悪人は罪と罰を背負い、善人は何を背負う?(前編)
午後3時、受付でおやつタイムということでミサキがドーナツを食べていると中年ぐらいの小太りの男と同世代ぐらいの高身長の男が入ってきた。
「ここは七五三クリニックと聞いているんだが?」
と小太りの男が言うと、食べていたドーナツを慌てて飲み込み
「ど、どうぞ」
とソファーへ案内する
「お飲み物は何にしますか」
と聞き、メニューを見せると
「カモミールティーで」
と二人とも言った。カモミールティーなどメニューには書いていない。
「承知しました。」
と会釈し、玄関に行き「open」となっていた札を裏返し「close」にして七五三の元へ向かった。ミサキが視界から消えるのを見ると小太りの男が口を開いた。
「全く、最近の若い連中は俺の頃だったらありえないぞ。就業時間中にお菓子を食うなんて。」
すると高身長の男が
「まあまあ、今の時代あまり若い者を締め付けるだけじゃいかんってことですよ。」
と笑いながら話した。小太りの男は依然として何か不満げな顔をして
「大体ここが本当にあの相談屋なのか?」
すると、高身長の男が眼鏡がズレていたのを元にもどした。静かに微笑した
「ええ、間違いなく」
すると七五三がジーパンとパーカーで現れた。
「ちぃーす」
と言いながら、左手を上げやってきた。小太りの男が立ち上がり
「なんだ!お前!」
言って七五三に指をさした。
「えっ、優和七五三っす。」
とガムをクチャクチャ噛みながら話すとパーカーをつかみ
「はぁ~?お前舐めてんのか?こっちは人生かかってんだよ!」
とでかい声で叫んだ。
「あの?掴むのはいいんすけど、破かないでください。このパーカーNYで有名なデザイナーのカナヤンっていうデザイナーがデザインしたパーカーなんで50万くらいするんで、破けたらおたくに請求しますよ?」
七五三は相変わらずガムをクチャクチャ噛みながら小太りの男をバカにするように見ていた。小太りの男は何か言いたかったが、パーカーから手を外し、七五三を睨みつけた。七五三は相変わらずバカにするような目で小太りの男を見ている。その時、高身長の男が手を叩き、拍手をした。小太りの男は「なにをしているんだ?」という目で高身長の男を見て、七五三も高身長の男を見て、無表情になった。眼鏡のズレを元に戻す高身長の男。
「カメラが4台ある。」
七五三は無表情。小太りの男は「?」
「1台は部屋全体を見通すもの、2台目はそこの熊さんのぬいぐるみ、3台目は通路付近ここでは映像というより音声だろうな、最後はエレベーターここは映像と音声二つだな、しかも密室空間だから余計なことまで話してしまう。」
七五三も笑いながら拍手した
「確かにおっしゃる通りだ!だがおしいあんたはもう1台のカメラの存在に気づいていない」
高身長の男は表情を曇らせた
「俺が見る限りではそこしかなかったぞ?」
七五三は笑った。
「ミサキちゃんの受付だよ。過去の歴史を参照すれば自ずとわかるだろう味方がどれだけ大事かという事がそして、裏切られたときのダメージもどれだけデカいかというのも」
高身長の男は微笑しながら、眼鏡のズレを元戻した。
「たしかにな、お前の言う通りだ。」
七五三が小太りの男に態勢を返る
「あとな川口あんたウチの助手のこと馬鹿にしてたけどな、ドーナツ食ってのんびりしてるようにみえるけどなアンタがここに来るのをいち早く気づき俺にこのファッションで行くように指示した人間だれだと思う?」
川口は奥にいて、表情が見えないが、確実に笑っているミサキを見て、腰を抜かした。
「な、なんで名前は知ってる?」
七五三はため息をついた
「ジャーナリストっていうのには1~10まで説明しないといけないもんなのか?少しは頭を使え」
七五三は自分の頭を人差し指で2回指した。川口は高身長の男の顔を見た
「どうなっているんだ?中瀬?お前もグルなのか?」
中瀬はため息をついた。
「川口さん帰りましょう」
川口は涙を浮かべながら中瀬に突っかかった。
「どういうことか説明しろよ!」
中瀬はまたため息をついた。
「川口さん。こういうとバカにしていると聞こえるかもしれないが、俺はアンタのそういう男らしいというか、ヤクザの鉄砲玉的な感じ嫌いではないよ。でもね、どうやら今回は私もあなたもハメられたということなんですよ。」
川口はさらに突っかかる
「だから、どういうことなんだよ!具体的に言えよ!」
中瀬はまたまたため息をついた
「じゃあ、もういいですよ。話ますよ。今このカメラはオンラインなんです。」
目が点になる川口
「どういうこと?」
またまたまたため息をつく中瀬
「七五三。依頼者が井崎さんってことだろ?」
ニンマリと笑う七五三
「さあそれは言えないね~守秘義務ってやつがあるんでね。まあしかし、井崎さん本人がこんなリスキーなことをすると思うか?世論は今、井崎さんの味方だぜ?まあしかし、クソ雑誌とはいえ雑誌の編集長だけあって頭の切れが違うね。そこの隣にいる自称ジャーナリストは今自分の身に起きていることさえわかっていない、頭が悪いのになんでこの男がジャーナリスト名乗れているのか日本は不思議な国だよ。でもヒントはこの本にあったよ。」
ソファーの近くにある本棚から「憂国」と書かれた名の雑誌を取り出し、中瀬に近づく七五三。
「あんたが作ったこの雑誌大変興味深く見させていただいたよ。性的マイノリティを批判して男に気にいられたい女性議員や国防で勇ましいことを言う自衛官なんかの「論文」が書いてあって、大変面白かったよ。ただ禿げたオッサンが書いている小説は全く面白くなかったけどな。でも売れるなら仕方ないよな。だが一つ不思議なのは売れるわけでもない、面白いわけでもないこの性暴力を振るった男のエッセイが書かれていたよ。俺はそれを見た時にピンッときたよ。あんたはこの雑誌に愛もないし情熱もない。ただあるのは金だけなんだろうなって」
中瀬はズレていたの眼鏡を元に戻した。川口はよろよろと中瀬に近づく
「おい、中瀬俺たちは30年前から雑誌を作っていつか日本を美しい国にしようと話していた同志だろ、実際にこの雑誌に寄稿した案野首相とも今では俺たちと会食をする中じゃないか?」
中瀬は無表情で言った
「おれの家のトイレットペーパーはウチで余った雑誌だ。」
七五三もミサキも笑った。膝から崩れ落ちる川口。中瀬は微笑し、そして川口に近づく
「川口さんなんで年下のあんたをさんづけで呼ぶと思う?」
「えっ、なんで?」
「アンタと一緒に見られたくなかったんだよ。この30年間」
顔を歪める中瀬。でもすぐに微笑の中瀬に戻る。放心状態の川口
「でもな、雑誌作りに大事なのは正論なんかじゃないんだよ。極論なんだよ。だから、アンタが編集長している時は副編やってたし、俺が編集長やっている時もあんたの極論を大事にするよう気がけたよ。ただアンタはそれを俺の自主性のなさと勘違いしていたようだがな。しかし、社長になってからのアンタは・・・。」
話を途中で止め、今まで笑っていた顔を無表情に変え、眼鏡をはずし眼鏡拭きでホコリを落とす中瀬。手を組んでいた七五三がカメラの死角に入り、ミサキに合図を送る。ミサキはPCルームに行ってカメラをオフラインに録画も停止の状態にする。
中瀬と七五三を交互に見る川口。眼鏡を掛け直し、ニンマリと笑い川口の目線まで腰を落とす中瀬
「残念。少し気づくのが遅かったな。ご明察の通り、俺が今回の依頼人なのさ」