1-1:冒険者不況
冒険者。
それは魔物と戦う者達の総称である。
中身は千差万別だ。
肉体で魔物と戦う戦士もいれば、罠や宝物庫の錠破りを専門にする盗賊、魔法を研究する魔術師、伝道の旅をする神官。
魔物と相対する技量さえあれば、誰でも冒険者を名乗ることができる。
――という景気のいい時代は、すでに過去のものだった。
◆
「お前はクビだ」
突き付けられた指に、ナスターシャは目をぱちくりさせる。
静まり返った朝の酒場に、鋭い声はよく響いた。
「くび……?」
椅子に座ったまま、ナスターシャはのんびりと後を振り返る。だが他の客の姿はない。酒場にいるのは、ナスターシャ達――冒険者パーティー『竜殺し団』だけだった。
「ウシロには誰もいねぇっ。お前のことだ……!」
指をつきつけた青年は、テーブルの向かいでぶるぶると肩を震わせる。
彼がパーティーのリーダーだ。茶髪をバンダナで止めた戦士で、鋭い目付きと背中の大剣がいつも以上に物々しい。
リーダーは20才ぐらいだったはずだが、なんだか老けたなぁと思う。苦労が多いのだろうか。
ナスターシャは16才の少女だが、冒険者暮らしは変わらないので、実は同じように年を取って見えるのかもしれない。
ぼんやり思っていると、ひそひそ話が聞こえた。他2名のメンバーが囁き合っているのだ。
「むぅん。鈍い……」
「この子、本当に冒険者ランク銀等級?」
「ある意味大物……ぬぅん」
失礼な、とナッツをつまみながらナスターシャは思う。
テーブルの隅に置かれた冒険者の登録票には、銀等級と刻まれているではないか。これは『いっぱいいる冒険者の中でも、あなたは上から2つ目のランクですよ!』という意味だ。
確かに土色のマントや、布地の多い装束はダボダボして田舎臭いかもしれない。少なくともシャープではないだろう。
けれどもこれは、伝統に忠実なのだ。ナスターシャは長い金髪を後ろで結っているが、そのやり方さえ術者には決まりというものがある。
「むぅん。腕利きのネクロマンサー……なのだが……」
「見えないわねぇ」
「見えない……」
リーダーのほか、さっきから他の仲間もひそひそやっている。
なにか変だ。
その時、ナスターシャは仁王立ちするリーダーに気づく。真っ赤な顔から湯気が出そうだった。
「……く、クビ?」
「ああ」
リーダーは頷いた。
「解雇だ」
「誰が、デス?」
「だからお前が、だよ!」
緊急事態が、ようやく頭から『朝メシ』を蹴り出した。
「え、ええええ!?」
ナスターシャはテーブルに身を乗り出す。衝撃でナッツが床に散らばった。
「ど、どど、どーいうことデスっ?」
高速で見回すと、結われた金髪がぶんぶん揺れる。
同じ卓につく面々はそれぞれ眉間に皺を寄せて、腕を組んだり頭を振ったりしていた。
「落ち着け」
「デモデモデモ」
「やっと話が通じたか。ナッツに夢中になるんじゃねぇ」
「デ……ごほっ!」
急に話したせいでむせる。初夏の名物、カクレ草の冷茶を飲むと少し落ち着いた。
リーダーは取りなすように苦笑した。
「もっともお前だけじゃねぇ。俺達全員クビなんだ」
「…………へ」
リーダーの笑みに皮肉が混じる。
「パーティー解散だ」
ひゅうっと寂しい風が吹いた気がした。
ナスターシャは顔を青くする。事態がむしろ悪くなったのだ。
「さ、最初から話してくだサイ……? ワ、ワタシがいなかった間に、何があったんデス?」
ナスターシャは辺境の任務に呼ばれて、2ヶ月ほどこのパーティーから離れていた。
『聖都モーゲンで落ち合おう』という連絡を受けたのは、1週間前のことだ。
「ワタシ、戻ったばっかりデス……! なんで、急に解散なんデス!?」
「けっこう話したぞ。お前が食事に夢中で生返事だったんだろが」
「……エヘヘ」
「ナッツを置けこの野郎……!」
リーダーは大げさにため息を落とし、ふと気づいたように言う。
「お前、訛りが強くなってねぇか?」
「……デスね」
いつまでも抜けない田舎訛りは、ナスターシャの悩みだ。地方への遠征中にまた強くなったらしい。
口調と日焼けした肌が相まって、いつも一発で南の出身だとばれる。
「そ、それヨリ!」
「ああ、解散の事情だろ? 話すまでもねぇ。この寂しい酒場を見りゃ分かるだろ」
確かに酒場は閑散としている。
酒場といえば、冒険者。
騒がしい彼らはどこにいったのだろう。
「冒険者不況だよ」
その言葉にはっとした。
「……魔王討伐の不景気が、ついにここまで来たんだ」
ようやく事情が飲み込めてくる。
魔物の王、いわゆる魔王。
あらゆる邪悪の根源にして、決してわかり合えない天敵。
魔王は小鬼、豚鬼、戦鬼、そうした魔物を従えて人類に迫った。
そのような魔物を退治していたのが、ナスターシャ達のような冒険者だ。
冒険者は戦いに明け暮れたが、見方を変えれば、魔物退治は決して尽きない需要に支えられていた。魔物達は延々と再生産されるのだから。
リーダーは続けた。
「去年の冬、つまり1年と半年くらい前に魔王が討伐された。そしたら、魔物ががくっと減ったのは知ってるだろ?」
「デス……」
「最初の半年はまだ魔物がいたが、今じゃダンジョンだってすっからかんだ。どうも、いくら狩っても魔物が減らなかったのは、魔王の力だったらしい。魔王が、魔物を増やす呪いを世界にかけていた――ま、そんなとこだそうだ」
そこまではナスターシャも知っている。
「依頼がなくて冒険者ギルドが閉鎖したところもあるそうだ」
冒険者のための組合を、その名のとおり冒険者ギルドという。
「平和はいいことデス……あいたっ」
「バカ」
リーダーはナスターシャに向けてナッツを弾いた。
「俺達が困るだろう」
「……ア」
つまり。
今、魔物を殺す冒険者は、深刻な需要減――いわゆる不景気に直面していた。
「お前が辺境に行った理由も、それだろ? 依頼がもう近くになかった」
「ハッ! た、確か二……!」
ごくりと喉が鳴る。
「ま、魔物はまったくいなくなったわけじゃないデスヨネ?」
パーティー解散は早すぎると暗に伝えてみる。指を立てて無理矢理明るく言ってみた。
「そ、それに隊商の護衛トカ!」
「これが最近の相場表だ」
「…………わぁ安!」
「増えすぎた冒険者が仕事を取り合った結果だ」
リーダーは請け負った。
ナスターシャは人差し指を突き合わせる。
「呼び出しの手紙には、特別な依頼があるっテ……」
「……あった。ドラゴン討伐だ」
「デスデス!」
「森に巣くって、領主サマがお困りだってんので、俺達『竜殺し団』指名で依頼が来たのがあったなぁ……!」
でもなぁ、と全員がわなわな震えた。
弓使いが紙を放ってくる。
「あなたには悪いけど、思い通りにいかなかったのよ。行ってみたら、コレ」
「……?」
リーダーは顎でしゃくった。黙って読め、ということだろうか。
――当領地では、頭数保護のためドラゴン討伐を禁止にします。
ナスターシャはひっくり返った。
「笑えるだろ。レッドドラゴン、討伐指定の怪物が今や絶滅危惧種だぜ?」
付け足すリーダーに、言葉も出なかった。
次話は本日20:00頃に投稿します。