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奴隷の朝

朝7時。目覚ましが鳴る音が聞こえて、ネーナは目を覚ます。

ベッドの上ではなく、床の上でであったが。薄っぺらい掛布団を被ってはいるが、今は冬であり、とても寒そうだった。


「んん。ん~。ふぁあああ~」

私は上半身をゆっくり起こしながら大きな欠伸をしました。


「ひゃッ!」

思わず、手で床を触れた瞬間、あまりの冷たさについ変な声が出ちゃいました。

慣れているつもりでしたが、やっぱり冬の床は冷たいです。


窓1つ無いこの部屋は、真っ暗で時計が無ければ今が朝なのか夜なのかもはっきりしません。私は近くにある電気スタンドのスイッチを押します。


電気スタンドの灯りによって照らされたその部屋は寝室と呼ぶにはあまりにも狭い。それもそのはずだ。そもそもこの部屋は単なる物置なのだから。

ネーナがこの家に来た当初、ジュリアスは彼女のために別の部屋を用意していたのですが、奴隷の自分に勿体ないと言ってきかず、この物置に住み着いてしまったのだ。

また、帝国の奴隷基本法によって奴隷には物を所有する権利が無い。その法に従順なネーナは、ジュリアスから送られた家具や家電の類を中々受け取ろうとはせず、この物置には空調設備も無い。そのため、夏は暑く、冬は寒い。しかも、換気すらろくにできないこの部屋は居住空間としては極めて劣悪な環境と言わざるを得なかった。


言っておきますが、私は何も法でそう定められているからこうしているわけではありません。大佐はいつも私を奴隷ではなく、1人の人間として扱って下さいます。その事には心から感謝していますが。それに甘えて奴隷の本分を忘れる様では、大佐が奴隷の躾もできないダメな主人というレッテルを貼られかねません。私のために大佐にそのような汚名を着せるのは絶対に嫌なんです。


「さてと」


ネーナは掛布団から出ると、まず扉を全開にして外の光を中に取り入れた。

そして外へ出る前に、部屋の置くにある椅子へと近寄る。その椅子はジュリアスからの贈り物の中でネーナが受け取った数少ない品だった。しかし、それの欲しかったからではなく、あまりいつもいつも断ってばかりいては申し訳ないという罪悪感に駆られたためだ。

その椅子には既に先客がいる。クマのぬいぐるみだ。


これは大佐が初めて私に下さった贈り物です。あの時は嬉しさのあまり断れませんでしたが。私の朝の日課の1つは、このぬいぐるみを5分間抱き締める事です。今日は家に居て下さいますが、大佐はお仕事で家を空ける事が多いため、毎日とても寂しいんです。ですが、これを抱き締めていると、その寂しさも少しは和らぎ、大佐が帰ってきた時には快適な休日を過ごしてもらえるように頑張ろうという気持ちになれます。でもいつの間にか、大佐が家にいるいないに関わらず、5分間は抱き締めてからじゃないと落ち着かなくなっちゃったんですよね。

流石に2年間も毎日抱き締めているので、所々色が剥げたり、糸が解れたりしています。以前に大佐からは新しいのを買おうかと言って下さった事があるのですが、やっぱり私にとってはこれが一番なんです。



─────────────



寝室を後にした私は洗面所で顔を洗ってからキッチンに向かいました。ここで私と大佐の朝食の用意をします。作るのは2人分なのですが、大佐はとても食いしん坊さんで朝から軽く2人分は平らげてしまうので、実際には3人分の量の朝食を用意しています。

朝食の調理時間はいつもだいたい15分くらいです。今日も同じくらいの時間で用意を終えました。そしていよいよ朝最大の難関。大佐を起こす時間です。


大佐の寝室の前に立つと、私は1回深呼吸をしてからドアのノックします。

「大佐、おはようございます。そろそろ起きて下さい」

無駄とは分かっていますが、一応これを毎朝するよに心掛けています。これで起きて下さる方が大佐も気持ちが良いでしょうし。

しかし、やはり無駄骨だったので私は大佐の寝室に突入します。

部屋に入ってまず行なったのは、閉じられているカーテンを全て開ける事です。

朝日をたくさん室内に取り込んだところで私は、今もすやすやと寝息を立てている大佐の前に立ちます。


私が言うのも妙かもしれませんが、大佐はとても美形だと思います。

艶のある黒い髪は癖が無く、まるで大佐の真っ直ぐな性格を現しているようです。今は瞼の下に隠れている赤い瞳も力強さを感じさせます。

まだ幼さが残っているので、カッコいいとか綺麗というより可愛いという感じなのですが、その可愛さが私には堪らないのです。ご主人様を可愛いという奴隷など失礼極まりないので、これは誰にも話した事がありませんが。


さてと。いつまでも見惚れているわけにはいきません。そろそろ起きてもらわなくては。

「大佐!大佐!起きて下さい!朝ですよ!」

声を掛けてみますが、やはり起きる気配はありません。これで起きてくれるなら、目覚まし時計で事足りますからね。しかし、私が声を掛ける度に瞼がピクピク動いて反応しているので、私の声は大佐の夢の中にまで届いているのかもしれません。


「朝です!大佐!もう朝です!起きて下さい!」


しばらく続けてみますが、これ以上の反応が見られないので、そろそろ第2段階に移ります。私は両手で大佐の身体を大きく揺すりました。するとようやく大佐が声を上げてまともな反応を示してくれました。私はしばらく強めに大佐の身体を揺すり続けると、遂に固く閉ざされた大佐の瞼が開き、その奥から赤い瞳が姿を見せます。


「ん、んんん。ね、ネーナ?」


「あ!大佐!おはようございます!朝ですよ!」


大佐がようやく起きて下さいました!


「んん、ネーナ。おはよう。そしてお休み~」


私の喜びも束の間。大佐は再度眠りについてしまおうとしてます。ここは何としても阻止しなくては!

「ちょ!大佐!もういい加減起きて下さい!」


「あと、1時間だけ・・・」


「そこは5分じゃないんですか!?いくら何でも長過ぎます!」

まったく大佐の御寝坊さんにも困ったものです。ですが、一旦目を覚ましてくれれば、こっちの物です。私にはあるお方から伝授した魔法の言葉があるのです。

「大佐、朝食の用意ができていますよ」


「んん、飯?」


御寝坊さんで、そして食いしん坊さんの大佐によって朝食は眠気を一気に吹き飛ばすための魔法の言葉なんです。さっきまでのは全て前哨戦。この魔法の言葉を確実に大佐の御耳に入れるための。


「ふぁああ~」

目を開けて大佐は大きな欠伸をします。


「おはようございます、大佐!!」


「んん。ああ。おはよう」

大佐も観念したようで、上半身を起こしてくれました。


私の朝の最大の難関はこれで無事に終わりました。そう思った私は「ふう」と安堵の息を漏らします。


その時です。突然、大佐が手を伸ばして私の頭を撫でてきました。


「た、大佐?」

急にどうしたんだろう、と私が不思議そうな顔をすると、大佐はニッコリと優しい笑顔を見せてくれました。


「いつもありがとうな。ネーナがいなかったら、俺は貴重な休日を寝て過ごしてるところだったよ」


胸が嬉しさでいっぱいです。もう破裂しちゃいそう。大佐は手の掛かるご主人様ですが、本当にお優しい方で、いつも私の事を気遣って下さいます

「いいえ!主人にご満足頂けるように励むのが奴隷の役目です故!」


グウウウウ~


「うッ!」

大佐の優しい笑みが一変して、恥ずかしそうにして顔を真っ赤にされました。


突然、鳴り響いた音の正体は考えるまでもありません。聞き慣れた大佐のお腹の音です。眠気が覚めた途端、一気に食欲が湧き上がってきたのでしょう。

「ふふ。朝食の用意は既にできておりますので、顔を洗ってリビングへいらして下さい」

私はそう言い残して、大佐の寝室を後にします。大佐がリビングに来る前に作った朝食をテーブルに並べておくためにです。

朝起こしてくれて、朝ご飯を用意してくれる人がいるってすごくありがたい事だと年を重ねる毎に思う。

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