8
部活の方は、二週間ほど体力作りのメニューだけだったけど、その後は素振りの練習なども加わり楽しくなってきます。もっとも、多くの時間は基礎体力を上げる名目で外を走らされていますが、柔道部との兼ね合いもあるので致し方ないのでしょう。
疲れているはずなのに物足らない感じがして、家に帰っても素振りを欠かさずに行っています。井口さんにもらった鍔止めをすると、思わず頬が緩んでしまうのですが、仕舞い込む物でも無いので使っています。もちろん家での素振りの時だけですが。
道場の方も週二回の直接指導で、井口さんに付きりで素振りを直されたり打ち込み練習を始めたりで、気合が入りまくりです。
これまで物事に熱中する事も無く、そういった友達を見ても心動かされたりしなかったので、自分は冷めた人間なんだと思っていました。それなのに、こんなにも熱くなれるものが出来るなんて、とってもいい出会いだったのだとあの日を思い返します。
気付けば、あっと言う間に夏休みを迎えてしまいました。
すでに翔真君とは差が付いてしまったように感じて、焦りが無い訳ではありませんが、それでも随分と褒めてもらえるは、成長している証なのでしょうか。女の子だからとかで贔屓されているとは思いたくないですね。
もっとも、少なからず好意を寄せてもらえてる結果だとしたら、甘んじて受けてしまいそうですが、まあ無いでしょう。
井口さんとの関係はと言えば、進展する要素がこれっぽっちも無いので現状維持。
それでも細やかな指導に感謝ですし、翔真君と比べて優しく接してくれる気遣いに、勘違いしそうになる自分を叱咤して過ごしているのです。
夏休み中の武道場は柔道部と一日ずつ交代で使っているので、剣道漬けとはなりはしません。ましてや屋内とは言っても冷房が有る訳ではないので、正直言うと蒸し風呂の中で運動しているようなもので、汗の量が尋常ではないのです。
体調管理の観点から早い時間に使わせてもらう事になるので、それ以外の時間はランニングが主体となりますから、脱水症状には十分気を付けないといけないですよね。
なにより、ダイエットが必要なほどの体型でないうえ、これより品祖な胸になる事が耐えられないので、ランニングは程々に手を抜いているのは内緒なのです。
それでも八月も後半に差し掛かると防具を着けての打ち合いも始まってきて、楽しさが増えてオーバーワークもしばしば。一度足の裏の皮が剥けてしまって、痛みで練習が出来なくなってしまいました。
それからは剣道用の足袋を履いて練習しています。素足より滑る感じで、余計なところに力が入っている感じもしますが。膝とか悪くしないように気を付けないといけないですね。
女子の新入部員は三人いるけど、部活以外で指導を受けているのは私だけ。そのせいもあって上級生が私の相手をしてくれるものだから、厳しい指導で生傷が絶たなかったりします。
防具で受ければいいものを、どうしても無理して逃げてしまい、道着で受けてしまうものだから痣が酷いのです。痣にはなっていなくても、痛みが有る所には湿布を貼るので匂ったりしていないか気になります。
それでも、そんな中で少しずつ技が決まる様になってくると、毎日が満たされている感じがしてモチベーションが上がるのです。
道場の方は、週二回の指導がさらに充実しました。それまで一緒の曜日だった翔真君は別の曜日に移動となり、井口さんは時間一杯を私だけに使ってくれるようになったのです。レベルが違い過ぎて、一緒には指導し辛いのもあったのでしょう。
『私だけを見て、私の事だけを考えてくれる時間』
なんて言うとデートの様だけど、井口さんにとってはただの指導時間です。私にとっては、『彼女の気分に浸れる大切な時間』だったりするんですけどね。
だって、素振りをしていたって一挙手一投足を注視してくるし、正対すれば真剣なまなざしを向けてくれるのですから。
ちゃんと真面目に練習していますけど、お風呂なんかで気が緩むとそんな事を考えてしまって、一人で赤面して慌ててしまうのです。
中間テスト期間の休みを挟んで、道場では試合形式の練習に重点が置かれてきました。部活での攻め方や攻められ方を話して、実戦で返し方や隙の突き方などを教えてもらうわけですが、効果はてきめんでした。秋口には上級生の大半と互角以上の試合が出来るようになっていて、一級の試験も合格してしまいましたからね。
試験会場なんかで同年代の子と話をしてみると、私の上達速度は早いそうで良く驚かれます。それもこれも、井口さんの丁寧な指導のたまものなんですけど、『恋のなせる業』なんて勝手に思っていたりするのは許してほしいです。