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月曜日は修学旅行の振替休日で、居残りの私は登校予定だったのですが、課題の進みが良かったので登校扱いとしてもらえました。井口先生に会えないのは残念ですが、羽を伸ばさせてもらいます。
休みになった事を美紀ちゃんへメールしたところ、「お土産を渡したいから家に来て」とメッセージが返ってきました。栞を確認するとお昼には家に着いていそうです。
お昼を食べてから遊びに行くと、真理佳ちゃんが既に居てなぜか暗い顔をしています。
「旅行中に何かあったの?」
そう声をかけると、目にいっぱい涙を浮かべた真理佳ちゃんが「失敗しちゃった」と一言だけ呟き、美紀ちゃんが後を受けます。
「翔真君が距離を取って来るんだって。私から見たら、いつもの優しいお兄ちゃんに見えるんだけどね。で、理由が微妙でさぁ」
どうやら真理佳ちゃんは修学旅行前にあった文化祭で告白をされていた様で、無論その場で断ったそうです。告白したのは道場で私をバカにした笹本君だと聞いて、『身の程をわきまえろ!』と思いましたが、須藤さんに唆された様だと言うのでおおよその見当が付きました。
予想通り、彼女達は私みたいな翔真君の友達関係だけでなく、真理佳ちゃんも邪魔な存在として排除しようとしたのです。それでも、翔真君が距離を取ろうとする理由に、どうしても見当が付きません。さらにガードを固めるならばわかるのですが、真理佳ちゃんを悲しませる行為に及ぶことに納得がいかないのです。
「最近の翔真君は、稽古がおかしなくらい激しいけど、何か関係が有るのかな?」
「それも私のせいだと思う、告白されて断ったことを伝えてからだから」
美紀ちゃんと顔を見合わせて、二人して首をかしげます。真理佳ちゃんに彼氏が出来て自棄になるならわかるけど、断ったのに自棄になるものなのでしょうか。
「あのさぁ、春の一件で沙織ちゃんが感じた感情の中に、今の翔真君に当てはまるものって無いかな」
春の一件は真理佳ちゃんにも協力してもらっているので、大体の事は話してあるけれど、自分の行動が恥ずかしくて思い出したくは無いのですけど。
それでも思い起こしてみて、もっと古い一つの事柄を取り出します。
「翔真君は、自分のせいで真理佳ちゃんが幸せを掴めないんじゃないかって思ったのかも。自分が優しくし過ぎるから真理佳ちゃんが依存して、他が目に入らないと考えたんじゃないかな。だから真理佳ちゃんの幸せのために身を引くって」
それを聞いた真理佳ちゃんは泣き崩れてしまいました。あの時の私と同じ、どうしようもない絶望感に苛まれているのでしょう。
「真理佳ちゃんは、翔真君を愛している!」
私がそう言い切ると、美紀ちゃんは苦い顔をして真理佳ちゃんを見て、真理佳ちゃんはビックリした顔で私を見ます。
「違うの? 家族の、兄妹の好きではないんでしょ? それは一人の男性に対する愛情ではないの?」
「だって私たちは兄妹で、そんな感情は抱いちゃいけなくて、お兄ちゃんの幸せを奪っちゃいけなくて……」
「じゃぁ、なんで告白されて断ったって言ったの? 私は貴方だけを見ています、と伝えたかったんじゃないの?」
建前が聞きたいわけではなく、真理佳ちゃんの本心を聞きたいのです。気付いていないかもしれない、その気持ちを引き出してあげたかった。
美紀ちゃんは快く思っていないでしょうが、状況をどうにかしたいとは思っているようで、私の事を睨んできますが口を挟んでくることはありません。
「叶わないものだとしても、認めてしまえば楽になる気持ちも有るよ」
髪を撫でながら諭すと、気持ちが定まったようで顔をあげました。
「私はお兄ちゃんが好き。翔真を愛している。誰にも渡したくない。でも……、私の我儘で不幸になってほしくない」
それまで黙っていた美紀ちゃんが諦めたように肩を落とし、それでも勇気づけようと言葉を掛けます。
「ならば、何があっても今まで通りに接しなさい。沙織ちゃんの様に、どんなに苦しくても笑顔でいなさい。私たちが愚痴でも何でも聞いてあげるからね」
こうして私たちは人に言えない秘密を共有しました。できれば美紀ちゃんの秘密も知りたいところだけれど、そんなモノなくても私たちの関係が揺らぐことは無いでしょう。
そして二学期の終業式に、物事は思いもよらなかった方向へと動いて行くのでした。




