのか、どちらか分からなくなっていた。
ステージを見る。
無心で生み出した、照明魔法灯明による光。
今やそれが星々のように散らばり、夜のステージに演者を浮かび上がらせていた。
「さぁ皆さんお待ちかね!」
座長エイプマンが巨体から声を張り上げる。元戦士の大声がなせる業だ。
「ここらでスターの登場です!」
ステージに大イノシシが歩いてきた。周囲には虎型の魔獣が従者のように控え、座長がステッキを掲げると、彼らは夜空を咆吼で震わせる。
「さぁいでよ、ビースト・マスタァ!」
小柄な娘がステージに手を振りながら現れた。オレンジ色の髪に隠れて、猫耳がぴこぴこ動いている。
少女は大イノシシめがけて勢いよくスタートを切った。魔獣も駆け出す。両者、あわや激突となったところで、少女はイノシシの鼻に足をかけた。
跳躍。
空には巨鳥。猫耳少女は足につかまると、そのまま2羽目、3羽目、と次々に空中を移動する。
空気以外に何もない空間を、少女は肉体と巨鳥との連携を頼りに跳んでいるのだ。もし何かのバランスが崩れたら、それだけで少女は50メルトール下の舞台に叩きつけられてしまうだろう。
緊張がみるみる高まり、息がつまる。
少女は10回近くの空中跳躍を終えると、巨鳥の足に捕まったままステージを一周して見せた。余裕の笑みで手を振っている。
「ビースト・マスターによる、対空ブランコ! いかがでしたでしょうかっ!?」
ナスターシャは気づいた。魔獣が冒険者を空に放り投げる技は、魔獣使いの戦闘スキルに他ならない。
――対空
ここでも戦闘スキルを、サーカスに転用している。
「次は、東国の剣士! 古今無双の刀捌きをご覧あれ!」
エイプマンがステッキを回した。するとラッパやドラムの音が止み、笛の音が引き継いだ。
エキゾチックなリズム。
魔獣達が消えたステージに、いつの間にか黒髪を垂らした剣士がいた。まるで闇が凝縮して、そこから現れたかのよう。
剣士がゆっくりと腰から刀を抜き、正面に構える。そう、『刀』だ。
「剣士の上級職、サムライ、デス――」
直後、閃きが走った。
ナスターシャは眼を見開く。
縦一直線に走る斬撃は、空気を揺らし、空まで届いた。その先には月。
誰もが息をひそめていた。
静寂の中、月の真ん中に縦一文字の裂け目が入る。
月は割れ目を境に、左側が上に、右側が下にずれていく。
――月断ち
剣士の上級職、サムライの剣技は斬れぬものさえ斬るという。月断ちは、サムライが持つ魔力を剣に乗せ、斬撃を遠くまで届かせるスキルだった。達人であれば空間を歪ませ、天体の姿さえも斬られたように見せる。
両断された月は水面にあるように揺らめき、しばらくした後に元に戻った。
拍手が巻き起こったのは言うまでもない。
「スゴイ……!」
「次はあっちよ」
「えっ」
いつの間にか、ナスターシャの後には男が立っていた。見上げるほどの長身。だが筋肉で膨れあがっているわけではなく、むしろ非常に細い。
レイピアを思わせる男だった。
刈り込まれた髪はピンク色で、肌は浅黒い。動作はいやに女性的で、思わずたじろいでしまった。
「どうしたのぉ? 落ち着いて、あと少しよ」
「は、ハイ……」
そうだった。
ナスターシャは残った集中力をかき集め、照明魔法を追加する。
「っ」
ふと気が遠くなる。そろそろ集中力も限界かもしれない。
歌声がナスターシャの緊張をほぐした。
――いと遠く はるかな
――旅路をゆく戦士よ
――歌と酒の神が
――祝福を与えん
ナスターシャの魔力が急速に回復する。
「推しを探して三千里。エルフの森からやってきた歌姫に、皆様、どうか最後の大拍手を!」
この興業団には、歌い手までいるようだ。歌で冒険者を支援するのは戦場の風物詩である。
「さて皆様、残念ながら、お別れの時間が近づいて参りました」
終わりの挨拶が始まる頃には、ナスターシャはもうへたり込みそうだった。装束や髪が汗でぐっしょり湿っていることにようやく気づく。上位の竜や悪魔を相手取った時よりも緊張したかもしれない。
「でも、スゴイ――!」
拍手を浴びながら演者達が戻ってくる。
ナスターシャは彼等を尊敬の念で見つめた。
真面目に一人一人に頭を下げていたが、ふいにぬうっとステージから巨大なイノシシが戻ってくる。
「……に。お疲れさま」
イノシシの背中にいたのは、さっき空中での絶技を披露した猫耳娘だった。ナスターシャを見下ろしたまま黙ってしまい、緊張感が支配する。
「ふ、ふん。ま、ネクロマンサーにしては、意外と上出来だったわ。今日はありがとう」
『今日は』と告げられて、ナスターシャは急に寂しくなった。
飛び込んだパレードの世界だが、ナスターシャは今日限りの代役に過ぎない。ショウが終わればこれまでなのだ。
演者達の背を見送る。どくん、どくん、と鼓動が高鳴った。
――やりたいこと、見つかるといいわね。
水売りの言葉を思い出したのは、これがそうだと思えたからだろうか。でも、どうすればまだ彼らといれるだろう。
演技が終わってしばらく経つと、再びステージに照明魔法が送られた。
「皆様、本日はお楽しみいただけたようでなにより」
言葉と共に、ステージ中央から一人の男性がせり上がってきた。
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