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先生と私の恋愛事情  作者: 羽鳥藍那
中学編
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 県の剣道連盟主催で寒稽古(かんげいこ)が元旦から三日間行われるのですが、会場が遠いうえに交通の便も悪くて、私も翔真君もそちらには参加しませんでした。

 始発電車でも間に合わない場所なので、親に車を出してもらう事になるけど、そこまで親に負担はかけたくは無いと思ってしまうのです。だってお正月なのですから、ゆっくりしてほしいじゃないですか。


 代りにと言うのも変ですが、道場の方でも寒稽古が行われるので私たちは道場の方へ来ていて、井口さんも毎年こちらに参加していると聞いていました。

 元旦から会えるなんて嬉しすぎてしまって、早朝の寒さなんか感じないくらいでしたけれど、みんなして行う素振り稽古なので、井口さんを一人占めできないのが少し残念です。いつもの様にかまってもらえなかったのが寂しかったな。


 新年の挨拶は全体では行われましたが、井口さんと直接はしていなかったので、家でシャワーを浴びた後にメールをしました。

『あけましておめでとうございます 変わらぬ指導をよろしくおねがいします』

 本当はもっと書きたかったけど、長々と書いて『彼女でもないのに重い』なんて引かれるのも嫌ですし、ちゃんと口で伝えたかったので簡単に済ませたのです。


 直ぐに返信が有るとも思っていないので、家族と御節を食べて初詣に行きました。

 歩いて行ける所に氷川神社が有って、毎年元日に来ているのです。

「ねえパパ。強くなりたいってお願いをしてもいいのかな」

「どうだろう。総本社には八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したスサノオやその妻のクシナダヒメ、オオクニヌシの三柱を奉っているから、聞き届けてもらえるかもしれないな。もっとも、怪我や病気をせずに過ごせるようにお願いするのが、強くなる近道かもしれないぞ」

 確かに、怪我や病気で練習できなくなると言う事は、井口さんに会えない事にもつながる事なのだから。

「そうね、今年も家内安全をお願いする事にするね」


 家でゆっくりテレビを見ていると、井口さんからメールが来ました。

 緩んでしまいそうな頬に力を入れて、部屋に戻って返信します。

『今年もよろしく。返事が遅くなってすまなかった。稽古をつけてもらって、指導方法を確認していたらこんな時間になっていた』

『大丈夫ですよ。私への指導の為に時間を割いてくれていたんですよね、ありがとうございます。明日もよろしくお願いします』

 さあ、明日も早起きして頑張りましょう。


 二日目以降も初日と変わる事のない練習でしたが、三日目の最後には数名が指名されて、有段者による試合が行われるのです。当然お手本ですから、それぞれの年代の上手い人たちが呼ばれるのですが、なぜだか私も指名されてしまいました。

 女子が少ないとは言っても、私より上の級の人は何人も居るのだから、私にもお手本を見せて欲しいと思うのですけれど。


 私の相手は女子高生で、背も高ければ段位持ちの格上でもあります。何度か練習相手になってもらった事が有りますが、一本も取れた事のない相手で苦手です。

 井口先生に話しかけているのをたまに見ていたので、私を見る顔も態度も怖そうなのは、井口先生狙いなのかもと考えてしまいます。もっともそこそこ背が有るので、「並んだら貴女の方が背が高いのでは……」なんて自分の優位性を見出して、落ち着こうと足掻いてしまいました。


 不安そうにしているのを見かねたのか、井口さんがやってきてそっと耳打ちしてくれました。

「お前の方が格が上だよ。気負うな、沙織」

 初めて名前で呼ばれて思わず熱くなる頬を慌てて面で隠して、それでも貰った一言に勇気をもらって試合に臨めました。

 そうだ、落ち着いて相手の動きをちゃんと見て、隙を付いて技を出せと教わったではないですか。負けたとしても、教えてもらった事はちゃんと見せないと。

 体格差は如何(いかん)ともし(がた)くて防戦一方になってしまったのですが、要所で技を繰り出す余裕がもてました。そんな中、辛くも小手が決まって勝利すると『師匠の顔を立てる事が出来た』と、とっても嬉しくなったのでした。


 報告しようと思ったら、井口さんは既に面を付けて控えています。

 嬉しい報告よりも、井口さんの戦う姿をちゃんと見ていなければと、出来るだけ前の方に出て見つめます。

 そうして出て来た井口さんは、同じように体格も段位も上の相手の攻めをいなし、時には攻め立てて隙を作って行きます。

 最後は圧勝してこちらに向かって笑ってくれました。

「早くあの背中に追いつきたいな」

 隣で見ていた翔真君がそう漏らすのを聞き、心の中で新年の願いを神様に祈りました。

『同じ道を究める者として、慕う物として、あの人の横に立てる日が早く来ますように』

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