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先生と私の恋愛事情  作者: 羽鳥藍那
中学編
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 私の家の近所に剣道の道場が有るのは知っていましたが、建物が奥まった所に建っているため、掛け声だけ聞こえて中が見えるわけではなく、どちらかと言えば得体のしれない場所でした。

 またと無いチャンスなのです。付いて行って覗かせてもらう事にしましょう。

 もっともお淑やかを目指す私には、汗臭くて荒々しい武術道場なんて、相容れない場所でもあるのですけど。あくまでも興味本位です。

「それじゃ、帰りましょうか。せっかくだから、道場も覗かせてもらおうかな」


 たまに振り向いては、私たちの歩く速さを気にしながら進む翔真君の後を、真理佳ちゃんと並んで歩きながら道場まで付いて行きます。中では練習している大人がいるのでしょう、近くに来ると威勢の良い声と竹刀のぶつかる音が聞こえてきます。

 声を張り上げ「失礼します!」と中に入る翔真君を、真理佳ちゃんと並んで入り口から見ていると、打ち合い練習をしていた中から随分と小柄な一人抜け出して、ゆっくりとこちらに向かってきます。初めは女性かと思いましたが、歩き方や肩幅が男性のようです。

井口(いぐち)師範、入学式前に顧問の先生に挨拶してきました。来週から部活の方に顔を出す様にとの事で、竹刀など細々したものを用意するようにと紙をもらいました」

「防具は学校の一括購入で揃えた方が良いから、竹刀は多めに指示されたものを用意する事。こっちに顔を出す時は道着を着て、竹刀と木刀を持ってくればいいぞ。そうだな、道着は道場用も有った方が楽だとは思うから、親と相談して来ること」


 面を外して受け取った紙を一瞥し、そう話し始めた井口師範と呼ばれた人は、大学生くらいでしょうか。精悍な顔つきに優しそうな眼をしていて、汗をびっしょり掻いているのに不快には感じません。

 思わず目を奪われてしまっていると、ふっと目が合ってしまいます。

「翔真、後ろの子は彼女か? それとも入門者でも連れて来たのか?」

 たぶん翔真君をからかっただけなのでしょうけど、その心地良い声に惹かれたのもあって視線は絡まったまま。


「あの、入門したら教えて頂けるのでしょうか」

 気付けば翔真君が否定の言葉を口にする前に、無意識に一歩前に出てそんな言葉を発していました。

「え、あぁ、やる気が有るなら歓迎するよ。小中学生の女の子も少なからず通っているし、大半の子は部活の指導では足らない部分をここで補っているからね」

「まったくの初心者ですけれど、どの位かかるものなのでしょうか」

「部活に入るなら用品代は翔真に聞いてくれ。ここのは、後で冊子(パンフ)をあげよう」

「いえ、貴方に指導していただけるのには、です」

 驚く兄妹をよそに言ってのけると、井口さんは満更でもない感じで微笑んできます。

「ご希望ならば一から教えてあげるよ。もっとも、大学生でもあるから何時(いつ)でもとは言えないけどね」

「それでは、よろしくお願いします」

 これが、私が剣道を始める切掛けとなった出来事であり、その後の人生を大きく変える転機だったと思うのです。


「沙織ちゃんも強くなりたいの?」

 道場を出たところで真理佳ちゃんからこっそりと質問をされます。まさか、先生が格好良かったからなんて言えないので誤魔化してしまいます。

「翔真君だって真理佳ちゃんにべったりって訳にもいかないでしょ。彼女ができればなおさらね。だから、昔の様に守らせてほしいなって思ったの」

「う、うん。ありがとうね、沙織ちゃん」

 そう言った真理佳ちゃんの顔は、驚いたような寂しそうな、何とも言い難い表情だったのは何故だったのでしょう。


 手続き書類をもらって帰宅すると、母はすでに帰宅していてお昼の用意を済ませ、私の帰りを待ってくれていました。慌てて着替えを済ませて食卓に着き、真理佳ちゃんとはクラスが別れてしまった事や、今日感じた学校の雰囲気などを話しながら食事を進めます。

 やはり母の心配は学校の荒れ具合だったようで、教室の雰囲気や建物内が比較的きれいな事を話すと、ホッとした表情を向けて来ます。しきりに私立を進めていたので、これで少しは安心してくれると良いのですが。


 食事も終えて話も一段落したところで、道場の件を話します。

「部活は剣道部に入りたいんだけど良いよね。運動部にしなさいって言っていたんだから」

「確かに言いましたけど、少しはお淑やかになってほしいのよ」

「武道って礼儀作法を重んじるし、姿勢が良い人が多いと思うの。実は相羽さんも最近始めたみたいで、すぐそこの道場に通っていて部活も剣道にするっていうから、運動部に入るのならばやってみたいと考えていて」

「相羽さんも? まあ、お友達と一緒が良いなら構わないけれど」

「あと、出来れば道場にも通いたいの。基礎からちゃんと教えてもらいたいから」

 貰ってきた冊子を渡して確認してもらうと、「夕食までには書いときます」と言ってもらえたので、内心でホッと胸をなでおろします。

 決して嘘は言っていないですが、母は真理佳ちゃんが始めたと思っている事は解ってもいるし、訂正するつもりは最初(はな)からありません。


 学校で配られたプリントを見つつ、必要な物が揃っているのか確認していくと、文具で足らないものがいくつか有りました。今日明日で必要な物ではないけれど、夕方になって買いに出ることにします。

「お母さん。文房具で足らない物があったから、これから買いに行ってきます」

「ちょっと待って。ホームセンターに行くなら、これも届けていらっしゃい」

 記入が済んだ申込用紙とお金を渡されたので、真っ先に道場に届けたけれど、すでに井口さんは帰った後でした。話が通っていた様で手続きはすぐ終わったのは良かったけれど、ちょっと残念に思ったのはここだけの話です。


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